黒き暴君の島 黒竜の宝 1
グラーダ国王都「メルスィン」内にある、広大な敷地面積を持つペンダートン家の館には、1000人規模の演習が出来るほどの訓練場がある。王城の間近にありながら、これほどの敷地を持つのはペンダートン家だけである。
そのペンダートン家の訓練場では、今、3人の騎士が剣を交えていた。
かなり距離を空けて、多くの兵士たちがその戦いを見物していた。3人の戦いは激しく、一瞬で立ち位置がめまぐるしく変わるので、離れていなくては見学も出来ないのだ。
「聞きましたぞ、総長閣下!!」
気勢を吐きながら、普通よりも大きく太いロングソードを軽々振るってオグマが嬉しそうに叫ぶ。
「俺も聞きましたよ、総長閣下!!」
オグマと入れ替わるように細身の剣を、神速で突き入れるのはキース。カシムの双子の兄たちである。
この2人は、カシムより5歳年上の兄たちである。2人とも騎士として、今はグラーダ三世の親衛隊隊長、副隊長をしている。これは騎士としては将軍職と同等の地位にあり、王直属になる為、軍部の命令を聞く必要が無く、王の命令のみで動く部隊である。その為、実質は将軍より僅かに地位が上といえる。
2人は血筋では無く、間違いなく実力でこの地位に登り詰めた。
グラーダ軍には12人の将軍がいて、それぞれに非常に
優秀で人望厚い、優れた人物である。そして、その12人の将軍の上に、「一位」と言う位がある。これは12人の将軍をまとめる総大将の事で、かつてはその役職は「総長」と呼ばれていた。
しかし、その役職に就いていたのが、生ける伝説である「ジーン・ペンダートン」だった。生ける伝説は約10年前に総長職を引退をしたが、彼は変わらず王城に居を構え、軍部を補佐し続けている。その為、誰もが引退して尚ジーンを「総長」と呼んでいた。その結果、本来の「総長」であるはずの役職名の方がジーンに遠慮して改名した。
今の軍の総大将は、その為に「一位」などという仮称を使い続ける事となっている。
ただし、現在の軍総大将「一位」の役職にいるのはジーンの娘婿である、ガルナッシュ・ペンダートンなので、本人もそれを不快に感じたりしていない。
つまり、グラーダ国の軍部は、ペンダートン家が全てを掌握していると言って良い。
本来はこんな人事が一国内で行われたら、王は不安だろうし、ペンダートン家に万事配慮しなければならない。
臣下に巨大すぎる権力が集まっている現状は、通常避けるべき状況なのだ。何故なら、これほどの軍事力が一つの家に集中すれば、いつでも反乱を起こして、ペンダートン家が簒奪するなり、グラーダ国王を傀儡化して、国政を欲しいままに出来るからだ。
だが、誰も現状を不安視などしていない。
まず、ジーン・ペンダートンは、世界中の誰もが、子どもの頃から物語として、様々な伝説や偉業を聞いて育っている英雄である。その人となりは謙虚で、野心の無い人物だと、誰もが知っている。
多くの国から声を掛けられ、王族との縁談も数え切れないほどあったが、どれにも関心を示さず、人々を助ける旅を続けた遊歴の騎士だ。
現在グラーダ国に仕えるようになったのは、先代国王や王妃との厚い友情に他ならない。
次に12人の将軍たちは、国王直々見いだされた人物である。軍官に限らず、文官や、その他国に仕える優秀な人物のほとんどは、国王が自ら見つけ出し登用した為、国王を裏切り、ペンダートン家につく様な人物は少ないだろう。
そして何より、現在の国王が闘神王と呼ばれる、地上最強過ぎる、真実の化け物だからである。仮にペンダートン家が反乱を起こしても、絶対に勝ち目が無い相手なのである。しかも、暗殺や毒殺も出来ないのだ。
もちろん、ペンダートン家に叛意など微塵も無い。彼らは皆、グラーダ三世という、かつて無い程偉大な人物と、歴史を作って行くことに夢中なのだ。その歴史に、確実に自分の名前が残る。これ以上の名誉はあるまいと、己の職務に励んでいるのであった。
オグマの激しい剣を軽くいなし、キースの神速の突きを、全て打ち落としたのは、齢60を超える老人だった。
彼こそが生ける伝説、ジーン・ペンダートンである。地上2番目に強い、こちらも他の追随を許さない化け物である。
剣をあっさりといなされても、オグマは悔しがる様子も無い。元々、当たるはずが無いのだ。それほどに彼我の実力差がある。
だが、普段の彼は、同等の実力の持ち主である、双子の兄キースとの訓練以外では実力を出し切れない。しかも、拮抗していればこそ、本当の全力は出し切れない。
今は、実力以上の力を、存分に出し切って剣を振るえるのだ。溜まっていた鬱憤を晴らすかのように、生き生きとした表情で、偉大な祖父に剣を振るう。
これはキースも同様だ。子どもの頃は良く指導してもらっていたが、親衛隊に入ってからは、互いに忙しく、訓練の機会は限られていた。
ようやく得られた祖父との訓練だ。嬉しくないはずが無い。
「カシムの奴、やっぱりやりやがったですね!!」
遠く離れた間合いを一瞬で詰めて、オグマが祖父とのつばぜり合いに持ち込む。
オグマもキースも、一瞬で数メートルを移動する体術「圧蹴」を習得している。カシムは1歩しか使えない「圧蹴」だが、2人は10歩まで使う事が出来る。祖父のように、限度無く使えたり、何故か光ったりする現象は起こせないが、常人では使う事すら叶わない体術である。
常識では計り知れない脚力と、骨の強さが必要な技だ。
力の強いオグマの大剣を、ジーンはあっさりと受けきり、つばぜり合いに持ち込んだ瞬間に、オグマの体は宙に浮き上がり、あっさりとジーンの後方に投げ出されてしまう。
「うあああっ!?」
オグマが受け身すら取れずに地面に叩きつけられる。その瞬間にキースも一瞬で間合いを詰めて、地面すれすれの低空からの突きを、ジーンの右脇腹目がけて突き込む。ところが、ジーンは自分の訓練用木剣の柄尻で軽く受け流す。軽く触れただけのように見えるのに、キースはぐるりと180度引き回されてから、地面を激しく転がされる。
「うおおおっ!!」
2人はすぐに立ち上がり、ジーンを挟み込む形で剣を構え直す。2人の剣は訓練用の木剣ではなく、愛用の真剣である。
「白竜との会合を成功させたとか」
キースが嬉しそうに言う。オグマも同様に笑顔だ。
そして、そのまま2人同時にジーンに攻撃を仕掛ける。双子ならではの連携で、一瞬の誤差も無く攻撃を別々の方向から仕掛けた。オグマは下、キースは上を狙う。
だが、攻撃は失敗する。ジーンはオグマの剣に乗り、木剣でキースの手首を強打する。そして、自分の剣を踏んづけられて唖然とするオグマのアゴを蹴り上げる。
2人とも剣を落とすような事はさすがにしなかったが、厳しい一撃に慌てて距離を取る。
「やっぱり、俺たちの弟は凄い!!」
口から血を溢れさせながらもオグマが嬉しそうに叫ぶ。
「ペンダートン家が誇るべきは祖父と弟だ!」
キースも剣を左手に持ち替えて、嬉しそうに言う。
ジーンの眉間にしわが寄る。ググッと表情を厳しくする。
「お前ら、訓練しに来たのか?おしゃべりに来たのか?」
ジーンの言葉に、オグマとキースが含み笑いを浮かべつつ、しかつめらしく答える。
「もちろん訓練であります、総長閣下!!」
祖父のあの表情は、他人が見れば激しく怒っているように見えるだろうが、家族から見ると、ニヤケそうになるのを堪えている表情だ。祖父もカシムの活躍に高揚しているのだ。
閃光が走る。一瞬でオグマが数メートル吹き飛ばされる。そして、また閃光。キースの体が宙を舞う。
遠巻きに見ている兵士たちから歓声が上がる。ジーンの「圧蹴」は、一般的には「閃光」と呼ばれている。遠巻きで見ていても、目で追えないぐらいの速さで間合いを詰める。今のジーンのスピードを視認できた者は、この訓練場には1人もいなかった。
「うおおお。痛てててて・・・・・・」
オグマがさすがに笑顔を浮かべること無く立ち上がる。
キースはそれでもニヤリと笑う。
「あの噂は本当の様だな」
「噂って、何の?」
「我らの祖父は、この前レベル鑑定をしたそうだが・・・・・・また、レベルもステータスもガッツリ上がったそうだ」
オグマが口笛を吹く。
「正に今が全盛期だな。・・・・・・ったく、ちょっとは背中が見えそうになったと思ったら、あっという間にまた見えなくなっちまうな~」
「ぼやくな、ぼやくな。俺たちはカシムにも追い抜かれる身だ。凡人と天才の差など、イヤと言うほど思い知っているだろ?」
「ああ。ちげぇねぇ。だが、俺たちにはそれが溜まらなく栄誉だ」
他人から見れば、キースとオグマも充分天才にしか見えないが、当人たちは、自分が凡人であると信じて止まない。
「俺たちは俺たちに出来ることをやるだけだ。幸い、生まれた環境に恵まれたのだ。であればその義務を果たそう」
偉大なる英雄の家に生まれ、物心着く前から、最高の指導者に付きっきりで指導してもらえた。
武器も防具も、好きに選べて、幼い頃から慣れ親しむことが出来た。勉学も戦術も、望み得る最高の人物が直接指導してくれたのだ。これで強くなれないはずが無い。例え己が凡人であったとしても。
強くなること、そして、その力を人々の為に使う事を己の使命と課しているし、信じてもいる。
キースの言葉にオグマが叫ぶ。
「応ともさ!!」
「そうだぞ!カシムも今頃、またとんでもない事をしているに違いない!!」
2人は、ゆったりと木剣を構える偉大なる祖父に、全力で打ち掛かって行った。
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