黒き暴君の島  黒竜の館 1

 俺は暗闇の中にいた。まだ生きている。

 黒竜の口に飲まれた俺は、噛み砕かれることも、飲み込まれることも無いまま、黒竜の口の中に捕らえられていた。

 黒竜の口の中は広く、立ち上がったとしても、上あごの内側に手も届かないだろうというのは、「無明」を使ってわかった。無数の牙がしっかりと咬み合わさり、抜け出る隙間は全くない。


 俺は今、黒竜の舌の上に四つん這いで、しがみつく所も無い不安定な状態でいる。

 下手に動くわけにはいかない。

 黒竜を少しでも刺激したら、飲み込まれたり、噛み砕かれたりしかねない。

 多分黒竜は、俺を棲み家に連れて行くつもりなのだろう。いずれ俺を殺すにしても、まずは回収できる自分の宝物「スフィア」を、安全に棲み家に運び込みたいに違いない。

 俺から巾着袋を取り上げれば、俺にはもう用が無くなるので始末するに違いない。

 だから、何とかその前に話し合いに持ち込まなくてはいけない。少なくとも、俺が盗人だという誤解は解かなければいけない。

 だから俺は、今は刺激しないように、黒竜の口の中でひたすらじっと身動きせずにいた。本心を言うと恐ろしい。しかし、そんな恐怖を感じつつも、俺はまた意外な感想を持っていた。


 黒竜の口の中にいて、舌の上に乗っているので、俺の体は黒竜の唾液でベチョベチョになっている訳だ。

 俺は、黒竜の口の中は生臭いとか思っていたが、実際にはそんな事は無く、むしろさわやかな香りに満たされていた。なんだか最近嗅いだような香りだ。


 もう一つは、黒竜の舌の微妙な動きはあれども、飛行による揺れがほとんど無いということだ。

 そもそも、これほどの巨体が、どうして空を飛べるのか?自重を支えている事すら信じ難いというのに、この巨体が空を飛ぶ、いや、むしろ浮遊しているのは、どうした力が働いているのだろうか?

 まるで体重が無いかのようだ。

 だが、口の中に捕らえられて、はっきりとその質感がわかるし、重量があることも感じ取れる。

 白竜の飛行でも思ったが、空中に完全に制止したり、音も立てず、風も巻き起こすことなく、滑るようになめらかに飛行することが出来るのは、なぜだろうか?

 こうした事が気になってしまうのは、恐怖を紛らせようとした心理から来るものだろう。

 俺は危機から脱した訳では無い。今は生きているが、一瞬後には、どうなるかわからないどころか、本気で絶体絶命な状況にあるのだ。



 そう思っていたら、少しの浮遊感が生じるくらいの揺れがあった。

 恐らく黒竜の棲み家に到着したのだ。

 今にも吐き出されるだろうと、衝撃に備えて筋肉を緊張させる。

 しかし、意外なことに、ゆっくりと巨大な口が開かれると、舌が伸びて、俺は口の外に出された。


 俺は、本当にこれでいいのかと緊張しながら、舌の上を這って進み、舌から滑り降りて地面に立った。

 そして、周囲を見て驚く。


 俺は、信じられないくらい広大な建築物の一室にいた。天井までの高さもわからず、壁が遥か先に見える。一辺が500メートル以上はあるだろう。

 そして、俺の目の前にいるのは、信じられないくらい巨大な黒竜だ。

 首をもたげて、遥か上空から俺をじっと見下ろしている。

 馬ぐらいもある巨大な目も、今は拳大の大きさに見える。

 全高80メートルという大きさが否応なしに実感される。あまりにも巨大で力強い姿に、俺は言葉を失ってしまう。

 白竜を見た時に、「なんて巨大な生き物だろうか」と思ったが、黒竜を見てしまうと、白竜がとても小さく感じてしまう。


 そして、この建築物は、その黒竜が首をもたげても、まだ余裕がある高さを持っている。

 にもかかわらず、この広大で、あり得ないほどの背の高い建物は、途中に支える柱も無く天井を支えている。

 しかも、見ると、奥にもまだ部屋があるようだ。どうやって建築されたのかまるでわからない。

 材質は石のようだが、とにかく一つ一つのサイズがバカでかく、俺がミニチュアの人形になったような錯覚を覚える。


 特にそれを印象づけるのが、室内環境だ。馬鹿馬鹿しいくらいに巨大な家具が設置されているのだ。

 ドアや窓枠は木材で出来ているが、窓枠はもちろんだが、特にドアの板は一枚板にしか見えない。

 だが、幅200メートルもある木など存在しない。いや、天界には「世界樹」なんて巨木があるらしいから、そうは断定できないか・・・・・・。

 だが、圧巻なのは間違いない。窓には超巨大なガラスまで入っているし、巨大すぎるカーテンもある。

 家具も1つや2つではない。ソファーにテーブル、食器棚、暖炉、絵画。

 もう、俺が小さくなったと考える方が妥当に思ってしまう。

 だが、俺が小さくなったわけでは無い。遠目に見た黒竜の館は、遥か遠くにあるのにやたらと大きく見えた。

 ここが黒竜の館である事に間違いが無い。今まで入って生きて出た者がいないという、恐怖の館だ。


 あまりの光景に魅入ってしまったが、今はそんな場合では無いという事に気付いた。

 ところがあまりにも驚きの連続だった為か、俺はとっさに黒竜に何を言うべきかすっかりわからなくなってしまった。


 すると、黒竜が首をズイッと下ろしてきた。10メートル程の高さに、黒竜の巨大な顔が降りてき来た。

 黒竜は俺をジッと見ながら、巨大な牙がビッシリと並ぶ口を開く。

『ワシの宝を盗んだのは、貴様か?』

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