黒き暴君の島  超大失態 2

 背の高い岩が目隠しとなっていて、ぐねぐねと曲がるように細長い露天風呂を、歩いて探さなければ、どこかに誰かがいても、すぐには見つけられない作りになっている。

 もちろん広範囲索敵スキル「無明」を使えば、何処に人がいるかわかるが、こんな所でそんなスキルを使う事に、どんな意味があるというのだろうか?歩いて、この目で見つける事にこそ意味があるはずだ。


 俺は白濁とした浴槽に足を入れて、ザブザブとお湯をかき分けながら女風呂方面に向かって歩き出す。

 露天風呂は内風呂よりも少し深い。その分、所々腰を掛ける石が設置されているのだが、なにぶん白濁湯なので、何処に石があるのか見えず、時々足をぶつけてしまって歩きにくい。

 さらに露天風呂の方がお湯の温度も高いので、俺は長くは入っていられないだろう。早くファーンを探さなくてはいけない。


 男湯と女湯のちょうど中間地点は、少し広い円形の湯船になっていた。

 そして、湯船の中央に、お湯が湧き出す岩のオブジェがあった。岩から湧いているお湯こそが源泉から直接引いてきている温泉なのだろう。この辺りのお湯の温度が他よりも高い。

 だが、源泉の湧き出す、すぐ近くのお湯に浸かるのは、風呂好きにとって堪らない。 

 熱くて源泉の近くという好位置に、ファーンがいた。

 熱い湯なのに、肩までしっかり入っている辺り、さすが熱湯(あつゆ)好きのファーンだと感心する。


 ファーンは、頭にタオルを乗せて、眠っているかのように目を閉じて、気持ちよさそうにしている。すっかり夢見心地なご様子だ。俺にも気付いていない。さすがはレベル3だ。まあ、俺は暫定レベル1だけどな。

「よう!ファーン!」

 俺が声を掛けると、不意を突かれたファーンが驚いて目を開ける。

 俺が立っているのを見て、ファーンが珍しく狼狽えた様子で呻く。

「カ、カシム?!」

 リラックスしてる時に声を急に掛けられたら、誰でも驚くよな。

「悪い、悪い。驚かせちゃったな」

 俺は手を上げて謝ると、ザブザブお湯をかき分けてファーンに近付く。

「お、おう。いや・・・・・・驚いたけどさ・・・・・・」

 ファーンはまだ驚いた表情のまま俺を見つめている。

「ちょっと話があるんだけど、そっち行ってもいいか?」

 俺はキョロキョロと辺りを見回す。岩があって周囲の様子はわからないが、残念ながら他には誰もいない。若い女性とかもいないわけだ。

「お、おう。いいぜ。こっち来いよ」

 ファーンがようやく驚きから立ち直って俺に言う。

 しかし、お湯が熱い。俺は足で探りながら腰を掛けられる石を探すと、その上に腰を下ろした。

 とてもじゃないが、上半身までお湯に浸かってなどいられない。熱くて肌がチリチリとかゆくなり、すぐには座れず、腰を掻きながら何とか座ると、その様子を見たファーンが笑い出す。

「あっはっはっはっ!何だよカシム、そのザマは!!」

「うるせー!俺はお前みたいに熱い風呂に長々と入ってらんねーの!ぬる~いお湯の方が好きなんだよ!!」

「子どもかよ!」

 ファーンが笑うが、俺はファーンの笑う顔が好きだ。ハーフエルフだけに顔が良く、笑うとちょっと可愛く見える。普段のがさつな態度とのギャップが良い。

「よかったな、温泉宿に泊まれて」

 俺が言うと、ファーンがしみじみと頷く。

「本当だぜ。オレもこんな日が来るとは、夢にしか思っていなかった。1つ夢が叶ったって訳だ」

 ええ?そこまでの事だったのか?そうと知ってりゃ、もっと積極的に温泉宿に泊まる事を推したのに。

「まあ、今やオレたちは報奨金で金持ちになってるし、もう1回ぐらいは泊まれるかも知れないな」

 ファーンが「ヒヒヒ」と笑う。

 俺たちがもらった金額だったら、もう1泊どころかもっと長く泊まれるし、何回も来られるだろう。更に白竜に竜騎士だと認められた事がギルドに知れたら、今回以上に報奨金が出るはずだ。俺としては困るが、冒険者ランクも上がるだろう。高ランク、低レベルパーティーなんて聞いた事がないがな。

 取り敢えず黒竜と会って、生きて帰れたらみんな一度、ステータス鑑定をする必要があるな。俺たちは、かなり困難な戦闘経験を積んできたはずだ。


 俺たち地上人は、戦闘経験を積み上げる事で、身体能力が上がる体の構造をしているのだから、ファーンもリラさんもいくつかレベルが上がっていてもおかしくない。・・・・・・いや、ファーンの方は、どうだろうな・・・・・・。

 ミルはハイエルフ、つまり精霊界の精霊だから俺たち地上人である人間やハーフエルフとは体の造りが違っているので、戦闘経験で体が強くなるかどうかわからない。

 冒険者というのは、日々野獣や魔獣と戦闘を繰り広げているので、一般人より体が強くなる。

 「力」や「素早さ」などの肉体的ステイタスに加えて、「魔力」も戦闘経験によって上昇する。単純に筋力トレーニングをするより、死線をくぐり抜けた方が「力」が上昇する。とは言え、筋力トレーニングや走り込みをしたり、技を磨く事で、ステイタスの上がり具合も、実際の強さも変わってくる。

 この実際の強さこそが「レベル」で表記される。だから、ステイタス値がそれほど高くなくてもレベルが高い人もいれば、その逆もいる。

 少なくとも俺たちパーティーはレベルが上がるに充分な戦闘経験は積んでいるはずだ。青ランクには見合わなくとも、多少はランクとのレベルの差を埋められるかも知れない。


「どうした?」

 急に黙りこくった俺を心配そうにファーンが見上げる。

「お前もいろんな物背負い込んじゃってるから大変なんだろうけど、今ぐらいちょっと気楽に構えてろよな」

 ファーンが優しく俺に微笑みかける。俺は素直に頷いた。でも、お前は俺の荷物を一緒に背負ってくれているよな。つくづくファーンの存在が有り難い。そんなファーンの事も、俺は真剣に考えて行く必要があるし、そうしたい。


「なあ、ファーン。ちょっと聞きたい事があるんだ。もちろん、話したくない事だったら話す必要はない」

「・・・・・・おい?何だよ、改まって・・・・・・」

 ファーンが怪訝そうに俺を仰ぎ見る。

「お前スラムで生まれたって言ってたよな?で、俺は名家の生まれな訳で、ちょっとお前に引け目を感じてる訳だ」

 俺が正直に内心を打ち明けると、ファーンが吹き出す。

「なんだそれ?普通逆だろ?」

「逆?」

「そうだよ!普通は、貧乏人が金持ちで身分が高い奴に引け目を感じるもんだ。なのに、なんでお前が俺みたいな廃エルフに引け目を感じるんだよ?」

 あっけらかんとした態度でそう言うが、俺にはそれが痛々しく見えてしまう。そんな俺の様子にファーンが「らしいっちゃらしいよな」と肩をすくめる。

「しゃ~ね~な。じゃ、オレの生い立ちでも語って聞かせるか?」

 ファーンがのんびりした様子で言うので、俺は真剣な表情でファーンを見つめる。

「バカ!そんなに見てたら落ち着いて話せね~だろ!」

 確かにそうだ。俺は、見るともなく空を見上げる。空を見上げても湯気や煙で空模様は見えない。それでも流れる湯気やら煙をボンヤリ眺めながら、ファーンの話しに耳を傾ける。

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