黒き暴君の島  黒竜の館 2

 まるで遠雷の様に、低く、重く響く、太い声。その声と息吹だけで俺は吹き飛びそうになる。黒竜が、軽く前足を踏み下ろした。

 ズドンッ!!!と、音が響き、俺は振動で一瞬宙に浮く。創世竜は、やっぱりとんでもない質量を持っている。

 俺は必死に踏ん張り、何とか倒れずに済んだ。そして、手を上げて、必死に声を振り絞って叫ぶ。

「違う!!俺は盗んだりしていない!!」

『では、なぜ貴様がワシの宝を持っておるのじゃ?それは先日ワシの棲み家から無くなった宝じゃ』

 低く、重厚な黒竜の声は、腹の底に痛いくらい響く。

「ひ、拾った!たまたま拾ったんだ!!」

 怯みそうになる心と体を、必死で奮い立たせて俺は叫ぶ。

『拾ったじゃと?!嘘を言うでない!!』

 黒竜が怒号を上げる。遠雷どころじゃ無い。至近に落ちた雷そのものの激しさがある。

 堪えきれず、俺は吹き飛ばされて床を転がる。数回転してようやく止まり、俺は何とか片膝をつく。体中がしびれている。何という黒竜の力だ。

 黒竜がズイッと首だけを伸ばして、また俺に近づく。

「嘘じゃ無い!!本当に拾ったんだ!黒竜の領域のギリギリ外!石のくぼみに落ちていたんだ!!」

 俺の言葉に、黒竜が目を少し細める。

『ほう・・・・・・。では仮に落ちていたとして、貴様はどうやってその宝を拾った?わかっているじゃろうが、その玉は摘まむ事なぞ出来ないくらい滑るはずじゃ』

「ス、ストローで・・・・・・」

 俺は必死で、片膝をついたまま、身振り手振りを交えて説明する。

「ストローで、こうして、吸って。で、巾着に入れた」

 通じたか?

『ほう・・・・・・。なるほど。それなら納得じゃ』

 おお!何という僥倖。黒竜が俺の話を信じてくれた。

『じゃが、貴様はその宝をどうするつもりであったのじゃ?』

 黒竜の詰問はまだ終わっていない。俺は再び緊張しながら、ゆっくりと立ち上がり、腰のベルトから「スフィア」の入った巾着を外して差し出す。

「返しに来た」

 黒竜は目を再び細める。

『盗むつもりだったのじゃろう?』

 俺はかぶりを振る。

「違う!もし盗むつもりがあれば、この島から大急ぎで逃げ出すだろう。でも俺たちは、この宝を黒竜に届ける為に、デナトリア山に向かっている途中だったんだ!」

『何故じゃ?現に貴様はワシに喰われ掛けたではないか!ワシに遭って生きて帰れるとでも思っておるのか?!』

 黒竜が口の端を上げて嗤う。

「ついででもある」

 俺は正直に答える。

『ついでじゃと?』

「ああ。俺は元々黒竜に会うためにこの島に来た。そして、デナトリア山に向かう途中で、たまたまこの宝物を見つけたんだ」

 見つけたのは昨日だ。コッコを発見して保護しなければ、昨日か、今朝には、黒竜に宝物を届けることが出来たかも知れない。

『ほう。おかしな奴じゃ。ワシに何用で来たのかは後で聞こう。じゃが、何故ワシに宝を返そうと思ったのじゃ?宝を返したからと言って、生きて貴様を帰す気などないぞ・・・・・・』

 黒竜の言葉に、全身の血の気が引く思いがした。だが、俺には話を続ける事しか出来ない。この黒竜の館から逃げる事なんて不可能だ。

「それは・・・・・・困っているのではと思ったからだ」

『困る?ワシがか?怒り狂っておるとは考えなかったのか?』

 黒竜が俺をジッと見ている。

「それは思ったさ。でも、もし俺が大切なものをなくしたら、きっと困るし、何よりも悲しむ。・・・・・・黒竜は自分の宝物を一つ一つ記憶していると聞く。つまりそれは、一つ一つの宝物を大切にしているからなんだろ?だからさ、きっと困っているのかと思ったんだ」

 俺が言い終わると、黒竜は首を高く上げて、後ろにのけ反らせながら声を上げて笑った。空気が激しく振動する。

 良かった。俺の近くで笑われたら、俺はまた吹き飛ばされていたに違いない。

『その通りじゃ。ワシは困っておった。探しておった。じゃが、よもや境界の外にあるとは思わなかった』

 黒竜が笑いを納めて、また首を俺の方に近づけて言う。

『貴様が盗人では無い事はな、実は最初から知っておったのじゃ。これはワシがなくしたのじゃ』

 黒竜からの思わぬ告白に俺はどう反応したら良いのかわからず、ただポカンと口を開けていた。

『少し貴様をからかっただけじゃ。まあ、許せ』

 しかも黒竜からの謝罪の言葉?!どういうことだ?

「い・・・・・・一体、どうしてこの宝をなくしたんだ?」

 思わず頭に浮かんだことをそのまま口にしてしまった。すると、黒竜は少し頭を浮かび上がらせると、口の端を引き上げた。得意そうな表情に見える。

『よくぞ聞いた。貴様には話してやろう』

 俺は思わず息をのむ。


『スフィアは摩擦係数がゼロの真球体じゃ。故に摘まむ事も困難で、一度回転させると相当長く回転し続ける性質がある。それはわかるな?』

 ああ、そうそう。「摩擦係数」だ。この前仲間に説明しようとした時に思い出せなかった言葉だ。正直それがどういうことなのか、ちゃんとは理解していないが、回転したら止まらない、ツルツル滑るものだと言うことは理解出来ている。なので、俺は頷いた。

『ワシはな、それを爪の先にのせて、どれくらい回し続けられるのかという難題に挑戦していたのだ』

 俺に衝撃が走る。

「な!!??何だって??!」

 思わず叫んでいた。

『じゃが、幾度目かの挑戦の途中で、思わずくしゃみをしてしまってのう。スフィアは飛んでいってしまったと言うことなのじゃ』

 そ、そんな・・・・・・。

「じゃ、じゃあ、それは事故だな」

 俺は唇を噛む。

『うむ。悲しい事故じゃ』

 黒竜も口惜しそうにする。だが、俺はどうしても黒竜に言わなければ・・・・・・確かめなければいけない事がある。

「それで・・・・・・最長記録は何秒だったんだ?!」

 黒竜の目が光る。

『驚け。・・・・・・なんと15秒じゃ!!』

「すっっげぇぇぇぇ~~~~~~!!!!」

 俺は拳を振り上げて叫んだ。俺だったら1秒でも絶対に無理だ。

 そもそも指にのせることが至難の技だと言うのに、黒竜は、これほどの巨体で、しかも爪でスフィアを操作して爪の先に乗せるなんて、もうどれほどすごいことかわからない。言葉に尽くせない技と言う外無い。

 さすがは創世竜だ。スケールがあまりにも違いすぎる。俺は恐怖をすっかり忘れて、とんでもない偉業に興奮していた。

 黒竜も、己の打ち立てた記録に満足そうにしている。だが、少し残念そうに言う。

『ワシとしては、何とか20秒を越えたかったのじゃ。・・・・・・ところが無くしてしまって、貴様の言うとおり困って探しておったのじゃ』

 俺は頷く。

「そうか。それは困っていたな。でももう大丈夫だ。スフィアはここにある!」

『そうじゃな。また挑戦できるな』

「あなたたちは阿呆ですか?」

 黒竜と俺が話している横から、急に声が掛かり俺は驚いてその場に飛び上がってしまう。

 見ると、いつの間にか黒竜の足下に、背の高い美しい女性が立って、呆れた顔で俺の方を見ていた。


 その女性は、美しいシルバーブロンドの髪をして、薄紫色のタイトなロングスカートのドレスに、白い毛皮のショールを肩から掛けている。切れるような長い睫毛に、美しい青い目を半眼にして、俺を見てため息をついている。

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