黒き暴君の島 超大失態 3
「オレはな。親父が誰だかわからねーの。母親はグレンネックのスラムで娼婦をしててさ、俺が産まれて『エルフっぽい客がいたな~』ってくらいだったらしい。名前も知らないし、母親は人間だったから、そのエルフっぽいのがエルフなのか、ハーフエルフなのかもわからないから、オレもクオーターなのかもしれないし、もっとうっすいエルフなのかもしれない」
「でも、人間の血が混じればクオーターだろうがワンエイスだろうがみんな『ハーフエルフ』って言うんだろ?」
「『ワンエイス』って・・・・・・良くそんな言葉知ってんな~」
ファーンは妙な事に感心しながら話しを続けた。
「まあ、そうだな。でも能力的にはどうなんだ?寿命とかも血の濃さや、能力の濃さで違ってくる。これって結構不安だよな。人生設計が出来ない」
確かにそうだ。エレスには寿命が異なる人種が多く、その血の濃さや引き継ぐ能力の濃さによって寿命も様々だ。それ故に、自分が何歳まで生きるのか、いつから年を取り出すのかとか、そういった問題が起きている。
それによって結婚が出来ないとか、仕事に就けないと言う話しも珍しくない。
俺のように純粋な人間種は平均寿命がわかっているので、寿命がわからない人たちの不安はわからないが、想像すると恐ろしい。
「でも、オレはそんなの関係ないけどな。とにかく、父親もわからないし、寿命もわからない。ただ、引き継ぎ能力がほとんどないんだから人間種と同じ寿命だと思う。髪の色も緑ッ気が薄くてほとんど金髪だしな」
ハイエルフの髪はみんな、様々な色合いながら緑系の色だ。エルフ、ハーフエルフになると黄色味が強くなる。
「そんな感じで生まれたんだけど、オレの母親、オレがまだ小さい頃に蒸発しちゃったんだよ。オレだけ家においてどっか行っちまった。まあ、家って言っても、壊れた元誰かの家に勝手に住み付いていただけなんだけどな。それに、母親はずっと『おまえなんていらないよ』とか、『商売の邪魔なんだよ』って言ってたから、こんな日が来る事はガキながらわかってたんで、それ程ショックじゃなかったよ。たださ、元々食う物もなかったけど、ガキ1人でそこから生きていくのは大変でさ、盗みをしたり、拾った物を食ったりだったよ」
「ファーン・・・・・・」
俺には想像も出来ない人生を送ってきたんだな。
俺と真逆だ。俺はみんなに必要以上に大切にされてきた。誰もが俺を誉めて誉めて、過剰なぐらいに信頼して、信用して大事に育てられた。愛情もたっぷりすぎるぐらい受けてきたし、今も愛情を注がれ続けている。
それで、俺が慢心したり、調子に乗らずにいられたのは、生まれてすぐに王城の乳母に預けられて、それから5歳までを親元から離れてアクシスと一緒に育ってきた事と、自分の才能の無さを思い知っているからだ。
慢心したり、調子に乗るには、俺の祖父、父、2人の兄たちの才能や力がとんでもなく上だ。それに、多分俺は、普通の人よりも、戦士としての才能は無い。
事実、こんな事があった。
俺は、祖父に毎日特別に、厳しく鍛えられていた。
ある日、俺が一人の兵士と試合をした時、俺とその兵士の力は拮抗していた。その後で祖父が、俺の相手をした兵士に少し手ほどきをした。彼はそれから自分で訓練して、俺は相変わらず祖父に、付きっきりで厳しく修行を付けてもらっていた。
その1週間後に、再びその兵士と試合をしたら、俺はその兵士に全く歯が立たなくなってしまっていた。
彼は祖父に教わった事を、自分1人で繰り返し復習していただけなのに、厳しく修行してもらっていて、治療も食事も住環境も優れていたはずの俺の方が、強くなれていなかったのだ。
俺は自分に才能が無いのを知っていたが、この件で更に自分に自信を無くしてしまっている。
だが、そのおかげで調子に乗ったり、嫌な奴になることからは逃れる事が出来たのかも知れない。
一方ファーンはどうだろうか?母親から疎まれて、捨てられて、食事にも困る状況で、盗みまでしなければいけなかったと言うのに、なんで、こんなに良い奴なんだ?
「まあ、盗みをしたのは悪かったよ。だって、オレが盗んだ相手だって、みんな必死に商売したりして、生きていこうとしてるんだもんな。でも、オレはガキだったし、誰もオレを助けてくれないし、仕方が無かったんだ。みんなからは厄介者扱いされてたよ。そりゃあそうだろう?オレがいたらそれだけ他の奴の食いぶちが減るし、盗みだってしてたんだ。オレはよくみんなから袋だたきに遭ってたよ」
ファーンが「ヒヒヒ」と笑うが、俺はとてもじゃないが笑えない。ファーンの生い立ちに涙がにじむ。空を見上げていて良かった。またファーンに笑われてしまうところだった。
「でも、そんな時に助けてくれたのがアインだ」
その言葉に俺はファーンの方を見る。
「アインって、あの『アイン』か?」
アインと言えば、最強のパーティー「歌う旅団」の前衛戦士、全ての武器を使う事が出来る近接戦闘最強の職業「マスター」であるマイアス・アインだ。狼獣人の超有名人だ。
「おい!これ前にもオレ言ったよな?!」
ファーンがじろりと俺を睨んでくる。
「あ、ああ。聞いた。聞いたし覚えてるよ」
慌てて俺が言う。覚えているのは本当だが、今でもそれは名前を騙った偽者だと思っている。ファーンがだまされているに違いないと思っている訳だ。だが、今それを言ったらきっとファーンは怒るだろうから黙っておく。
「フン。まあいいや。・・・・・・で、オレはアインに拾われて『お前は目が良いからマスターになれる』って言われて、そのままアインの修行の旅に連れ回されたって訳だ。その間にマスターになる為の『探究者』としての修行をしてもらいながら、3年間行動を共にしたんだ」
だからさ。マスターであるアインに、修行を3年もしてもらってレベル3ってのがおかしいだろって話しだよ。
まあ、俺が言えた義理じゃ無いか・・・・・・。俺はアイン以上の化け物である祖父に鍛えられて、この様だしな。
「で、アインに憧れて、人を助ける事が出来る冒険者になったって訳だ」
なるほど。ファーンを騙していたにせよ、そのアインを名乗る人は、人間としては立派な人物だったのだろう。名を騙っている辺りで立派では無いのかも知れないが、少なくともファーンを騙しても旨味は無いはずだ。だから、ファーンの境遇を哀れんで、善意で救い出してくれたって所だろうか?
それにしても熱いな。ちょっと限界が近いぞ・・・・・・。ファーンは全く平気な顔で、肩まで湯に浸かりながらリラックスした様子だ。
「ところで、ファーン。お前が、その・・・・・・アインに助けられたのって何歳の頃だ?」
「おお?言ってなかったか。悪い悪い。オレが6歳の頃だ。だから9歳で俺は一人立ちして冒険者してたんだよな。でも、『探究者』って言っても理解してくれる人がいないから、すぐにパーティーおん出されちまってさ、大変だったぜ。まあ、オレもスラム育ちで、ガキだし、教養も無いし、料理も出来ないし、性格もがさつだからさ、今思えば当たり前だよな。オレに説教してくれたジャスミンに感謝だし、探究者であるオレを認めてくれたカシムには感謝してるんだぜ、ほんと」
そう言ってくれるがな、俺もぶっちゃけ探究者がなんなのか理解しちゃいない。説明不足のファーンも悪いが、もはやファーンの性格の1つとして捉えていて、聞く気になれないのも事実だ。
ついでにジャスミンっていうと、俺の冒険者登録をしてくれたアメルの冒険者ギルドの受付をしていたドワーフの美女の事だな。ファーンの担当をしていたのか・・・・・・。1回しか会ってないが、確かに面倒見の良い人だったな。
それにしても、さっぱりした口調であっけらかんと話すが、相当に過酷な人生を送っているな。
俺がしみじみとファーンを見つめていると、ファーンが顔を赤くして怒鳴る。
「だからジロジロ見るなよ!気持ち悪いなぁ、ったく!!」
うわ。ひどい言われようだ。まあ、これは自分の人生を騙った照れ隠しなんだろうけどな。
「でさ、カシム。それでお前が、何で引け目を感じる訳?オレの生い立ちを聞いて、オレの事を『身分の低い奴だ』とかって思う訳?」
ファーンの台詞には棘があるが、ファーンの言い方には全く棘が無い。
「そうじゃない。むしろ逆だ。俺はお前を素直に尊敬しているし、その想いが強くなった。最高の相棒に出逢えた事を嬉しく思うよ」
俺が素直に想いを伝える。裸の付き合いならではの開けっ放した心を打ち明けた。ファーンも今回は「止めろよ」とは言わずに「ヒヒヒ」と嬉しそうに笑う。
「まあ、お前はそういう事言っちゃう奴だよな。恥ずかしい奴だな。まあ、オレもカシムと出逢えた事は幸運だと思ってるし感謝してるぜ」
ファーンがお湯から手を出して差し出してくるので、俺もその手を握り返す。
普段は意識してなかったけど、ファーンの手、意外と小さくて細いな。冒険者なんだから鍛えた方が良いんじゃないか?ともあれ、俺がファーンに言う。
「これからもよろしくな」
「ああ、よろしくな、相棒」
ファーンも俺に言う。
ここらで俺は限界が来た。
「じゃあ、俺は先に上がるわ。お前も大概にしないとのぼせるからな」
俺がそう言ってザブザブお湯を揺らしながら男湯方面に戻ると、「いや、もうのぼせてるって・・・・・・」とファーンの呟く声が聞こえたので振り返ってみたが、ファーンはリラックスした様子で風呂に浸かって目を閉じていた。
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