黒き暴君の島 暴君 4
昼前のドランの街は、突然の事に大騒動だった。
突如として街の上空に、黒竜が出現したのである。黒竜は音もなく飛ぶので、人々が気付いたときには、もう街の建物すれすれの所に浮かんでいた。
空が急に影に覆われた為に、人々がギョッとして見上げたら、そこに黒竜がいた。
ドランの街は、黒竜と契約して毎年多数の宝石や金銀、装飾品を納めることで存在を許され、採掘権を得ていたのだが、こうして黒竜が街の上空に出現する事も度々あった。
それまで、理由無く襲撃されたことはなかったが、理由があって襲撃された事はあった。
その理由は、納めた年貢が気に入らなかったとか、どこかの不届き者が黒竜の宝物に手をつけたりした等である。
それ故に、人々は黒竜の姿に恐怖した。どこに逃げたら良いのかわからないままに、人々はそこら中を滅茶苦茶に走り回っていた。
例えどこに逃げようが、黒竜の炎が吐き出されれば、周囲一帯が焼き尽くされるし、強く羽ばたけば、すさまじい強風で建物も人も吹き飛ばされてしまう。
逃げたところで、ひとっ飛びで追いつかれてしまう。
人々は半狂乱で走り、叫び、押し合い、ぶつかり合い、パニックになっていた。
ある程度秩序を保っていたのは、冒険者や冒険者ギルドの職員たちで、必死で人々を落ち着かせようと奮闘していた。
そんなパニックの中、コッコと一緒に、普段着られる服を買いに露天の市場に来ていたミチルも、必死になって走り回っていた。
さっきまで近くにいたコッコの姿が、いなくなっていたのだ。
目を離したのは僅かな間だった。
服を選ぶ間、コッコの手を離してしまった。服を選び終わり、店主に支払いをしている時に、コッコがいないのに気がついた。
ミチルは慌てて周囲を探し回ったが、コッコの姿が見当たらない。
焦ってミチルがコッコを探し回っていたら、突然周囲が暗くなったと同時に人々が叫び、ミチルも驚き、人々がするように上を見上げた。
一瞬はそれが何か、ミチルにはわからなかった。
真っ黒な物が空を覆っていた。あまりにも大きく、そして近くにいたので、ミチルの視界には黒い天井にしか見えなかったのだ。
だが、遠くから「黒竜だ!!」と叫び声が上がったとたん理解した。
激しい恐怖が体をすくめさせたが、ミチルはギルド職員である。いざという時の訓練は受けている。そして、今はカシム・ペンダートンの依頼を受けて、小さい女の子の身を保護していた。優先するべきは、あの少女の安全だ。
通りは混乱した人々が押し合いながら走り回っている。
「あんな小さい子が、この人波に飲まれたら!?」
ミチルは、全身の血が凍り付くような戦慄を覚えた。
少女は踏みつぶされて、最悪命を落としてしまう可能性もある。特にコッコは、これまでずっと一人で荒れ地で暮らしてきたのだ。街の中で、どう動いたら良いのか、どこが安全なのかなどわからないだろう。
唯一知っている建物も、宿泊先の「湯~湯~ドラン」だが、そこまでの道のりもパニックに呑まれた人々の中では、わからなくなるに違いない。
コッコの、今感じているであろう恐怖と心細さを思うと、ミチルは胸が張り裂けそうだったし、涙が溢れてきた。
「なんとしても無事に見つけ出さなきゃ!!」
ミチルは人々が狂気する道を、コッコを探し、必死に駆け回っていた。
コッコが地獄教の信徒に捕らわれて、ひどい拷問を受けていることなど、さすがに思いも寄らなかった。
黒竜は結局、ドランの街には何をすることもなく、ゆっくりと浮上して、そのまま自分の住処であるデナトリア山に向かって、飛び去っていった。
ドランの上空に浮かんでいたのは、時間にして1分ちょっとだが、その間に、街は混乱する人々によって滅茶苦茶になってしまった。
露天の市場の多くの店が壊れ、けが人が多数出ていて、うめき声を上げながら倒れ混んだり、血を流している人々もいる。
どさくさに紛れて盗みを働いた人もいれば、盗人に暴力で制裁を加える人々もいる。混乱の最中に火事も発生して、いくつもの建物から、炎や煙が上がっている。
黒竜が飛び去っても、ドランの街は混乱はまだまだ収まらない。
混乱にあったのはファーンたちも同様であった。
「くっそう、カシムが!!」
ファーンがうめき声を上げる。
「わかってます!でも動かないで!!」
リラの顔色からも、血の気が引いていて、それでも額から汗を流して、ファーンの治療にあたっていた。
「ううううう~~~」
ミルは、声を殺すよう努力しながらも、大粒の涙が止まらない。カシムを飲み込んだ黒竜が飛び去っていったデナトリア山の方を、大きな目から涙をこぼしながら睨んでいた。
「絶対・・・・・・絶対に許さないんだから」
ミルが小さな拳を、力一杯握りしめている。
「リラ!もういい!折れたのは腕だ!歩けるし走れる!」
ファーンが、折れた右腕の治療をしているリラを押しのけようとする。
「走れるから何だって言うの!?」
リラが厳しい表情でファーンに叫ぶ。
「決まってんだろ!?黒竜の奴を追いかけるんだよ!!」
ファーンがリラに怒鳴り返す。
「追いかけてどうするって言うのよ!?」
リラもファーンに怒鳴る。
「カシムを食っちまったんだぜ!!許せるかよ!!」
ファーンがリラを突き飛ばした。だが、リラはそれでもファーンに食い下がる。そもそも、ファーンは単純な力でもリラに劣る。
「それで、あなたまで黒竜に殺されるって言うの?!」
「知るかよ!!でも、このまま逃げ帰れるかっての!!カシムが食い殺されちまったんだぞ?!許せるか!!」
ファーンの言葉に、それまで必死に我慢していた涙が、リラの目から溢れて止まらなくなる。
「・・・・・・カ、カシム君・・・・・・」
リラが地面に膝をつき泣き崩れる。
「お、おい、リラ。やめろよ。泣きたいのはオレだって同じなんだ」
そう言うと、ファーンの目からも涙が溢れ出てくる。
「クソッ!クソッ!!泣いてる暇なんてないってのによ・・・・・・」
ファーンも地面に座り込んで、動けなくなってしまった。
「あたしは行くよ」
ミルが静かに、座り込む2人に宣言する。
ファーンとリラが、デナトリア山を睨んで立つミルの方を見た。
「泣くのはやめた。信じる!」
ミルの声は決然としていた。
「・・・・・・信じるって?」
「何を?」
リラとファーンがミルに問う。が、問いつつ、その答えは2人にもわかっていた。
「お兄ちゃんは死んでないって!」
振り返ったミルは、まだ頬に涙を残しつつも、強いまなざしで2人を見て笑う。
そのミルを見て、ファーンが涙を拭く。そして「やれやれ」と苦笑しながら立ち上がる。
「だな!ウチらの大将が、こんなところで死ぬわけがない」
ファーンがリラに手を差し伸べる。
「・・・・・・呆れた。目の前で創世竜に食べられたっていうのに、あなたたちってどうかしてるわ」
リラはそう言いながら、ファーンの手を取ると微笑む。
「でも、そうね。カシム君だもの」
そして、3人はデナトリア山を目指す。
黒竜が飛び去って行ったのはデナトリア山の麓の巨大な館、黒竜の館の方だった。
ミルはハイエルフの目で、それを正確に把握していた。
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