黒き暴君の島  超大失態 1

 1時間以上かけて俺は買い物をして来た。

 主に服や下着だ。冒険していると消耗が激しい。服を買うついでに下着も買った感じで、ミルに触発されたわけでは無い。

 他にも、薄手の黒いマントを買う。

 祖父の代からマントが黒だったので、どうしても黒っぽいマントが欲しくなる。もちろん撥水仕様のマントだ。前のは大分ボロボロになったし、ゴブリンと戦った時に血と泥まみれになり、撥水効果もなくなっていた。

 武器や防具は、この島に来る前にある程度整えたが、マントは好みの色が無く、時間も無い為諦めていた。

 ここで黒っぽいマントが手に入って良かった。


 ちなみにリラさんは白いマント、ファーンはえんじ色、ミルは若草色のマントを、すでに新調している。

 カナフカの港町シルでも黒いマントはあったが、どれも銀十字が入った『白銀の騎士レプリカ』だった。

 さすがに祖父のマントのレプリカを俺が着けるのは恥ずかしい。

 実家に戻れば、俺も正式な場面では黒地のマントで、右上四分の一の面積に銀十字の入った物を身に着けている。これはレプリカでは無い。

 正式に、祖父以外のペンダートンの家の者が身に着けるマントだ。グラーダ国軍総司令官である父も、親衛隊の隊長、副隊長である兄たちも、公務では無く、社交的な場においては身に着ける物だ。

 それなら恥ずかしくは無いのだが・・・・・・。


 それにしても、風邪でも引いたのか、服を選びながら何度もくしゃみが出た。でも、体調は悪くないので、煙が常に立ちこめている、この街の空気に反応したのかも知れないな。



 俺は部屋に戻る前に、リラさんの部屋のドアをノックした。「おかえりなさい」

 リラさんがドアを開けてくれた。ミルも横から顔を出す。2人とも風呂から出て来ていたようでホッとする。これで俺は、不安無く風呂に入れるし、露天風呂探索も出来そうだ。

 それにしても、湯上がりだからだろうか?2人とも顔が赤いし、どことなく元気が無い。

「どうかしました?体調でも悪いんですか?」

 俺が声を掛けると、2人とも慌てて頭を振る。

「大丈夫です!ちょっとお風呂に長く入り過ぎただけですから」

 そう言うが、2人とも俺とは目を合わせようとしない。

「この街の空気のせいかも知れませんよ。俺もさっきくしゃみが止まらなかったし」

 俺がそう言うと、2人とも顔を見合わせてから、俺を部屋から押し出す。

「大丈夫です!カシム君はお風呂に入ってきてのんびり休んでください」

 そう言うや、ドアをバタンと閉めてしまう。・・・・・・また俺は何かやらかしたのだろうか?

「ファーンに聞いてみるか?」

 そう呟きながら、俺はファーンと2人で泊まる部屋に向かう。鍵が掛かっていたので受付でもらっていた鍵でドアを開て部屋の中に入る。ファーンはまだ戻っていないのか?

 部屋に入っても誰もいない。いや、ファーンの荷物がベッドにあるし、部屋の入り口には靴もある。

 と言う事は、あいつは館内履きで風呂に向かったに違いない。風呂好きで長風呂のあいつはしばらく出てこないだろう。

 まあ、男同士なら問題無いし、俺も風呂に行く事にするか・・・・・・。

 ついでに2人の時に聞いておきたい事もあったからちょうど良い。

 聞きたい事とは、リラさんたちの様子が変だという事では無く、あいつの生い立ちの事だ。


 ファーンはスラムで育ったと言っていた。誰からも必要とされずに生きてきたそうだ。

 なのに、あいつは人を思いやる事を知っているし、人の為に体を張る事を厭わない。そんなところを俺は心から尊敬している。

 だが、高い身分と、裕福な家を持って生まれた俺としては、そんなファーンに対して引け目のような物を感じてしまっている。

 もちろん、あいつはそんな事は気にしていないだろうが、俺にとって初めての大切な親友だから、どうしてもその辺りをスッキリさせたいのだ。

 風呂はちょうど良い。心も体も裸にして話し合う事が出来るのではと思う。

 軍の訓練の後も「裸の付き合い」として、我が家の大きな風呂に100人ぐらいで入っていた。

 仲間同士の絆も、もっと強まるのでは無いかと思う。

 

 俺は手早く準備をすると、温泉宿の風呂を楽しむには真面目な心持ちで、タオルを片手に風呂場へ向かった。




 風呂場は宿の奥で、脱衣所は男女分かれていて、女性用の脱衣所から廊下を少し歩いた先に男性用の脱衣所があった。露天風呂で、混浴を望まない男女がすぐに対面しないで済むように距離を空けているのだろう。

 露天風呂に行っても、女風呂の方に行かなければ、たまたまの眼福にも預かれないとは、中々に俺の根性を試してくれる仕様じゃないか・・・・・・。

 俺は男性用の脱衣所でいそいそと服を脱ぐと、洗い用のタオルを肩に掛けて浴室に向かった。


 浴室から内湯に入ると白い湯気が立ちこめている。季節としては夏だが、ここはエレスの最南端。さすがに気温は下がり、今の外気温は20度くらいか?夏の平均気温が33度ぐらいのグラーダに比べるとかなり涼しい。それだけに風呂に入ると心地良いはずだ。

 俺はざっくりと体を洗って汗を流すと、早速内風呂に浸かってみる。白濁したお湯はとろみが有り、少し硫黄の匂いがするが、くさいとは感じない。温度はぬる湯好きの俺としては少し熱いが、心地良く感じる。

 俺の他にも数人入浴しているが、内湯は広いので、かなり空いている。入浴しているのはみんなお年寄りばかりだ。これは混浴も期待できそうもない。

 

 それにしても内湯にファーンの姿がない。と言う事はあいつは混浴の露天風呂にいるに違いない。クールぶっていても、なんだかんだ言いつつもあいつも男だったというわけだ。 俺は少し安心した。スケベは俺だけじゃなかったのだ。

 ファーンの、女性に対してあっさりした対応ばかり見ていたので、実は内心、俺が特別にスケベなのではと、心配しだしていたところだったのだ。なにせ俺には同年代の友達がいたことがないのだ。

 初めての同年代で同性の友達がファーンで、その友達が女性に対して、実に中立な態度を取って、俺では出来そうもない下着の話しとか平然と女性としながらも、あっさりと受け流す事が出来るあいつに、俺にはなじみ深い「劣等感」を感じていた。

 でも、あいつも混浴に入りたがっていたとすれば、同じ男同士の話しも、今後はしやすくなるだろう。


「まあ、ファーンが露天風呂にいるなら、仕方がないか・・・・・・」

 俺は誰に聞かせるでもない台詞を口にして、「フゥ~~~。ヤレヤレ」と首を振ると、立ち上がって内湯からドアを開けて露天風呂に出た。 

 仕方がないよな。俺はファーンに風呂で話したい事があるんだ。でもそのファーンが露天風呂にいるなら露天風呂に探しに行かなくてはいけないだろ?例え、露天風呂が混浴だとしても、ファーンに大切な話があるんだから、仕方がない事なんだ。

 若い女の人が入っていたとしたら申し訳ないが、向こうも男性と会うかも知れない事を承知で露天風呂に入っているんだから、怒られる筋合いはないよな。ちょっと、うっかり見過ぎてしまったとしても、それは混浴なんだから勘弁してもらおう。

 などと色々言い訳をしつつも、俺は背を丸めて、コソコソ、キョロキョロと落ち着かずに露天風呂を歩く。

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