黒き暴君の島 コッコ 5
「コッコ。カシムはよう。ちょっと時々バカだけどさ、すっごく良い奴なんだよ。だから、よろしくな」
ファーンがコッコを見てそういう。
「当たり前じゃ!」
コッコが俺の隣で頷く。
「・・・・・・はは。コッコはやっぱり本当に黒竜なんだな。全然感じが違うぜ・・・・・・」
ファーンが引きつった笑みを浮かべる。
「そうじゃ。ワシが黒竜じゃ」
コッコが堂々と名乗る。
「まあ、納得っちゃ納得だ。オレはスッキリした。これがカシムが言ってた『縁』なんだな」
「そうね。大切な『縁』ですね。私たちのコッコちゃんは、黒竜でもコッコちゃんでも変わらない事がわかりました」
リラさんが優しく微笑む。
「ああ。オレもちょっとビビッてたけど、こうもはっきりわかると、逆にコッコが黒竜でも関係なくなっちまった」
「あたし、コッコちゃん大好き~~~」
ミルの言葉に、コッコもミルをみて笑い合う。本当にこの2人は気が合いそうだ。
「おぬしたちには世話になった。ついでにワシの浅はかな誓約が迷惑をかけてしまったようじゃ。すまぬ」
コッコがぺこりと頭を下げる。
「じゃが、おぬしらには正式にワシの加護を与える。ワシの誓約のせいで迷惑がかかるようなら、ワシにはすぐにわかるようにした。困ったときは乱暴な手になると思うが助けに行こう」
黒竜としての申し出に、全員が頷く。
「ワシは黒竜じゃが、元暴君の黒竜じゃ。じゃから、おぬしらが死んでしまえば、たちまちまた暴君に返り咲くつもりじゃ。つまり、おぬしら1人として早々に死んだりしてはならんと言う事じゃ。肝に銘じておけよ」
その言葉に、ファーンが声を上げて笑う。次いで、リラさんと俺も笑う。
「なんじゃ?何がおかしい?」
コッコが憮然とした表情になる。すると、ミルがコッコを抱きしめる。
「おかしいんじゃないよ。みんな嬉しいんだよ!コッコちゃんの優しい気持ちが、とっても嬉しいんだよ!あたしもすっごく嬉しい!ありがとう、コッコちゃん!」
「ああ。ミルの言う通りだ。ありがとな、コッコ」
「そうね。私もコッコちゃんが大好きですよ」
仲間たちの言葉に俺もたまらなく嬉しくなる。
コッコはコッコなりに、俺たちの事を心から心配してくれて、励ましてくれたのだ。
「コッコは黒竜でも、もうみんなの妹だな」
俺がコッコのお団子頭をなでると、コッコがふくれた顔をする。
「え~~~!ワシはカシムの妹じゃ。他の奴らはワシの妹になるのじゃ!ワシは姉の方が良い!」
その言葉に、またみんなで笑った。
コッコのおかげで、和やかな貸し切り風呂の一時が得られたが、風呂から出るときが、また必死だった。
最初に出るのは俺だが、タオルで必死に下半身を隠しつつ、ファーンとリラさんに向こうを向いて貰いつつ、逃げるように脱衣所に駆け込む。
姿勢を正す事も出来ないのは俺のせいでは無い。思春期のせいだ。
それから必死に体を拭いて、何よりも下着とズボンを装着する。
それから、コッコが俺の後を追って出てくるが、髪の手入れをリラさんに頼むために、また、浴室に放り込む。
それから逃げるように部屋に駆け込んだわけだ。
リラさんの意外な大胆行動には、嬉しかったが被害甚大だ。頭が悶々としてしまう。
俺は少しでも落ち着くために、安物ロングソードの手入れを始める。
しばらくして、仲間たちとコッコが帰ってくる。
「ああ、お、お帰り」
俺の出迎え態度は、ちょっとぎこちなくなってしまう。
帰ると、すぐにコッコとミルがセットになって俺にしがみついてくる。もうお馴染みだな。
それから、俺たちは、街にコッコの服を買いに繰り出した。
食事をして、観光して、おやつを食べて、また服を見に行って。
リラさんと魔法屋に行ったり、消耗した武器や道具の買い出しも、みんな一緒に行った。
ついでに俺の考案した魔法コンボの為に、リラさんに新しく魔法を覚えてもらった。その時、リラさんは、何故かすごく嫌そうにしていたが、魔法習得の為の「契約」の様子を見たら納得できる。
俺は魔力はあるが、魔法契約が出来なくて、魔法がまだ使えない。
リラさんも新しい魔法を、かなり苦労して習得していた。
魔法屋のおばさんの話しでは、昔の魔法は、今の何千倍も苦労して習得していたそうなので、リザリエ様の魔法改革に感謝しなければいけないとの事だ。
その後、グラーダに向かう為の手配を行う為に、ドランの商会に足を運んだ。
そこで、明日グラーダに向かう商隊との交渉もして、俺たちは運賃を払う事で、客として乗せてもらえる事にもなった。客としても冒険者が同乗するのは商隊としてはありがたい事なので、二つ返事だった。馬車にして40台の集団となる。
そんなこんなで、朝から色んな所に行ったのに、何だかあっという間に夜になった。
俺たちは宿に戻り、夕食を食べ、また風呂に入る。今度はコッコも女湯でミルと遊びながら入り、俺は1人、ようやくゆっくり風呂に浸かる。だが、なんとなく膝の上が淋しい思いを味わった。
夜には、コッコが俺にしがみついて同じ布団で眠る。
そして朝になった。
俺たちは装備を調えて、出立の準備をする。
リラさんが、コッコに赤いドレスを着せてくれる。そして、髪を編み込みで、丁寧に編んでくれた。
「うん。可愛いよ、コッコ。やっぱりその服はとても似合う」
俺が微笑みかけると、コッコも嬉しそうに笑う。
全ての準備が終わると、俺たちは宿を出て、俺たちを乗せてくれる商隊との待ち合わせ場所に向かう。
40台程の荷馬車に、それぞれ荷物や客を乗せて、商隊は出発の時間を待っていた。商隊は、これから大型の連絡船に乗り、カナフカの港シルに行き、そこから獣人国「アスパニエサー」を通り、グラーダ国に入る。そして、グラーダの旧王都である産業都市「レ・グラーダ」を経て王都「メルスィン」に至る旅程だ。
俺たちにあてがわれたのは、荷物が半分程度積まれた、幌付きの荷馬車の荷台だ。
4人とコッコが乗れば、荷台は一杯になる。ただ、冒険者が乗るとあって、商隊も気を利かせてクッションを人数分用意してくれていた。
俺たちの見送りに、ギルドの副支部長と、ミチルさんが来てくれた。
ミチルさんを見つけると、コッコは自分からミチルさんに駆け寄って、ミチルさんの手を取る。
「ミチル。本当にありがとう。楽しかった」
コッコが人並みの優しさを示した。俺も驚いたが、ミチルさんも相当に驚いた表情を見せる。そして、口元を押さえて涙を流し、コッコの肩を抱く。
「コッコちゃん。ありがとう。・・・・・・どうか元気で。そして、幸せになってね。おばちゃん、ずっとそれを祈ってるわ」
その様子を見て、副支部長ももらい泣きをする。ギルドの職員は、情に厚い人が本当に多いなぁ。
「カシム君。君の今後の活躍を願ってるよ。君はギルドの希望の光だ。危険な旅だが、どうか頑張ってやり遂げて欲しい」
副支部長が手を差し伸べる。俺はその手をしっかり握り返す。
「微力を尽くすのみです」
俺たちが乗り込んだ荷馬車が港に向かう。ほこりっぽい地面から、たちまち煤の埃が舞い上がる。
副支部長とミチルさんに手を振り、角を曲がって見えなくなると、幌の幕を閉じた。そして、俺は膝の上のコッコを降ろして荷台に立たせる。
いよいよお別れだ。
俺はコッコの肩に両手を乗せて、顔の高さを同じにして、コッコの眼をジッと見つめる。コッコも俺の目を見つめ返してくる。
「コッコ。どうか元気でな」
俺が言うと、コッコが苦笑する。
「ワシは創世竜じゃぞ。いつでも元気に決まっておる」
「ああ、そうだったな。・・・・・・でも、その、何というか・・・・・・元気でな」
俺は結局そんな言葉しか頭に浮かばなかったので、言ってから俺も苦笑する。
「ふん。おぬしこそじゃ。ワシはおぬしが死んだら悲しむ。ミルも、リラも、ファーンもじゃ。死ぬなよ」
コッコが、仲間たちの顔を順番に見ながら言う。みんな無言で頷く。
「またさ、会いに行くから」
俺が言うと、コッコが俺の右目のまぶたをそっと撫でる。
「その右目を使えば、いつでも会えるのじゃぞ」
「ああ。そうだったな・・・・・・」
俺の右目は、やはり何の光も映さない。だが頷く。
コッコと過ごしたのはたった4日だ。そして、4日目の今、お別れとなる。たった4日だが楽しかった。すごく離れ難い。
だが、俺はコッコの肩から手を離す。
「ありがとう、コッコ」
俺が言う。
「ワシもじゃ。長い時間生きてきたが、おぬしと過ごしたわずかな時間が、一番ワシにとって楽しい時間じゃった。ありがとう、カシムお兄ちゃん」
荷馬車の幌の隙間から、ツバメが1羽飛び出して、空に舞い上がる。
そのツバメは、南のデナトリア山目指して、まっすぐ飛んで行った。
第四巻 -完-
第五巻 「獣魔戦争」に続く
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