黒き暴君の島  黒竜島での戦い 4

 いや。充分だ。炎によって、周囲が一瞬黒煙に包まれた。

「隠れろ!」

 俺が叫ぶと、すぐに前を行く2人は、近くの大きめの岩の側に駈け寄り身を伏せる。俺も、ミルを抱えながら、すぐ近くの岩と岩の間に身を滑り込ませた。

 正直に言うと、それで誤魔化しきれるとは思っていなかったが、リプリクスは急に足を止めると、大人しくなり、ゆっくりと踵を返すと、元いた方に戻って行った。


 リプリクスが完全に姿を消してから、俺たちは岩陰からソロソロと這い出た。

「・・・・・・行ったか?」

「行ったみたい・・・・・・」

 俺とミルが顔を見合わせる。ファーンとリラさんも俺たちの方にやってくる。

「ミルもやっぱり精霊魔法使えたのね?」

リラさんがミルの頭をなでるが、ミルは頭を振ってその手を払いのける。

「精霊魔法じゃなくって『忍術』だよぉ!!」

「おお。すげえな、忍者ってのは!!」

 ファーンが急いでフォローを入れると、ミルは嬉しそうに胸を張る。

「忍者マスターになったら、もっと凄い事出来るようになるんだから!!」

『精霊魔法が上手くなるって事かな?』

 ミル以外の3人は同じ意見を持ったようで、苦笑しながら顔を見合わせる。精霊魔法の威力で言えば、ミルより、人間のリラさんの方が強かった。それってどう捕らえれば良いのだろうか・・・・・・。やはりリラさんはすごいのだろう。

「にしても、リプリクスはあれで誤魔化せたのかな?」

 俺が呟く。

「元々草食の大人しい竜種なんだろ?そこまで無理に追って来る気が無かったって事じゃないか?」

 ファーンの言葉に俺も頷き返した。

「それもそうだな。とにかく、リプリクスの方は迂回して先に進もう」

 俺の提案に全員が頷く。



 それから、慎重に周囲も足元も確認しながら俺たちは進んだ。リプリクスはしゃがむと周囲の岩と同化して見つけにくくなってしまうようだ。

 それにしても、デナトリア山に着く前から竜種に遭遇するとは思ってもみなかった。これは黒竜の行動範囲が、日常的に広い事を意味しているのかも知れない。と言う事は、黒竜とはいつ、何処で遭遇してもおかしくないと思って気を引き締めた方が良いだろう。

 そう思いながら周囲をくまなく見回して警戒していると、俺たちの進行方向に、小さな動く物が見えた。

「気を付けろ!」

 俺が小さい声で仲間たちに注意を促す。すぐに全員が身構える。

「あれぇ?」

 ミルが大きな声を上げる。

「どうした?」

「ねえ、あれ女の子だよ。小さい子がいる」

 ミルの言葉に俺たちは驚く。

「まさか!?」

 リラさんが小さな声を上げる。

「うそだろ?こんな危険なところにか?!」

「本当だよ。女の子だよ」

 おいおい。それはやばいな。

「すぐに保護しよう!!」

 俺の言葉に全員が頷く。

 俺たちは静かに、だが急いで少女のいた方に走る。

 

 近づいて見れば、確かに小さい女の子がいた。

 こんな荒れ地に小さい女の子だ。信じられない・・・・・・。

 ボロボロの汚れた服だか、毛皮だかを辛うじて身に着けただけの半裸の少女が、地面をキョロキョロ見ながらウロウロしていた。

「ひどい!」

 リラさんが息を呑む。あまりにもみすぼらしい恰好だ。年齢もミルより明らかに小さい。体もやせ細っているし、全身汚れている。長く伸び放題の髪もボサボサだ。黒い髪のあちこちが絡まったり、その辺の草やら小石やらが絡まっている。

 近付いてくる俺たちに気付くと、少女は顔を上げて首を傾げてこっちを見る。特に警戒する様子は無いので、俺は静かに声を掛けた。

「君。こんな所でどうかしたの?」

 きょとんとした様子で俺たちを見つめていたが、そこでようやく警戒心を見せる。目がつり上がり、眉間にしわが寄った。

「大丈夫だよ。俺たちは君に悪い事なんかしないよ。君を助けたいんだ」

 手を上げて害意が無い事を示す。

「そうだぜ。腹とか減ってないか?食い物もあるぜ」

 ファーンが言うと、リラさんも涙をにじませて少女を見ながら声を掛ける。

「ねえ、あなたお家は何処なの?お父さんとかお母さんはいないの?」

 ミルも言う。

「ねえねえ。何か困っているならあたしたちが手伝うよ」

 俺は地面に膝を付いて、ゆっくり、出来るだけはっきりと少女に語りかけた。

「もう大丈夫だ。俺たちが君を守ってあげるから、こっちへおいで。俺たちと一緒に行こう」

 この少女をこのまま放っておく事なんか出来ない。保護して町に連れ帰り、両親がいるなら探すし、困っているなら助けてあげなければいけない。

 一度町に戻る事になるが、そんな事は問題じゃ無い。

 俺が跪いて手を差し伸べると、少女は小さく頷いて、俺の手を取った。だが、まだ眉間にしわを寄せて俺を睨んでいる。

 

 それにしても小さくてやせこけた女の子だ。辛うじて下着に見えなくも無いボロを身に着けてはいるものの、裸同然だし、えらく汚れている。靴すら無く、裸足でこのギザギザな岩の上を歩いていたのか・・・・・・。

 しかも、この様子では、もう何日、いや何ヶ月もこのデナトリア山付近を彷徨っていたのだろう。食べ物も、小さな虫とかを捕まえて何とか命を繋いできたのかも知れない。

 何にも優先して、まずこの少女を保護して街に連れて行かなければいけない。

「ファーン。食べ物と水だ」

 俺が指示すると、リラさんが付け加える。

「ビスケットがいいかも。それとマントかタオルも必要ね」

 ファーンがビスケットと水をリュックから取り出すと、俺に手渡す。

「ほら、ゆっくりで良いから良く噛んで食べるんだよ」

 少女は俺の手から、怖ず怖ずとビスケットを受け取ると、ゆっくりと口にする。一口かじると、ようやく少し表情を緩めて一口でビスケットを食べる。その様子に俺は微笑みながら水筒を手渡してやる。

 少女はビスケットを食べると、水筒の水をガブガブ飲んだ。それから「フゥ~~~~」と息をつく。

「俺はカシム。カシム・ペンダートン。冒険者だ。君の名前は?」

 少女はボンヤリした様子で俺を見る。言葉は通じているのだろうかといぶかしんだが、「こっ・・・・・・こ」と小さい声を出した。

「コッコ?」

 少女は顔を再びしかめる。まだ警戒されているようだ。それも仕方が無い。俺は出来るだけ穏やかな声で話しかけた。

「コッコか。可愛い名前だ」

 俺が手を伸ばすと、ビクッとして身構えるが、俺はゆっくりした動きで少女ののボサボサの頭をなでて微笑む。


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