黒き暴君の島  はぐれ少女・純情派 1

「コッコちゃんのお家はドランにあるの?」

 俺たちはドランに帰るべく、元来た道をたどっていた。少女が裸足なので、俺が背負って歩く。少女はリラさんが差し出したマントを羽織るのを嫌がったので、俺の背中に背負い、その上からマントをおぶい紐の様に使って、少女の体を覆いつつ、俺が手を離しても少女がずり落ちないようにしていた。

 少女にリラさんが語りかけている。しかし、少女は言葉少なで、今も首を横に振るだけだった。

 見たところ6歳位だろうか?やせているし、栄養状態が悪く、発育が遅れているのかも知れない。言葉は通じているようだが・・・・・・。

「コッコちゃんはあそこで何してたの?」

 ミルが尋ねるが、宙を睨んだ様子で何も答えない。

「なんか知らないけど、困ってたんだろ?」

 ファーンが尋ねると、コッコはファーンを見て口を開く。

「困ってた・・・・・・」

 俺たちに笑顔が戻る。少女が会話を始めてくれた。

「じゃあ、俺たちが助けるよ。どう困ってたんだい?」

 俺が聞いたが、コッコは自分の足の方を気にして、首を伸ばして下を見る。

「これは?」

 コッコの足に、スフィアを入れた巾着袋が当たっていた。スフィアは巾着袋の中で回転して震えているので、その振動が気になったのだろう。俺も腰の辺りでスフィアが震えるのが気になっていたぐらいだ。

「・・・・・・ああ。これは、その・・・・・・大切な物なんだ」

 俺が言い淀む。あまり詳しい事を話すと少女がおびえて俺から離れたがるかも知れない。

 何せこれは黒竜の宝物なんだ。宝物を盗んだ者を、黒竜が許しておく訳が無い。もちろん俺たちは盗んだ訳じゃ無く、たまたま拾っただけだ。

 でも、コッコにしても黒竜にしても、そんな事わかるはずが無い。もっとも、コッコが黒竜の話しを知っているのかは不明だ。

「大事な物?」

 コッコが首を伸ばして真剣に巾着袋を見つめる。

 ずっと震えている巾着なんて不思議な物に興味が行くのは当然だ。そして、子どもが一度興味を持ったらしつこいのは知っている。

 ここで正直に話さないと、この子の信用は得られないかも知れないと俺は思った。とは言え、正直に話したところで、こんな小さな子が何処まで理解できるのかわからないが。

 俺は一つ息を吐いてからコッコに話し始めた。


「コッコ。これはね、黒竜の宝物なんだよ。だから俺たちの物じゃ無いんだ」

 黒竜の宝物と聞いて、俺の背中のコッコが身じろぎをして暴れ出す。さすがに黒竜の怖さは知っているようだ。

「大丈夫よ。そんなに怯えないで」

 リラさんがコッコの背中をなでてなだめる。

「そうだぜ。カシムはさ、こう見えてあの白銀の騎士ジーン・ペンダートンの孫なんだぜ!・・・・・・って、白銀の騎士の話知ってるか?」

 ファーンがそう言うが、コッコの様子じゃ知らなさそうだぞ。そう思ったが、コッコが頷く。

「ジーンの・・・・・・孫?」

「おお、知ってるのか?偉いぞコッコ!」

 ファーンが感心したようにコッコを誉める。するとコッコがようやく落ち着く。

 しかし、ファーンも良く言ったものだ。「ジーンの孫」とは言え、俺はたかだかレベル1の冒険者だ。実際そんなに強くない。

 だが、それを聞いてコッコが落ち着いたなら「嘘も方便」だ。


「それ・・・・・・どうするの?」

 コッコがたどたどしく聞いてくる。

「ごめんよ、コッコ。確かにこんな物を持っていると危険だよね。でも、これは黒竜の宝物でさ、境界辺りでたまたま落ちているのを見つけたんだ」

 コッコが神妙な様子で俺の話を聞いている。理解力はあるようだ。なら、話し易い。子どもの頃にアクシスをなだめたように話そう。

「多分、黒竜はこの宝物をなくしたんだと思う。コッコがもしも大切な物を無くしたとしたら、きっと凄く悲しいし困るよね」

「・・・・・・うん」

 コッコが頷く。

「それと同じで、黒竜もきっと、悲しいし困っていると思うんだ」

 コッコがしばらく考える。

 それはそうだ。誰もが恐れる創世竜の黒竜が、悲しんだり困ったりしている所なんてまるで想像が出来ない。怒り狂うところなら容易く想像できるが・・・・・・。

「・・・・・・うん」

 それでも、子どもは偏見無く考える事が出来る。だから、コッコは頷いた。

「だからさ、俺は黒竜にこの宝物を届けなくっちゃいけないんだ」

「届ける?」

 訝しげな様子でコッコが問う。

「当然だよ。黒竜の宝物は、黒竜の元にあるべきなんだ。その辺に落ちていても、俺たちが持っていてもいけないんだと思う」

 黒竜の宝物は、黒竜が持っていなくては、世界中が危ない。盗んだ犯人を捜して、見つからなければ何処に怒りをぶつけるか分かったものでは無い。

 過去にもそうして滅んだ街や都市がある。

「・・・・・・危ないよ」

 コッコがボソリと呟く。心配してくれたのか。少し心を開いてくれた様子に俺たちが笑顔になる。

「ありがとう、コッコ。確かに危ないんだ」

 俺はコッコに説明する。

「俺たちは元々、黒竜に会いに来たんだけど、たまたま宝を拾ったから、ついでに届けに行く途中だったんだ。でも、君を見つけたから事情が変わったんだ。今はとにかく、君を連れて大急ぎで町まで戻るよ。それから、君に家があるなら送り届けてから、急いで黒竜の所に宝物を返しに、またデナトリア山に行こうと思う。少なくとも、黒竜が宝物が無いのに気付いて暴れ出して、島の人たちや、他の国の人たちが巻き込まれないようにしないといけない」

 ちょっと話しを急ぎすぎたのか、コッコが頭をひねる様子が伝わる。

「カシムらしいけど、話しが硬いっての」

 ファーンが呆れて肩をすくめる。それから笑いながらコッコに言う。

「まあ、コッコが困ってるのを助けてからの話しだよ」

 リラさんも微笑みを浮かべてから頷く。俺もミルも顔を見合わせて頷く。

 それでも気になるのか、コッコは首を伸ばして左右の下の方を交互に見る。左にはウエストバッグがあり、それも足に当たっているので気になるようだ。

「気になるかい?」

 俺はそう言うと、コッコをおぶったままウエストバッグの位置をずらして前に持って行く。

「これでいいかな?」

 俺が言うと、コッコもようやく背中で大人しくなる。それを見たミルが元気に言う。

「じゃあ、何はともあれ、また温泉宿に1泊だね!」

 それを聞いたファーンが調子を合わせる。

「そりゃいい!!コッコも風呂でピカピカのお姫様にしてやろうぜ!!」

 ファーンが嬉しそうに提案をすると、いつもは金銭管理に厳しい・・・・・・というか、堅実なリラさんも即座に首を縦に振った。

「そうね。せっかくの美人さんなんだもの。ちゃんと可愛くしてあげたいわ」

 すると背中のコッコがもがく。

「や、やだ!風呂、嫌い!!」

 その様子に俺たちは声を上げて笑った。

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