獣魔戦争 エレッサの町 6
「なんて勝手な奴だ」
ファーンが鼻を鳴らす。俺は頷くし、リラさんもミルもマイネーに腹を立てている様子だ。ミルはマイネーの後ろ姿に向かって思いっきり舌を出していた。
「ああ。全く困ったな」
俺はバックとバニラ、それからハヤブサ獣人のバレルの方を見る。
「あんたら、それでいいのか?」
俺が尋ねると、3人とも頷く。
「いいよ」
バニラが気軽に了承する。
「ボクも、族長の判断に従います」
バックがごっつい体に似合わない温厚そうな声で頷く。
「ああ。俺は別行動だからかんけーねーしな。ま、作戦もよく分かってねーからいんじゃねーの?」
バレルの言葉に、バックも自信なさげに頷く。と言う事は、平然とした態度のバニラも含めて、実は作戦内容が頭に入ってないな・・・・・・。
なるほど、「3バカ」ね。今後の細かい事は誰に聞けばいいんだ・・・・・・。
「大丈夫か、こいつら?」
ファーンが首を傾げる。
俺も頭を抱えたい気持ちだが、ここはやるしか無い。初めての部隊を率いる実践だ。彼らの命は俺の指示にかかっている。そう思うと気が抜けない。
「じゃあ、俺たちは今から少し、町の様子や地形を防壁の上から見てくる。荷馬車の準備が出来たら呼んでくれ」
「わかったよ」
バニラが返事をすると、3人はそれぞれに作業に戻る。
俺たちは西の防壁に登り、町や地形を確認する。
西側の防壁の外には田畑が広がっている。
防壁の最西端である突端の下を、東の丘から流れて来たきれいな川が、西に広がる森の奥に流れて行く。その先に崖が有り、この川が滝となって流れ落ちるのだろう。
そして、モンスターの集団はその崖を登って来ているという事だ。
眼前に広がる田畑の手前に、大き目の建物がある。ここで浄水処理された下水が田畑の用水として再利用されて、畑に反って、左右に伸びて、田畑を巡り、森の手前で川に合流している。
川幅は5~6メートル程度で、河川工事がされていて、川の縁はコンクリートで固められている。完全にグラーダの上下水道設備の技術が導入されている。
そして、川にはいくつもの小さい橋が架けられている。この橋は、田畑の仕事がしやすくする為の物だが、その橋の下に石管が通っていて、田畑の用水が川を渡って流れているようだ。移住してきた人間族が田畑を創り、こうした設備も整えたらしい。
次に、川の源である東の丘を振り返って見てみる。
東には丘陵地帯が広がり、この町は2つの丘の間に位置する。北側の丘は果樹園、南側の丘は牧畜をしているようだ。 川は、その2つの丘から流れてきている。マイネーに見せて貰った地図によると、丘陵地帯の上に湖があり、そこから流れてきている川だ。
川の上流には水車がいくつもあって、上流からの水を支流に導川して浄水施設に取り込み、浄水した水を上水道として生活用水にしている様だ。ここも、グラーダの上下水道技術だ。
と言う事はエレッサの衛生状態は先進国並に整っている事になる。獣人国と、色々あったとは言えアインザーク国の2国は、狂王騒乱戦争以来、グラーダとは親交の深い国なのだ。
川の本流は、丘から流れてきた清流のまま、町の中央を横断して西に流れ出ている。
防壁の入り口は全部で6つある。
南北の街道出入り口に設けられているのが大門。
それと南西、北西、南東、北東の四辺の防壁にそれぞれ一カ所ずつ小さい門が備えられている。これは生活用の小さい門だ。
その門にも、堀に掛かった石の橋の先に「
「馬出」とはいっても、これは人間の技術で、獣人たちのほとんどは、戦闘では馬には乗らない。彼らは自らが獣化して戦った方が、馬に乗るより大抵は強く戦える。
従軍していた獣人の将軍は馬に乗っていたが、いざとなると、馬を下りて戦うとの事だ。
名前はどうあれ、「馬出」が防衛に適している事は確かだ。
モンスターたちは西側の森から来るので、恐らく広い面積のある田畑に布陣する事だろう。
モンスターが布陣するというのもかなり違和感がある。
たぶん集合してから群れで殺到してくると見た方がいい気がするのだが、ロードクラスなら、ある程度の統率は執れるのかも知れない。しかし、それでも知恵も集団意識も低いモンスターたちだ。本能に任せた行動に走りやすいだろうと予想される。
一応防壁は石で、高さが3メートルあり、堀の深さも合わせると5メートルぐらいの高さで、堀の幅は5~6メートルぐらいか。
堀には川の水を利用してそれほど深くは無いが、水を張っている。
モンスターは泳げないので、深みのある水を本能的に怖れる。特に川には近づきたがらないので、水を張った堀は有効だと思う。
そして、今、獣人の子どもと老人たちで、水の中に飛び込んで、堀の中に先の尖った杭を設置している。
見張りの
さすがに部族間抗争が頻繁にあったという獣人国の町だ。防衛設備は一応整っている。
だが、ここは城では無い。防壁を守ればそれで何とかなるとは言えそうも無い。
町の人口も恐らく1000人ぐらいだろう。その内兵士が二百数十人と言っていた。
兵士以外で若くて実際に戦える人員は、かき集めても300人だとして、その300人で町の町壁全部を防衛出来るかと言えば無理だ。義勇兵という形で、今人員を募っているそうだ。
そこに兵士が二百数十人加わっても、数千の押し寄せるモンスターを押し留めるのは難しい。
この場合の兵士というのは、「軍事行動の訓練を受けている者」と言う事では無く、獣人国では、獣人の若者は戦士として教育される。そして、普段はその肉体を鍛えたり競ったりするが、主な仕事は狩りだ。つまり、兵士と言っても狩人である。
獣人は強靱な肉体を持っているので、大抵は戦士となるが、今は町の人口の半数近くが、ただの人間族だ。センス・シアもこの町には少なくはないが、彼らは戦士では無く、魔法使いで、そのほとんどは回復魔法士として、町の防衛に残ってもらうそうだ。
つまり、先に述べた義勇兵300名は、戦闘経験が無い人間族の若者と言う事になる。正直、戦力としてはあまり当てには出来ない。
なるほど、初手で打って出る訳だ。
だが、マイネーの様子では、それだけが理由ではなさそうだ。まだ何かあると考えておくべきだな。
そう。例えば敵の戦力だ。
俺は曖昧な敵の数で、数千と言われたが、これが4000程度なら、多分獣人の集落だ。ゴブリンやコボルト程度なら返り討ちに出来るだろう。だが、6000、7000になれば防衛が厳しくなる。そこまでわかるが、マイネーは慎重な男だ。打って出てまで数を減らしたがるのだから、一万程度はいると考えて行動するべきだ。
かなり厳しい戦いになりそうだ・・・・・・。
「おい。大丈夫か?」
思い詰めた表情をしてしまった俺の肩をファーンが叩く。
「ああ。大丈夫だ」
指揮官は、こういう時に、心配したそぶりを見せてはいけない。味方の士気に関わるからだ。
「お兄ちゃん、無理してる!」
ミルがそう言って、俺の首にしがみつく。
「ねえ、あたしたちには無理して見せなくって良いんだからね」
首にぶら下がって俺を見上げる。
「・・・・・・ああ。そうだな。ありがとう」
俺がミルに微笑みかけると、調子に乗ったミルがキスをしようと口を尖らせて迫って来る。
「コラ!!」
リラさんがミルの頭を軽く叩いてから俺から引っぺがす。リラさん助かりました。
「もう!邪魔しないでよ」
ミルが頬を膨らませる。
「調子に乗らないの!」
リラさんも言い返す。その様子に俺は頬を緩ませる。そんな俺を見て、リラさんが微笑む。
「大丈夫です。私たちの冒険とやる事は一緒です。いつもの様に指示して下さい」
「無理せず行こうぜ!引っかき回したら、即撤退だ」
ファーンも軽い調子で言う。
だが、きっと2人ともこんな大規模な戦闘は初めてだろう。不安に違いないのに、俺を励ましてくれている。
俺は、仲間たちはもちろん、エレッサの町の誰にも死んで欲しくない。
俺が指揮を執れるかわからないが、やるしか無い。
「フフ~ン。3人とも硬い硬い!あたしはお兄ちゃんを信じてるから、全然大丈夫だよ!」
ミルは心の底からそう思っているようだ。不安の色が見られない。大変な胆力だと思わざるを得ない。さすが人前で堂々とキスを迫るだけある。
「そうだな。うん。大丈夫だ」
俺は頷いて仲間たちを見る。仲間たちも頷いて笑みを交わす。
「みんなの役割は変わらない。ミルは撹乱、リラさんは魔法支援、ファーンは・・・・・・探求?」
「そうだ!!」
だよな・・・・・・。
「・・・・・・じゃあ、探求な。あと、周囲の状況を教えてくれ」
「了解だ」
それが一番大事だな。
「俺は前衛だが、同時に全体の指揮を執る。みんなはパーティーでの戦闘と同じと思って構わない。特にリラさんの魔法は大切です。戦闘中は仲間にだけ支援魔法を使ってください。他に必要があれば俺が指示を出します」
俺がそう告げた時、防壁の下から、1人の戦士が手を挙げて俺たちを呼ぶ。荷馬車の準備が出来たようだ。
「さて、行くか」
俺がそう言うと、ファーンがニヤリと笑う。
「そうだな。じゃあ、行きましょうかねぇ。カシムとその仲間たちでエレッサの町を救いに」
俺たちは防壁の上で声を上げて笑い合った。
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