獣魔戦争  エレッサの町 1

 俺たちは、ようやく、町の入り口の広場から先に招き入れられた。

 町の建物は高床式の木の建物が多い。丸太を加工して造り、木の皮を重ねて屋根にしている。

 大きな建物にはレンガやら窓ガラスも入っているが、ほとんどがガラスの無い作りになっている。

 俺と、その仲間、護衛隊長と部下の2人、それと商隊の代表者2名が一つの建物に集められた。

 道々、人々が慌ただしく走り回り、戦いの準備に追われていたので、本当にモンスターの群れがこの街を目指しているのだろう。


 俺たちが招かれたのは、木で出来た建物では無く、布と革で作られた、巨大なテントだった。入り口に獣の骨が飾られていて、中には獣の革が敷き詰められていた。そして、中央に大きな囲炉裏があり、それを囲むように沢山のクッションが転がっている。テーブルもイスも無い。

 マイネーが一番奥のクッションに、もたれるように腰を下ろす。

「まあ、かけてくれ」

 マイネーの言葉に、俺たちはそれぞれ床に腰を下ろす。沢山のクッションがある為、1人複数のクッションに埋もれる形になる。

 マイネーが、おもむろに近くに置いていた、ワシの羽根が沢山並んだ冠のような物をかぶると、少しだけ姿勢を正す。

「改めて、ようこそエレッサの町へ。厄介な時に来たのは気の毒だが、これも聖鳥の導きだ。オレ様はさっきも言ったが、ランネル・マイネー。現在アスピネンス・・・・・・アスペレニアウス・・・・・アス、なんだっけ?」

 後ろに控えている部下が囁く。

「アスパニエサーです」

「ああ、アスパネスサー・・・・・・ああ、面倒くさい!!現在、獣人国の総代表、大族長を務めている者だ!で良いだろ?!」

 部下がため息をついて額を押さえる。

「言いにくいんだよ、この国の名前は!!」

 マイネーが自国の正式名称を切って捨てる。


 この男が獣人国の総代表だって?!所謂、連合国首相、国王みたいなものではないか!?

「意外か?」

 マイネーが俺を見てニヤリと笑う。意外なような、そうでも無い様な・・・・・・。俺が返答に困っていると、マイネーが豪快に笑う。

「気にするな!オレ様も意外だと思ってる!なんでこんな役を引き受けたんだって後悔の毎日よ!!」

 変わった男だが、少なくとも正直者ではある様だ。

「まあいい。それで、今の状況を伝える」

 それだけ言うと、もう頭の羽根飾りは外して、無造作に後ろに放り投げる。あれは多分、他国では王冠にあたる重要なものなのではないだろうか・・・・・・。


 マイネーが話し始めた。

「事の起こりは2日前だ。西の森の奥に、切り立った崖がある。大地の切れ目だ。滝もあって、中々の眺めなんだが、その崖の下は平原になっている。その平原に無数のゴブリンやらコボルトやらが集まっているのを、狩人たちがたまたま発見した。狩人は見張りを残して急いで町に知らせに来た。で、確認しに行ったら、その数が膨れあがり、数千にまでなって、崖を登り始めていた。それで、昨夕からこっち、オレ様たちは戦の支度に追われているって事だ」


 数千のモンスターの群れだって?!とんでもない事態じゃないか。

 なのにこの男は不敵に笑っている。どういう胆力だ?

「とにかく人手が足りない。特に戦える者だ。オレ様の町に戦士は大体二百数十名いる。普段なら充分多い数だが、こんな事態は想定しちゃいない」

 それはそうだ。モンスターが数千単位で群れを成して一つの町を襲うなんて事はまず無い事だ。

 部族間抗争だとしても、100人単位の戦士たちが戦場を設定して行うのが獣人国でのしきたりだ。

 もちろんしきたりを無視しての町や村への襲撃も少なくなかったそうだ。今はどうか知らないが。

 

 マイネーが続ける。

「それ以外にも戦える年齢の男を集めている。老人や女、子どもも、武器の準備や炊き出し、壁や堀の補強などやる事がてんこ盛りだ。そこに商隊が到着したってんだ。少なくとも護衛隊や、戦える奴がいるんあじゃねえかって期待していた訳だ」

 それからマイネーが、床にあぐらを掻いたまま商隊の代表の方を向く。

「それで、商人の方々にゃあ悪いんだが、あんたらの荷馬車を借り上げる。食料品なんかは、全部買い上げてやる。馬車も、もし壊れたりしちまったら、きっちり弁償してやろう。だから、取り敢えず、荷物を大急ぎで荷馬車から全部降ろしてくれ。部下が荷物を運ぶ場所を指示するし、手伝ってやる」

 マイネーがそう言って部下に合図すると、テントの幕を開けて1人の戦士が顔を覗かせる。商人は取り敢えず食料品を買い上げてくれるという事に安堵し、協力する為に戦士に案内されてテントを出て行く。だが、モンスターに攻め落とされれば命は無い。不安を残した表情だった。


「相手はモンスターだ。戦えそうな男たちは戦ってもらうが、リラさんは女だ。モンスター相手となると万一があっちゃならねぇ。オレ様の嫁さんになる予定だし、町で女どもの手伝いをしてもらいたい」

 マイネーがリラさんに声を掛ける。

 だが、いくつか聞き捨てならない言葉があった。まず反応したのはミルだ。

「やいやい!あんたさっきから何なのさ?!リラに言い寄ったりしても無駄なんだし、第一女はリラだけじゃ無いんだからね!!」

 ミルの言葉に、マイネーが眉を上げる。

「お?なんだこのガキンチョ?エルフ・・・・・・じゃねぇな。お前ハイエルフだな?」

 じろりとマイネーがミルを睨む。

 マイネーが「歌う旅団」メンバーなら、当然ハイエルフのピフィネシアさんと仲間だったはずだ。エルフとハイエルフの違いがわかるだろう。

「だったら何さ!!」

 ミルが尚も食ってかかる。俺たちが止める間も無い。

 ハイエルフと知って、護衛隊のメンバーがざわつく。ハイエルフ自体が伝説級なのに、その子どもに会うなどと思っても見なかったろう。

「いや。なんか久しぶりに見たなぁってだけだ。まあ、そうだな。リラさんもガキンチョも、後、そこのお前も面倒くせぇ事になりたくなかったら、町で待ってろ。あんちゃんだけ借りてくぜ」

 それから、マイネーが俺を見る。

「おめぇ。自分が弱いって?まあ、今はそんなに強いとは言えねぇ。だがな、おめぇを鍛えた師匠ってのは化け物だろ?今のおめぇは伸び悩んでいるように感じてるかも知んねぇが、おめぇの師匠は、おめぇをとんでもない化け物に育てようとしてるみてぇだな」

 マイネーの言葉に、俺は首を傾げる。

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