黒き暴君の島  妹 5

「それじゃあ、お休みなさい」

 俺がそう言うと、それぞれに自分のベッドに入る。

 俺はコッコに布団を掛けると寝かせ付ける。幼い頃に年下のアクシスにしてやったように、優しく胸元をトントンと叩く。

 やがて寝息を立て始めたコッコを布団に寝かせると、1人ランプを灯してデスクに行き、ペンダートン家に向けての手紙を書く。明日、コッコに持たせる手紙だ。

 事細かくコッコの事を記し、養子として迎えてほしい旨を書く。

 ただ、この手紙を家族が読むと言う事は、俺が帰れなかった時だという事になる為、自然と家族への思いも溢れてきた。

 夜の魔力で、昼間では書けないようなちょっと恥ずかしい内容になった気がするが、帰って来さえすれば、こんな手紙は破ってポイだ。

 肝心なのは、コッコをペンダートン家で大切に育てて欲しいと言う事に尽きる。


 手紙を書き終えると、俺は起こさないように気を付けながら、コッコの寝ている布団に潜り込み、目を閉じる。冒険者の習慣か、眠ろうと思えば何処でもすぐに眠る事が出来る。ましてや高級な宿の布団の中だ。すぐに心地よい眠りに落ちていった。





 全員が寝静まった室内で、1人目を開ける者がいた。

 コッコである。

 コッコは目を開けて起き上がり、隣で寝ているカシムの顔をジッと見つめる。

「ジーン・ペンダートンの孫・・・・・・」

 そう呟くと、カシムの首から掛けられた、黒竜の宝物が入った巾着袋をジッと見つめる。

「カシム・ペンダートン・・・・・・か」

 それからコッコは布団を抜け出し、そっとカシムの装備が置いている所に行くと、カシムが身につけていたウエストバッグを開けて、中を探る。

 そして、ある物を見つけて眉間にしわを寄せてしばらく無言で考える。しばらくしてようやく顔を上げて小さくつぶやく。

「・・・・・・そういう事か」

 コッコは、荷物を元に戻してから、再び静かに布団に戻り、眠っているカシムの顔をじっと見つめる。

 髪も眉毛も濃い茶色で、睫毛も同じ色なのに、大きな傷跡の残る右目の眉毛だけが白い。

 コッコはカシムに口づけでもするかのように顔を近づけて、カシムの白い眉毛を見つめる。

 それから、クスリと笑うと、布団に潜り込んで、カシムにしがみつくようにして目を閉じた。

 




 翌朝、早くに俺たちは目を覚まして準備を始める。

 俺は、コッコに持たせる荷物をまとめて、宿での手続きも済ませる。

 今度は大部屋では無く、少人数で泊まれる部屋を頼んだ。部屋に空きがあったようで、すぐに部屋を移れるようにしてくれるとの事だった。

 その間に、ファーンたちは温泉で朝風呂を楽しんできている。コッコの髪も、また丁寧に洗ってやるそうだ。是非可愛くしてきてもらいたい。なんせ俺の妹なんだからな。

 アクシスも妹みたいなものだが、どうも微妙に違う。なんせアクシスは王女様だ。子どもながらにその辺は多少意識していた。

 だが、コッコは遠慮無く可愛がる事が出来る妹だ。絶対に生きて帰って来て、コッコと一緒にグラーダに帰ろう。幾度目にもなるが、また心に誓う。


 部屋には朝食が運ばれてきている。そろそろ7時半だ。ギルドの職員が9時に来るので、少しコッコの事を説明して顔合わせをして、9時半にはデナトリア山に向かって出発したい。

 早く出れば、それだけ早く帰れるはずだ。一度途中まで行っているので、今度は今日中にデナトリア山までたどり着けるかも知れない。


 そんな事を考えていたら、リラさんたちが戻ってきた。

「ちょうど朝食が来たところだよ」

 俺が出迎えると、ミルがテーブルをのぞき込む。

「わーーーい!食べよう食べよう!!」

 ミルの言葉に頷き、早速食事にする。

 湯上がりのコッコは、今は髪を後ろでひとまとめにして結わえてある。後で着替える時におめかしをしてもらえるのだ。俺も結びたいが、やはり女性のリラさんに任せるのが一番上手なはずだ。

 朝食はパンにサラダやソーセージなど。それからフルーツ盛り合わせ。飲み物は全員がオレンジジュースにしていた。ピッチャーでもらっているので、おかわりも可能だ。

 コッコはオレンジジュースをおかわりして、フルーツのオレンジもパクパク食べていた。昨日のオレンジジュースもおいしそうに飲んでいたし、オレンジが好きなのかな?そんな様子を全員が笑顔で眺める。


 だが、刻一刻と別れの時が迫ってくる。一時の事と信じたいが確約は出来ない別れだ。

 食事が済むと、リラさんがコッコを赤いワンピースドレスに着替えさせる。コッコは赤いドレスを見ると嬉しそうに笑う。可愛い八重歯が口から覗く。

 髪も今日は左右で結び、リボンを付ける。昨夜よりも髪がしっとりして見えるのは気のせいだろうか?

「・・・・・・カシム、お兄ちゃん?」

 ドレスに着替えておめかしを終えたコッコが、俺の方をジッと見る。俺のことをお兄ちゃんと呼んでくれた。何気に嬉しい。

「ああ。可愛いよ、コッコ。よく似合ってる」

 俺が言って、頭を撫でると、コッコが嬉しそうに笑った。触った感じ、髪が昨夜より柔らかい気がする。リラさんがしっかり朝風呂で手入れしてくれたのだろう。感謝、感謝。

 俺たちも装備を調える。

 しっかり武器や防具を身に着ける。胸に下げていた、スフィアの入った巾着袋を腰のベルトに付け直す。巾着が震えているので、スフィアが中にちゃんと入っているはずだ。

 次にリラさんが出発前の恒例で、俺たちに支援魔法を掛けてくれる。


 そうしている内にドアがノックされた。

 時間はちょうど9時だ。

 俺がドアを開けると、ギルドの制服を着た中年の女性が立っていた。ふくよかで、見るからに穏やかそうな女性だ。

「依頼を受けて、コッコ・ペンダートン嬢をお預かりします、わたくしミチル・ネランデと申します」

 女性は深々と頭を下げる。

 俺はギルドにコッコを預けるに辺り、自分の身分を明かしていた。当然ギルドでは俺が受けている竜騎士探索行の任務を知っている。だから、異例の依頼でも快く理解して引き受けてくれたのだ。

 そして、ペンダートンの名があればこそ、コッコも間違いなく丁重に扱ってもらえる。俺たちに万が一の事が起こったとしても大丈夫なはずだ。後顧の憂いは無い。

「よろしくお願いします」

 俺がミチルさんに頭を下げ、コッコを手招きする。コッコがトテトテと俺の隣に来てギュッと俺の手を握る。

「この子がコッコ・ペンダートンです」

「よろしくね、コッコちゃん」

 ミチルさんは、コッコの前にスッとしゃがんで、微笑みかける。良い人そうだ。

 

 それから俺たちは、昨日1日で学んだコッコの特徴や、生活で必要な事をミチルさんに説明する。ミチルさんは5人の子どもを育て上げているそうで、すぐにいろんな事情を了解してくれた。家から絵本やオモチャも持参してくれている。

 コッコはこれからペンダートン家に入るが、そうすると犯罪に巻き込まれる可能性もある。誘拐なんかされたらたまった物ではない。

 なので、コッコがペンダートンになる事は、秘密の情報として貰うようにお願いしたら、同じ事を副支部長にも言われたと、ミチルさんは笑って答えた。

 さすがに気が回るな。いい人に会えて良かった。

 コッコは無言で俺の手を握っていたが、いよいよ俺たちも出発の時がきた。

 宿の入り口までコッコは手を離さず、ミチルさんも見送ってくれた。

「どうか、無事にお帰り下さい」

 ミチルさんは、真剣な表情で俺たちを見る。ギルド職員なんだから俺たちの旅がどれほど無謀な挑戦か、充分に理解している。

「大丈夫です。俺たちは必ず、コッコを迎えに帰ってきます」

 俺はそう言うと、俺の手を握るコッコを促す。

 するとコッコも俺の手を離して、ミチルさんの隣に歩いて行く。そして、振り返ると、また、俺の方にやってきてしがみつく。

 俺はしゃがんで、コッコを抱きしめて頭をなでる。コッコは震える声で、小さく言った。

「お兄ちゃん、愛してる」

 涙が出そうになった。ちょっと感動してしまった。なんか、家族たちが俺にむやみやたらと良くしてくれるのが理解できる位の家族愛を、自分の中に感じた。

「俺も愛してるよ、コッコ」

 俺がそう言うと、コッコはうつむいたままスッと俺から離れる。そしてうつむいたまま震えている。涙を堪えているのだろうか。

 そして、ミチルさんの所に駆けていって、しばらく震えながら後ろを向いていたが、キッと俺たちの方を向く。顔を赤くしているが、ちょっとつり上がった大きな目で俺たちを見てから、大きく頷いた。

「いってらっしゃい!!」

 今日もドランの空は曇っている。

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