黒き暴君の島  大失態 5

「黒竜島は黒竜との契約で、人が住めるドランの街と、それ以外の土地が有り、それ以外の土地は全て黒竜のエリアとなっています。一部立ち入りを許可されている地域もありますが、基本的に黒竜のエリアに侵入されましたら、もう安全とは言えませんので、冒険者の皆様はくれぐれもお気を付け下さい。

 冒険者様が良くされているクエストとしては、鉱山や、森林地帯へ行く作業員の護衛、デナトリア山までに出現する野獣の素材集めが主です。希にデナトリア山での採取、狩猟クエストを受ける冒険者様もいますが、皆さん相当に強い方たちでした。それでも帰ってこない方も多数います」


 さすがに司書である。見た目の派手さと、色気に惑わされてはいけない。仕事となると、冒険者の為にジュリアンも真面目に説明をする。そこには遊びはない。それ故に司書は冒険者から頼られるのだ。

 ファーンはジュリアンからの言葉を丁寧に手帳に記していく。


「黒竜の住処は大きく2つ。黒竜島で一番大きい山、デナトリア山の中の大空洞か、その麓にある巨大な館の中です。

 デナトリア山もこの街から見えます通り、かなり近い位置にあります。歩いて、1日以内の距離です。

 島の南半分は人も足を踏み入れませんが、黒竜の主食となっている竜が多数確認されています。島の南側は、船で近くを通ることも出来ないほど危険です。

 この島の主である黒竜は、全長がおよそ250メートルという、創世竜の中でも最大の竜です。黒い鱗に全身覆われて、飛膜の翼を持ち、首を持ち上げると全高80mにも達します。それほどの巨体にもかかわらず、空を飛び、遠くの国まで宝物を奪いに行く事があります。その為、人々からは『暴君』と畏れられています。無論、この島の人々も、黒竜に年貢を払って住まわせてもらっていますが、他国同様『暴君』と呼んで畏れています。なぜなら、黒竜はこの街で暴れたことが幾度か合った為です。

 黒竜は宝石や金属が好きで、黒竜の棲み家である洞窟には、所狭しと金銀財宝が積み上げられているそうです」

 ジュリアンがそこまで説明して一呼吸付いてから2人を見据える。

「ただし、この宝には指一本触れてはいけません」

 この注意はファーンたちも白竜から聞いていたので頷く。

「ご存知の様で安心しました」

 ジュリアンが大きな胸をなで下ろす。胸がポヨンと弾む。

「黒竜は強欲な竜です。自分の宝物が、例え金貨1枚でも無くなるとそれは激しく怒り狂います。怒りは盗んだ者だけでなく、近隣諸国にまで飛び火する事があるのです。絶対に黒竜の宝を盗もうなどとは思わないでくださいね」

「とんだ我が儘野郎だな~」

 ファーンがぼやく。カシムはずっと無反応だ。気持ち悪い顔のまま汗を垂らしてうつむいている。話しも聞いているのかいないのか、窺い知る事は出来ない。

「黒竜島で主に取れるのは、金、銀、サファイアやエメラルド、ルビー。ほかにも色々取れますが、高価なところだとこのぐらいです。ドランの東には森林地帯と良質の粘土が採れる場所があるので、そこでの採集も黒竜の許しを得て行わせてもらってます。森林も、粘土も、いくら採っても尽きる事がないので、この街は鍛冶場や焼き物工房が多くあります」


 ドランの街は常にどこかで火が焚かれているので、青空が無く、煙で曇っている。

 以前、海賊団が無謀にもドランに攻め込んできた時、街中の工場が一斉閉鎖して、火を焚くのを止めた事が有り、その時、常に曇ってた空が晴れ、青空を見たドランの住人が勇気付けられて、海賊団を退けたという逸話がある。

 だが、これはフィクションだと言われている。そもそも、黒竜が支配する街に手を出す愚か者は、さすがに海賊といえどもいないはずだ。


「先ほども言いましたが、冒険者の皆様が用があるとしたら、作業員の護衛か、デナトリア山付近に出現する野獣や、そのあたりで採取される薬草等ですよね?」

 ファーンが頷く。まさか黒竜自体に会いに来たなどとは言えない。

「デナトリア山付近で気を付けなければいけないのは、バグゥルバチです。この蜂は大型で獰猛です。うっかり巣に近付いたら容赦なく集団で襲ってきます。針には強い毒性があるので、何カ所も刺されれば、最悪の場合命を落とす事になるでしょう。巣は岩の下に地面を掘って作ってあるので、大変わかりにくいですが、巣の周りには見張りの蜂が必ず飛んでいるので、大きくてオレンジ色の蜂が飛んでいたら、絶対に近寄らないようにしていてください」

 そう言ってジュリアンはバグゥルバチの絵を2人に見せた。大きさは大人の手のひらほどもある大きな蜂で、オレンジと黒の縞模様で、自分が危険な生き物である事を示す為の警告色をしている。目もつり上がり、大きく鋭い牙が2本ある。針も太い針が突き出している。

 カシムは相変わらず真っ赤になって下を向いているが、少なくともファーンはしっかり目に焼き付けた。しかも、信じられない速度で手帳にスケッチしていく。その絵もかなり上手い。

 

 ファーンは、常日頃のいい加減な態度に似合わず几帳面な所がある。手帳も、かなり細かく丁寧に、しかもきれいな字で書く。わかりやすく図も少なからず入っている。これを戦闘中でも平気で行っているのだ。

 戦闘中のカシムの手の動き、足運び、体重移動、腕の角度、視線なども、とても細かく観察して手帳に記していた。

 宿などに泊まり、落ち着ける時間があると、手帳を読み返したり、書き足したりしている。

 今も、話しを聞きながら、実にわかりやすくまとめている。


「次に、ビヒトガラガラヘビです。これも岩の隙間に隠れる習性が有り、人も恐れずに飛びかかってきます。強い毒が有り、噛まれた場合は直ちに血清を打つか、解毒魔法や、解毒ポーションで中和してください」

 こういった具合に、普通の野生生物の注意が続く。毒性のある小さい虫やヘビなどが多い土地のようだ。


「素材として需要があるのが、ブルボック。大きなイノシシです。牙が鋭く左右に2本ずつ生えていて、猛烈な勢いで突進してきます。通常のイノシシよりも大型で危険ですが、毛皮、牙、骨、肉共に需要があります。多くの冒険者様たちは、このイノシシを狙ってやってきます。

 ブルボックの他に、普通のイノシシも多く出現します。イノシシの牙は鋭利な刃物と同じで、大変危険ですので、油断なさいませんように」

 ファーンが頷く。ファーンの場合はレベル3なのだから、油断どころでは無い。戦うなら命がけだ。

「ガルガンヤギも需要があります。この山羊は牛よりも大きく、しかも素早いので、足場の悪いこの島で狩るのは相当に大変です。前に突き出した角で刺されたり、大きな蹄で踏みつぶされたりする事もあるので気を付けてください。この山羊も全身余す所無く、当ギルドで高く買い取ります。余談ですが、山羊と名前が付いていますが、正しくは鹿の仲間だそうです」

 他にも高価買い取りの野生生物がいくつかあった。


「リプリクスと言う巨大な生物がいます。全長が10メートル、全高が4メートル。これは草食の竜で、大人しいのですが、危害を加えると烈火のように怒り出し、竜種だけに頑丈で普通の武器だと、傷一つ付けられません。力も非常に強いので、出来れば手を出さない事をお勧めします。ただし、その角は特に高値で取引されています。

 尚、肉食の竜種は、島の南側に棲息しているので、北側のデナトリア山付近では遭遇しないでしょう」

 そこでジュリアンが言葉を切って、ファーンの目を真剣な表情で見つめる。そして、少し声のトーンを落として言う。

「・・・・・・遭遇するとすれば、黒竜です」

 言ったジュリアン本人も、話しを聞いていたファーンも、思わず「ゴクリ」と生唾を呑み下した。

 カシムは聞いているのか聞いていないのか、うつむいたまま何の反応も示さない。


「黒竜は度々街の近くにも姿を現します。黒竜は突然目の前に出現するので、間近に接近するまで気付かないそうです。遭遇すれば、まず命はないので、さすがに諦めてもらうしかありません。ご武運を・・・・・・」


 こうしてジュリアンの説明が終わった。

 

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