黒き暴君の島  誓約 1

「・・・・・・その。俺は『地獄』の事が知りたい。そもそも『地獄』ってなんだ?『魔物』ってなんだ?『地獄の穴』ってなんだ?」

 

 当たり前みたいに「地獄」だの「魔物」だのと言っているが、実は情報は少ない。

 一番詳しいのは、闘神王が言っていたように、地獄の研究家だったアヴドゥル博士でその著書「地獄見聞録」にある。

 だが、それまでは、なんとなく恐ろしい所で、魔王エギュシストラがいた世界だという認識ぐらいだった。

 それでも、地獄も魔物も実在していることは、エレスに住む人々にとっては常識となっている。

 「聖魔戦争」と呼ばれる、世界の命運をかけた戦いでは、その地獄の勢力が強大で、過去に2度も文明が崩壊した事は、白竜に聞いていた。だが、俺はまだ、地獄がどんなところで、何故地獄の穴にしている蓋が、開いたり閉じたりするのか、よくわからない。

 俺が質問をすると、黒竜が眉をひそめる。

「嫌な事を聞いてくるのう。・・・・・・じゃが、まあ、ワシも白竜もおるからちょうど良い質問でもあるか・・・・・・」

 白竜も静かに頷いた。

「確かに、カシムは地獄について知るべきですね」

「よかろう。ワシが話そう」


 そして黒竜は語り始めた。黒竜と白竜が話した地獄の話は、途方も無い規模だった。少しは闘神王の演説や、白竜からも聞いていたが、俺の想像を遥かに超えてとんでもなかった。しかも、話を聞いても、スケール感が掴めていない。

 すでに知っている情報も含めて、創世竜から得た地獄についてまとめてみた。

 なぜまとめる必要があるのかというと、話は度々脱線するし、黒竜と白竜の言い合いが何度も挟まった為である。




 以前、白竜が言ってた事だが、この地上世界を含む宇宙という、一つの超巨大な世界がある。それが一つの泡だと例えると、この世には同じ宇宙世界という泡が数限りなく存在する。「並行世界」と言うらしい。

 そしてその泡がある場所にはそれぞれ高さがあるらしい。「次元」と言うらしい。


 俺たちの住むエレスの存在する宇宙世界のある次元は、神々の天界、魔神の住む魔界、精霊族のすむ精霊界(エルフの大森林)も同じ高さに存在している。つまり、天界も魔界も精霊界も並行世界の一つととらえられる。


 そして地獄は、同じ高さの並行世界全てとつながっていて、その全ての世界の中から、ごく希に、死んだ人間の魂が地獄に落ちるらしい。

 世間的には、地獄に落ちるのは、悪い事をした人間の魂だと言われていたが、どうやら完全にランダムらしいし、人間に限らず、動物であろうと虫であろうと、それよりも更に小さい生き物であろうと、ごく低い確率で、死ねば魂が地獄に吸い込まれるそうだ。

 人間にしても地獄に落ちるのは数千億分の一以下の確立だそうだが、それでも、全ての並行世界で、全ての生き物の魂が集まる地獄は、この宇宙に匹敵する広さを持っているそうだ。

 


 地獄につながる穴は、同じ次元の平行世界全てに、極小さい物が開いているのだが、どういう訳か、このエレスは他の世界に比べて穴が多く、しかも大きな穴が開いていて、現在も拡大し続けているそうだ。

 その拡大を止める術が今はまだ無いので、せめて創世竜が監視して、地獄の穴に高次元の蓋を施した。

 高次元につなげることで、力のある魔物は、蓋に触れると消滅してしまうため、魔物の流出を止められているそうだ。

 この辺りの原理は、よく分からないが、いずれにせよ、創世竜によってエレスも、同じ次元に存在する並行世界も、守られていると言うことになる。


 ただし、この蓋は完全に閉じている訳では無い為、小さい魔物や、力がそこまで強くない魔物は、度々地上に出て来てしまうそうだ。

 更に、エレスは地獄とつながりやすく、小さい穴でも、下手に刺激すれば、たちまち拡大してしまう不安定な世界となっていると言う。

 その原因についても、黒竜も白竜も知っているようだが、地獄の話しとは違う話になるので、別の創世竜に聞けと言われた。

 ただし、少し前から、創世竜の施した蓋は消滅して、今は別の力で地獄に蓋をしている状態らしい。



 地獄の構造は全七階層になっていて、下層に行くほど広大になっていく。

 同時に、住む魔物が巨大に、そして強大になっていくのだ。

 なぜなら、地獄は修羅地獄、飢餓地獄で、常に強者が弱者を喰って行く、闘争の世界なのだ。喰った者は喰われた者の、力も記憶も奪う事で、体も大きくなり、姿も様々に変化していくと言う事だ。


 地獄には強い「引力」があり、力が強い魔物ほど下層に引っ張られて落ちていくそうで、ある程度力が強くなると、強制的に下層に引っ張られる。そして、一つ下層に落ちれば、例えその階層で最強だとしても、より深い階層では捕食されるだけの存在となってしまう。

 また、この引力に関係なく、力が弱い者は下層に落ちる事が出来るそうだ。もちろん下層に落ちればたちまちより強い魔物に狙われてしまうのだが、力の弱い魔物は上層に上がる事もまた可能となる。


 地獄の第一階層は魂の世界。魂だけで、強い心を持つ者が弱い心の魂を喰らい、やがて肉体を得る。肉体を得た者が第二層に落ちる。

 そこでは肉体を得るが自我を失っている状態だ。そこでまた喰い合い、互いの意識や記憶を奪い合う事で、新たな魔物としての自我を獲得する。希に生前の記憶の一部を思い出す者もいるらしい。


 そして、自我を得た者が第三層に落ちる。だが、ここが恐ろしい。自我を得て、恐怖も苦痛も怒りも憎しみも、十分感じられる様になり、ある程度の社会も出来るそうだが、地獄の魔物は互いに喰らい合う運命からは逃れる事が出来ない。絶望と苦痛に叫ぶ声が途絶える事が無い世界だそうだ。


 第四層になると、せっかく得た自我を、再び失い、ひたすらに奪い、喰らい、欲望のままに他者をいたぶる化け物の世界となる。体も巨大化していき、喜びを持って他者を喰らう修羅地獄。


 第五層になると、体の巨大化が進む。数十メートルにもなる巨体で、高い知性を持ち、社会的な活動が出来るにもかかわらず、他者を喰らう衝動が強くある。

 生産活動も出来、服を着ている魔物もいる。

 地上に現れた魔王「エギュシストラ」は、実はこの第五層の中では雑魚に過ぎないそうだ。「魔王」自体がこの第五層には存在していない。第五層の住人は、第六層、第七層の魔王の手足に過ぎないという。


 第六層の魔物は、キロ単位の体長を持っていて、それが魔王にもなると一つの都市ほどの巨大さになる。


 詳しくわかるのはここまでである。なぜなら、黒竜と白竜が、実際に見てきたのは第六層で、第五層に入ったとたん、強力な引力に引かれ、第六層に落とされ、命からがら引力を振り切って地上に戻ってきたのだという。


 第七層には、地獄最大、最強の魔王がいるそうで、その大きさはエレスの大陸全土に匹敵するかも知れず、もしかしたら、この星ほどの大きさの魔王もいるかも知れないそうだ。

 

 これは、実際に見てきた人物の証言だそうだ。過去に、地獄を全て見てきた人物がいたらしい。アヴドゥル博士ではない、普通の青年だそうだ。

 その青年によると、第七層、第六層の魔王は数十万は少なくともいて、その力は、魔王1人で大陸一つを消滅させるのはたやすいぐらいだという事だ。そんな魔王が数十万いるとは、とても信じられない。

「つまり、第七層の魔王が地上に1人でも出現した時点で、この世界は終わるという事です」

 白竜がそう言ったが、その言葉は十分に納得できた。



 上層の魔物は、力を得ると下層に落ちる事を承知している。その為、知性がある魔物は、下層の実力者の命令を聞く事で、やがて下層に落ちたときに喰われないようにする。

 そして、上層の魔物ほど地上に抜け出る事が容易となる。

 地上に出現する魔物は、ほとんどが第一層と第三層の魔物で、それらは第六層や第七層の魔王の命令で、地上で暗躍して地獄の穴の蓋を開く為に働いている。

 たまたま抜け出た第二層、第四層の魔物は、無秩序に人間を襲う化け物となる。


 第五層の魔物は、もう地上に上がる事など出来ない。出来たとしたら、地獄の蓋が緩んだ隙に、力の弱い魔物が出てくるものだそうだ。

 そして、その力の弱い第五層の魔物も、地上では恐ろしい魔王と言われるほどの力を持っているのだ。

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