黒き暴君の島  誓約 2

「そんな恐ろしい魔王たちとの戦いで、俺たちは勝てるのか?」

 いくら創世竜がいても、どうにもならないのでは無いか?

 創世竜の住む次元は、一つ高い所にあるため、いざとなれば、自分の世界を切り離すだけで、もう地獄の脅威から逃れる事が出来る。

 だが、地獄がこの地上に顕現してしまうと、同じ高さにある並行世界全てが、地獄の魔王たちに蹂躙されてしまう。

 地獄は広大であっても無限では無い。その為、無限に近い広さを持つ、この並行世界が連続して存在している宇宙への進出を望んでいる。エレスは、無限にある世界の中でも、最も地獄の蓋が大きい世界だ。その為、地獄の勢力が狙っているそうだ。


「どうでしょうね」

 白竜が首をひねる。

「我々創世竜は世界を創る力を持っています。その力で地獄の蓋を閉じるように働きかけているのですが、それにも限界があります。根本的に地獄の穴をふさぐ必要があります。その為に、竜騎士が必要です」

 白竜が言うが、竜騎士だけでどうにか出来る話では無さそうだ。

「大丈夫です。我々には地獄の魔王たちに対する、切り札があります」

「その切り札って?」

「いいえ。うかつでした。これはまだ、あなたが知るべきではありません」

 白竜が口を閉ざす。そうなると、俺はこれ以上追求することは出来ない。



 それにしても、結局ちゃんとした話は、ほとんどが白竜に聞いた感じだ。黒竜の説明は「ドカーーーンと」とか「すっごいやつじゃ!!」とかイマイチ、と言うか正直まるでわからない。白竜が来てくれて良かった。

「どうじゃ?地獄についてはよくわかったじゃろう?!」

 黒竜が胸を張って得意気に言った。俺は曖昧な笑顔を浮かべてスルーした。

「どうした?」

 黒竜が何かを察して聞いてくる。ジッと俺を見る。俺は観念したように言う。

「黒竜って、何というか幼い気がしてさぁ」

「おぬしは知らんのか?人間など知性ある生き物はな、外見に性格が引っ張られるんじゃ。ハイエルフなんかも、実際には数千年生きていたとしても、性格は見た年齢のまんまじゃろ?」

 そう言われれば、ハイエルフたちの性格は、想像していたよりも若々しく、実にくだらない事にも熱中するところがあると感じた。

「ワシも、人型でいる時は、おぬしの知るコッコのままの幼い性格になる。じゃが、黒竜の姿の時はもっとちゃんとしているのじゃ」

「ああ。なるほど・・・・・・」

 俺はそう答えて一瞬納得しかけたが、スフィアで遊んでいる黒竜の姿を想像すると、今の黒竜の話がにわかに信じられなくなった。

 俺が、黒竜に気付かれないように白竜に視線を送ると、白竜がそれを察して、静かに、残念そうな表情で首を振った。俺は苦笑すると同時に、何故か少し安心した。

 黒竜はコッコで、コッコは黒竜なのだと、ようやく受け入れられた気がした。



 そうなると、気になる事がいくつかある。

「コッコ。いや、黒竜。お願いが2つあるんだが・・・・・・。聞くだけでも聞いて欲しい」

 俺が隣に座る黒竜の方を向く。

「なんじゃ?」

 黒竜が首を傾げて俺を見上げる。

「まず一つ目なんだけどさ。黒竜は宝物が欲しいために、頻繁では無いけれども、色んな国に行っては暴れたり脅したりして宝物を手に入れているよな?」

 俺が言うと、黒竜は当然の様に頷く。

「そうじゃが、悪いのか?元々この世界はワシら創世竜が作ったんじゃ。いわば世界はワシらの物で、おぬしらは間借りしているに過ぎんと言っても過言ではなかろう」

 過言な気はするが、創世竜には創世竜の考え方や捉え方、常識があって当然だ。だから、俺はそれを非難するつもりは無い。

「ああ。創世竜にとって、それが普通の考え方なんだったら、俺はそれは仕方ないと思う。少なくとも、こうして白竜や黒竜と話したから納得できる」

 俺がそう言うと、白竜が不満そうに唸る。

「いいえ。私も黒竜のやり様は、あまりにも傍若無人だと思っていますよ。人間から見れば、創世竜が我が儘で乱暴に見えるのは、物事の感じ方、捉え方、価値観の違いと言えますが、他人の物が欲しいからと暴れたり、脅したりするのはあまりにも情けないと、姉は嘆いています」

「誰が姉じゃ!!!余計なお世話じゃ!!!」

 黒竜が喚くが、白竜は澄ました顔をしている。

「私が創世竜では、一番最初に誕生したのですから、姉と言えるでしょう。母と言わないだけありがたいと思いなさい」

 白竜が黒竜を見下ろす様に顎を上げて上から物を言う。しかし、黒竜は「ぐう」と歯を食いしばってすぐには言い返さない。

「生まれた順番で物を言うなんてずるいのじゃ・・・・・・」

 すごく悔しそうだ。創世竜も生まれた順で、何やら序列があるというのか?知らなかった。

「ちなみに黒竜は何番目に・・・・・・」

 俺が恐る恐る白竜に尋ねると、白竜は鬼の首を取ったかのような改心の笑みを浮かべる。身も凍り付きそうな笑みだ。

「11番目です」

「くうううううう~~~」

 黒竜が額に汗して何かに堪えている。一番体が小さい白竜が早く生まれて、一番体が大きい黒竜が最後に生まれた創世竜と言うのは意外だった。人型になった姿を見れば納得なのだが・・・・・・。

「だから、できの悪い子ですが、いつも心配しているのです」

 白竜は、これ見よがしにため息をついて見せる。

「ええい!!うるさいわい!!それよりカシム!!それでなんじゃと言うんじゃ!!??」

 黒竜がソファーに立ち上がり、自分の髪をグシャグシャしながら叫ぶ。ああ。せっかくまだ整っているのに、そんなにグシャグシャにしないで欲しい。ブラシでとかして結んでやりたくて仕方がない・・・・・・。だが、また脱線を注意されるのは目に見えているので我慢する。


「あ、ああ。それでな」

 俺が黒竜をなだめながら膝の上に乗せてやると、ようやく大人しくなる。ついでに髪を整えてやる。

「黒竜は地上人から『暴君』って呼ばれているの知ってるか?」

 俺がそう言うと、黒竜は自慢気に頷く。

「当然じゃ!我を畏れよ!敬え!!」

「いや・・・・・・。恐れられているが、嫌われているんだよ、残念だけど・・・・・・」

 俺はたまらなく苦い気分でそう言った。

「それの何が残念なのじゃ?ワシは人間にどう思われようが、全く気にせんぞ」

 黒竜は、心底不思議そうに、俺を見上げて首を傾げる。

「黒竜はそうだろうし、それでも仕方ないと思う。だから、俺からのお願いなんだ。聞いてくれなくてもかまわない」

 人間を殺していけない、奪っていけないというのは、人間たちの倫理であり、それが野生の動物たちには適用しないのと同じで、この世界を作った上位生命体である創世竜にその価値基準は無意味だ。人間が蚊や害虫を駆除するのと感覚的には違わないかも知れない。俺たちの価値観を押しつけるのは筋違いだ。

 だから、ここから先は、俺のただの我が儘だ。

「黒竜を『暴君』と呼ぶのは、人間からすればしょうが無いと思う。俺も、黒竜を暴君だと思っていた。だけど、黒竜がコッコだと知ってしまえば、黒竜が人から『暴君』と言われるのは・・・・・・その・・・・・・。すごく悲しいし、悔しい」

 俺がそう言うと、膝の上で首を逸らして俺を見上げていた黒竜が、キョトンとした表情になる。口がポカンと開いている。

「え・・・・・・?なんでなの?」

 口調がコッコのものになっている。

「それは・・・・・・コッコは俺の大事な妹だからだよ!出来れば人に自慢したいと思うくらいの!!」


 我ながら思い入れが激しい。耳まで真っ赤になる。

 すると、膝の上の黒竜も、みるみる真っ赤になっていった。創世竜にも照れる感情があるのだと、また実感させられる。 2人で押し黙ってしまった。救いは白竜の咳払いだが、今度は、無表情ながらも面白がって、沈黙して成り行きを傍観している。

「・・・・・・あの、そのな。だからな・・・・・・」

 観念して俺が、話の先を続ける。

「少し、宝を奪う様な事は・・・・・・控えて欲しいんだよ。もちろん出来ればの話だ」

 俺が言うと、黒竜は俺の膝から飛び降りて、テーブルの上に立ち上がると、俺を見下ろしてビシッと俺に指を突き立てる。


「ワシを誰だと思っておるのじゃ!!ワシは創世竜の中でも最大、最強の黒竜じゃ!!!」

「最強は赤竜です」

 聞こえないほどの小声で白竜が突っ込む。

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