黒き暴君の島  コッコ 4

 2人で準備を済ませると、直接風呂場には行かず、受付に向かう。そして、貸し切り風呂を借りる事にする。

 貸し切り風呂なら、コッコとの会話も、遠慮する必要が無く、好きな事が話せる。

 俺たちは、大浴場とは少し離れた、専用の入り口のドアを開ける。貸し切りなので、入ったら入り口の鍵をかける。これで間違って誰かが入ってくるような事は無い。

「おお!広い広い!!」

 コッコが歓声を上げる。

 洗い場こそ2つだが、浴槽はコッコの館の風呂よりも広い。しかも、岩を積み上げたオブジェの上から温泉が出ていて、岩を流れる滝の様になっていて、なかなか見応えがある作りだ。


 早く湯船に飛び込みたがるコッコを捕まえて、ガシガシ洗ってやる。女性陣のようにうまく髪を手入れしてやれないが、まあ、大丈夫だろう。


 洗い終わったコッコが浴槽に飛び込むと、「はよこい!」と急かす中、俺も体を洗う。一晩中歩きづめで、汗もかいている。

 そして、洗い終わってから、ゆっくり湯船に身を沈めた。

 コッコは、オブジェから浴槽に注がれる温泉のお湯を、小さい手でせき止めてみたりして遊んでいたが、俺が湯船に入ると、すぐにやってきて、膝の上に座り「エヘヘ」と嬉しそうに笑う。俺は髪をお団子にまとめてやる。

「うむ。やっぱりカシムはいいのう」

「そうかい?」

 俺もコッコも、すっかりリラックスしている。


 だが、そうだ。昨日仲間と話した事を黒竜に伝えておく必要がある。

 黒竜に、俺たちは黒竜に加護を受けている事にする旨を伝えた。

「なるほどのう。確かにそれは気付かんかった。やはり軽々に妙な誓約はせん方が良かったかのう・・・・・・」

 黒竜が神妙な態度になる。俺も申し訳ない気持ちになる。

「やっぱり取り消した方がいいんじゃないか?もうちょっと条件を考え直そう」

 全て無かった事にする訳じゃ無いのだから、黒竜の面子も保たれるのでは無いかと思う。しかし、黒竜は首を振る。

「いや。せっかく決めたのじゃ。じゃから、本当におぬしらにワシの加護をやろう」

「え?」

 意外な提案だった。しかし、加護って具体的にどんな感じなんだ?

「おぬしらに、この誓約に関して、何か不都合が起きた時にはワシが察知して、必要なら手助けをするという加護じゃ」

 なんかかなり条件が細かくて都合の良い加護だが、そんな事出来るのか?

「白竜が、奴の村にしている加護に比べれば、簡単じゃよ。奴に出来てワシに出来ぬはずが無い。何せ、ワシは最大にして最強の創世竜にして、おぬしの妹なんじゃからな」

「ああ。そうだな。それは助かるよ」

 俺は膝の上のコッコを抱きしめる。そして、思わず俺の本音が飛び出す。

「なあ、コッコ。このまま本当に、俺の妹になる事って出来ないのか?」

 コッコが困った表情をする。

「出来んな。少しの時間なら誤魔化せようが、ワシは結局創世竜なんじゃ。おぬしの家で、お嬢様などやり続けられん」

「だったら、俺たちと一緒に旅をしないか?仲間になってくれよ」

 戦力としてじゃない。それは当然戦力にするならこの上ない存在だ。だが、俺が提案した理由はそんな打算では無く、単純に離れ難いだけだ。

「・・・・・・魅力的じゃな~~~」

 コッコが遠い目をしながらも、ため息をついて首を振る。

「ダメじゃな。それこそワシがボロを出してしまう。そうなると、周囲全てを燃やし尽くさねばならなくなる。おぬしも含めてじゃ。ワシはそれがたまらなく恐ろしい。以前はこんな風に考える事など無かったのじゃがなぁ~~」

 俺は、断られると思っていたが、やはり落胆してしまう。

「手があるとすれば、じゃ。おぬしが竜騎士になって、地獄勢力を封じ込めて後、余生を送る際に、ワシと暮らす事は出来る。おぬしが結婚するのも、あの3人の誰かとでもすれば、ワシの正体を隠す必要がなくなるぞ」

「ははは。それはいいな。そうなったら最高だ」

 俺は少し愉快になったが、最後の方は、少し惨めな気持ちになった。

「どうせなら、ミルと結婚すれば良い。奴とならワシもおぬしがいなくなってからも淋しくはならん」

 創世竜にそう言われると、俺も考えざるを得ない。

 やはり創世竜は淋しい存在だったんだな。だから、人との付き合い方も、人が感じる感情も理解せずにいるのかも知れない。

 白竜はせめて、自分の村の人々と一方通行ではあっても交流しているが、黒竜はそんな交流など無いし・・・・・・。

 他の創世竜達はどうなのだろう?

 黒竜の事を考えると、ミルと本当に結婚するという話も、完全に無視するわけにはいかないんだなぁ。

 それに今は幼くとも、ハイエルフもちゃんと大人になるのだし・・・・・・。ミルなら、黒竜と永遠に仲の良いパートナーとなってくれそうだ。

 そんな事を考えていた時の事である。

「バーーーーーーーーーーーン!!!!!」

 大声とともに、いきなり、浴室のドアが開かれる。

 俺もコッコも、湯船で一瞬体を飛び上がらせて驚く。

 何事だと振り向くと、ミルがジャンプして湯船に飛び込むところだった。

「わっ!バカ!!!」

 俺の叫びが終わらないうちに、盛大な湯しぶきを上げて、ミルが飛び込んでしまう。

「うわっぷ!!ちょ、ミル!お前どうやって入ってきたんだ?!」

 俺はミルを怒鳴りつけるが、ミルは平気な顔で俺のそばに来て腕にしがみつく。だから裸でくっつくのはやめろ!!

「へへ~~~ん。あたしは盗賊だよ~~~。この程度の鍵なんて無いも同然だよ!!」

 ミルが無い胸を張る。

「ぐう。そうだった・・・・・・。じゃない!何でまた風呂に入ってくるんだ!?」

 俺が頭を抱えてミルに言う。本当に恥じらいが無いのか、こいつは!?

「だって、ずるいじゃん。お兄ちゃんとコッコちゃんだけでお風呂入るなんて~~~。貸し切り風呂だったらみんなで入ろうよ!!」

 ええ?まあ、俺は良いけど、きっとこれがバレたら、後でリラさんに叱られるぞ・・・・・・。

「そんなわけで、今から入るけど、お前、こっち見んなよ!!」

 脱衣所から声がかかる。ファーンの声だ。

「ちょっと待て!なんでお前まで来るんだよ」

「ああ!?今、ミルも『みんなで』って言っただろうが!」

「はあ?」

「だからこっち見るなよ!オレはいいけど、リラもいるからな!!」

 は?何ですと?リラさんも一緒に風呂に入るのか?そんな夢の様な事が実現するのか?

 そう思っていたら、浴室のドアが再び開かれる。

 俺は慌てて、ドアと反対の方向を向く。目の前を温泉の滝が岩を伝って流れ落ちていく。

 ドポポポポポポと湯船の表面に当たって、しぶきを上げ、泡を生成している様子を凝視する。

「・・・・・・失礼します」

 本当にリラさんの声だ。小さくてか細い声だが、聞き間違えるはずが無い。

「んだよ。みんなで一緒なら文句ないってリラが言ったんだから、堂々と入れよな。ったく世話が焼ける」

 ファーンがかけ湯して湯船に浸かったようだ。

「・・・・・・でも、やっぱり恥ずかしいし」

 リラさんがなかなか湯船に近づいて来ないようだ。

「早く入ろうよ!!お兄ちゃんと入りたかったんでしょ?!」

「こら、ミル!そんな事言って・・・・・・ないでしょ」

 それから、かけ湯をする音に続いて、トプンと湯船に入る音が聞こえる。

「ふう~」

 リラさんのため息だ。


「ヒヒヒ。もういいぜ、カシム。こっち向けよ」

 ファーンがそう言うが、俺は身動きがとれない。

 ヤバい。すごく緊張してるし、興奮している。心臓がバクバクやかましい。

「お~~い、カシム」

 ファーンが気楽に言いやがる。

 俺はぎこちない動きで、腕にしがみつくミルを払って、膝の上のコッコを下ろす。2人とも抵抗したが、知った事では無い。俺は膝を折りたたんで抱え込みながら、ゆっくりと仲間たちの方を向く。


 方向転換を終えると、ミルは早速腕にしがみつく。コッコは俺の抱えた足を、何とか伸ばそうとグイグイ引っ張るが、やがてあきらめたのか、ミルと反対の腕にしがみつく。

 ミルがやたらと体を密着させてくる。さっきこいつとの結婚をリアルに想像した直後だったので、さすがに女として意識してしまう。

 それに、ファーンは割と近くにいて、浴槽の縁に両肘を乗せてくつろいでいる。そうなると、胸の谷間がお湯の上に見え隠れしている。大変危険だ。

 そして、リラさんは、すっかり肩までお湯の中に身を沈めているが、髪を上げて、頬を紅潮させている姿が大変色っぽい。

 普段見えないうなじに、お湯のしずくが流れる様が、何とも言えない。リラさんは俺の方を見て、苦笑する。

「ふふふ。やっぱりちょっと恥ずかしいですね」

 ああ。ここは桃源郷なのだろうか?俺の旅の終着点なのかも知れない。余りもの事に、意識が一瞬飛びかける。

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