黒き暴君の島  妹 4

 ほとんど待つこと無く男が連れてきたのは、副支部長だった。昼間は支部長、夜は副支部長という配置になっている所は多い。

「やあ、ディレィア君からは、君がこの街に来ていることを聞いていたよ。昼間に君に応対したセンス・シアの人だがね。会ってみたいと思っていたんだ」

 ディレィアというのか、あの人は。ちゃんと上司には報告しているな。組織としては当然だな。おかげで話が早くて助かる。

 副支部長は、冒険とは無縁そうな、事務職然とした中年の男性だった。ちょっとおっとりした感じの中肉中背の男だ。

 

 副支部長は俺を面談室に案内して、向かい合って座る。

 そこで、俺は副支部長にコッコの事、これまでの経緯を説明する。

「なるほど。それにしても、デナトリア山付近にそんな子どもが住み着いていたとは初耳だったな・・・・・・」

 副支部長が、申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「それは君に、余計な面倒を掛けてしまったようだ。私たちがもっとしっかり調査をしていればよかったのだが、面目ない」

 太い眉毛をハの字にして頭を下げてくる。

「いや、俺たちだって、たまたま見つけた訳ですし、この島は広い上に危険なんだからしょうが無いです」

 そんな事を言いに来た訳では無い。

「それより、依頼のことなんですが」

「ああ。出来るだけ便宜を図らせてもらおう」

 副支部長がそう言うので、俺は安心して依頼内容を話すことが出来た。

 

 まず、コッコは引き続き「湯~湯~ドラン」に部屋を取って、そこで過ごしてもらうようにしたい。その為にコッコと、面倒を見る職員分の宿泊費や、必要経費は前払いで支払う。

 期間は7日間。つまり1週間だ。

「期間を決めると言うことは・・・・・・君たちが戻らなかった場合のことだね?」

 副支部長が表情を曇らせる。前代未聞の超高難度の依頼を引き受けているのは、副支部長も当然知っている。生きて帰る可能性がほとんど無いクエストだ。

「そうです」

 俺はきっぱりと答える。

「もし、その場合は、コッコをグラーダのペンダートン家まで送るように手配してもらいたい。彼女には、俺からの手紙を渡しておきます。ペンダートン家の養子になる予定です」

 副支部長は驚いた表情をする。

「となると、これはとんでもない賓客だね。心して掛からなくてはいけない」

 ペンダートン家は、グラーダ第一の騎士、伝説の白銀の騎士の祖父が築き上げた騎士の家だと言うことは、世界中に知られている。

 闘神王グラーダ三世のこれまでの偉業を知らない子どもでも、白銀の騎士の伝説ならいくつもぺらぺらとしゃべれるくらい祖父の話しは人々に親しまれていた。

 そのペンダートン家の養子となるコッコは、国賓扱いしてもおかしくない程重要人物となった訳だ。

 俺は、副支部長に、コッコをグラーダに送る手はずを頼み、依頼料と運賃も合わせて支払う。

 早く帰って来る事が出来たなら、宿泊費や日当は返金されるが、依頼達成の報酬は別で支払うことになった。

 もし俺たちが戻らなければ、得をするのはコッコを運ぶ商人だ。依頼料、運賃の他に、届け終えれば、きっとペンダートン家から多額の褒美をもらえる事だろう。

 だが、俺たちは絶対に生きて帰ってくるつもりだ。


「いや、しかし、そこまで君が支払わなくても、ギルド側としても、いくらかはこっちで負担するつもりがあるよ。内容が内容だけにね」

 副支部長がそう言ったが、俺は首を振る。副支部長が気を回しているのは、ペンダートン家だからという事もゼロではないだろうが、やはり、コッコの存在を把握できなかった、ギルド側の不手際に起因する物だろう。

「いいえ。コッコの事はもう俺たちの問題ですから」

「そうか。君は若いのにたいした男だ」

 副支部長が穏やかな笑顔を見せる。

「それにしても、日当やら報酬までもらって、高級旅館に泊まれるとなると、手を上げる職員は多いだろうな」

 そう言って副支部長が笑う。

「確かにそうですね」

 俺もそう聞くと、思わず笑ってしまう。

「人選はお願いします。出来れば子育て経験のある女性にお願いしたいですが・・・・・・。なにせ、コッコは荒れ地で育ってきたので、風呂の入り方から食事の仕方も知りません。言葉はわかるし、理解力は高い方だと思いますが、何というか心配で・・・・・・」

 俺の言葉に、また副支部長が笑う。

「君はもうすっかりお兄さんなんだな」

「確かに」

 俺もまた、つられて笑う。

「では、明日の9時に、宿まで職員が来てくれるようにして下さい。俺たちも急いで黒竜に会いに行かなければならないので」

 俺がそう言うと、副支部長は表情を改めて頷いた。

 

 話しがまとまって宿に戻ると、仲間たちもコッコも、寝る準備をしながら俺を待っていたようだ。

「お帰りなさい」

 みんなが口々に言う中、コッコは走ってしがみついてくる。

「フフフ。さっきまで楽しく遊んでいたのにね」

 リラさんが微笑む。

 妹みたいなのはいたが、本当に妹となると、なついてくれる事がこんなにも嬉しいものなのか。俺の頬が緩む。

 するとミルまで調子に乗ってしがみついて来た。仕方が無いので、2人とも頭をなでてやる。


 大部屋にはベッドが4つある。最大8人宿泊できるので、あと4人は布団を敷いて寝るようになっている。布団を敷いても余裕がある位の広さがある部屋だ。

 ベッドにはファーンとリラさんとミルが寝る。俺とコッコは布団を敷いて寝る事になったが、コッコが俺と寝たがるので、同じ布団に寝る事になった。

 まあ、俺も、急に環境が変わったコッコが、夜泣きでもしないかと心配していたから、一緒の布団なら安心だ。

 

 嫌がる歯磨きも、ミルが見本になり、俺が磨いてやる事で、何とか納得して磨く事が出来た。磨いてみると、これも風呂同様、意外と気に入ったようだ。隅々まで丁寧に磨いて貰って嬉しそうにしていた。


 リラさんは、赤いドレスの他にも、下着やら寝間着やら、いくつかコッコ用の服を買って来ていたので、寝間着に着替えさせてくれた。

 コッコは赤いドレスが気に入っていた様で、着替えるのを嫌がったが、「しわになるよ」という説得が効いて、素直に着替えられた。

 三つ編みをほどくのも嫌がったが、「また結んであげる」と約束する事でほどく事が出来た。

 こうした苦労も、俺たちにとっては、自分たちがコッコにした事を喜んでくれた事だとして嬉しく思えた。

 それに、これまでのコッコの生活を思うと、風呂も、歯磨きも食具を使う事も無かったのだろうから、出来なかったり嫌がるのも当たり前だ。

 だからこそ、これから自分が困らないように身につけさせて行けばいい事なのだ。


 それに、コッコは話せばちゃんとわかる理解力がある。難しい言い回しをしてもちゃんと了解しているようだった。或いは、野性的な生き方をしてきたコッコだけに、敏感に大人の顔色を見て判断しているのかも知れないが。

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