第四巻 黒き暴君の島
黒き暴君の島 大失態 1
「なあ、頼むよぉ!お願いだからさぁ~」
ファーンがさっきからずっとこんな調子だ。
「ダメよ、勿体ない!」
リラさんも同じ返事を返す。
俺たちは白竜との会合を終えて、そのまま黒竜島までやってきた。
カナフカのシルという港町から連絡船で半日の船旅を経て、創世竜の棲む「黒竜島」唯一の街、ドランに到着したのは5月8日の11時半だった。
黒竜島は、エレスの南にある島で、グリフィンに例えられるエレスの地図で言うと、おなか部分に当たる。
創世竜の中でも凶暴な黒竜が棲んでいる島で、本来なら人間など住めないような所だが、この街ドランがあるのは黒竜のエリアの外である。
島でいうと、一番北に位置していて、近くに鉱山がある鉱山の街である。その鉱山からは、良質の宝石や金が多く取れるので、危険な島ではあるが、かなり
その鉱山の街がこの島に存在を許されているのも、黒竜のエリア内に存在している鉱山から採れる金属や宝石を加工して、年貢として黒竜に納めている為である。
黒竜の鉱山からは、宝石や金属の産出量が多く、もうけが良いので、島の住人たちは喜んで税を納めて、この島に住ませてもらっているそうだ。
ただし、黒竜のエリアの、許可されていない領域に侵入した者には命の保証が無い、やはり危険な島なのである。
黒竜は、鉱山をエリア内に持ちつつも、人々にそこへの立ち入りを許可したのは、自ら鉱山採掘を監視出来る為で、人が無断での採掘をしないようにするのと、税金としての貢ぎ物の量や質を測る事ができるからだと言われている。
黒竜は、人が加工した貴金属が好きなのだ。
白竜が言うには、それ故に人や地上に対して執着していて、地獄が顕現する事を阻止したいと思っているとの事だ。
ドランの街は狭く、人が密集している。高低差のある岩だらけの土地で、建物もせせこましく乱雑に建てられていて、人が増えると建て増しして、また増えると建て増しをする。どんどん建て増ししていくものだから、建物の形が歪に、複雑になり、出口が複数あったり、隣の建物と途中からつながっていたりしている。
土地が狭いので、建て増すにしても上に伸びていくしか無いので、ドランでは5階建て、6階建ては当たり前だ。
建物の色もバラバラで、派手に塗りたくって赤やら緑やら黄色やら、ピンクやら、ごちゃごちゃしている。
店も狭く、とにかく飲み屋が多い。
住人の半数が鉱夫で、ここではドワーフや獣人の姿も多い。羽振りが良さそうだが、金と酒とギャンブルと色の街であり、街は猥雑な雰囲気が漂っている。
富んでいる者もいれば、貧困にあえぎつつも、快楽や欲求に取り憑かれている廃人の様な輩もいる。人をだまそうと虎視眈々と狙っているようなうさんくさい連中も多い。
そういった意味でも危険な街である。お世辞にも治安が良いとは言えない。
ドランの街は、そこかしこから煙が上がっている。
半数は金属加工の為の炉の煙。もう半数が湯煙である。
ドランは有名な温泉街でもある。ドランのあちこちから温泉が湧き出ているのだ。
温泉街の一角は、街の他の所に比べて町並みが整っていて、せせこましさが無く、建物も立派だった。
ファーンは黒竜島に行く事が決まってから、ずっと温泉を楽しみにして来たのだ。
そして、リラさんも温泉宿に泊まる事を快諾していたのだが、着いてみて、宿の値段を知ったとたんに態度が一変した。
「1泊1人200ペルナー!!??」
リラさんが叫んだ。
「無理です!こんな贅沢は必要ありません!!」
ファーンが涙目になる。
「ちょっと、ちょっと!そりゃあ無いよ!オレが風呂好きって知ってるでしょ?」
「ダメなものはダメですよ!」
「頼むよ!後生だからさ~!!」
そりゃあ、さすがに俺も高いと思う。4人で800ペルナーだ。俺がシルの街でとりあえず買ったロングソードが650ペルナーと考えると、1泊800ペルナーは高い。
どうでも良い比較だが、東の島国「アズマ」の通貨で換算すると、4人で1泊するだけで80000エンになる。
「ロングソード」で思い出したが、白竜山で失ったものは多く、俺だけでも額当てに剣。そして、ハイエルフに鍛え直してもらったミスリル製の剣鉈も、どさくさで回収し忘れている。アレが特に悲しい・・・・・・って言ったらガトーに悪いなぁ・・・・・・。
他にもポーションだけでなく、ウエストバッグごと焼失だ。服も防具もボロボロになってしまった。
シルの街で取り敢えず装備を整え直して、ウエストバッグに入れる必需品を揃えたおかげで、結構なお金を使ってしまっている。
俺だけじゃなく、他の3人の装備やらアイテムやらも整えて、総額で2000ペルナーは使ったんじゃないかな・・・・・・。
それでも、防具は最低限の修理で収めたし、額当ての変わりの防具は購入していない。
俺たちはクエスト収入が無いから、ほぼ俺の持ち出した金だけでやり繰りしているわけだ。
そんなわけで、リラさんの財布の紐管理が厳しくなっているのだった。
そもそも、ドランは物価が高い。
他の街では4人で1食腹一杯食べてもせいぜいが30ペルナーだ。だが、ここドランでは50ペルナーは下らない。
長く滞在したくはない街である。
ただここでの実入りは相当良いらしい。冒険者の姿も多く見かけられている。
ファーンが言う通り、冒険者は冒険者らしい恰好をしている。おかげで身分が保障されるというものだ。俺たちも武器防具を身につけて街に入っている。
冒険者による犯罪行為は厳しい処罰がされたり、徹底した調査が行われる事も有り、ほとんど起こっていない。
それだけに、冒険者の姿がある事が犯罪発生率を抑える効果もあるのだという。俺たちのような低レベルパーティーからしても、冒険者の姿を街で見かけると、ちょっと安心してしまう。・・・・・・情けない話しだが・・・・・・。
「なあ、ここの温泉は美肌効果があるんだぜ!旅で酷使した肌を清めて、しっとり美人になった方がリラも色々と良いだろ?」
「!!??」
ファーンのこの言葉はリラさんの心に深く響いたようだ。にわかに思案顔になる。何か色々と計算しているようだ。
「ミルも温泉入りたいだろ?」
ファーンが味方を増やそうと試みる。
「うん。あたし、温泉って入った事無いかも」
「ほらほら!子どもに初めての体験をさせてあげるのって、大人の役割なんじゃ無いのかな?」
「もう!あたしは子どもじゃ無いんだから!!」
ミルが抗議の声を上げるが、ファーンは何処吹く風だ。
「なあ、1泊だけでも良いからさぁ~」
ファーンが一気にリラに詰め寄る。そして、通りかかった宿の看板を指さす。
「見ろよ!ここなんかすげぇぜ!混浴露天風呂有り!疲労回復、腰痛、神経痛緩和。美肌効果有り。豪華海鮮料理付き!すげえなぁ!こんだけあって一泊お一人様220ペルナー!!」
「高くなってるじゃない!!!!!」
リラさんが絶叫する。ファーンが飛び上がって俺の後ろに隠れる。ミルも同様に俺の後ろに隠れた。こいつら、わかっていたけどずるい・・・・・・。
「ま、まあまあ、リラさん。せっかくだから今夜くらいは豪華な宿に泊まっても良いんじゃないかな?」
仕方が無いので俺が提案する。
「・・・・・・でもぉ~」
リラさんが上目遣いで俺を見てくる。ドキッとするぐらい可愛らしい仕草だ。
「ほら。俺たち白竜と会って生き残ったって事は、みんな『竜の眷属』になったわけだし、まだ1つだけど竜騎士に認められたんだから、そのお祝いとしてさ」
「・・・・・・」
リラさんとしても、本音では温泉に泊まりたいんだ。後一押しだな。
「それに黒竜との会合が終わったら、俺たちは一度グラーダに戻る事になる。そうなると、俺は実家に顔を出す事になるから、その後の資金はそれこそいくらでも何とでもなる訳だし、ギルドやグラーダ王からの報奨金も出る事だろうしね」
「そ、そうね。お祝いだしね・・・・・・」
リラさんが頬を赤らめながら賛意を示してくれた。
「そう言うことなら、ちょっとぐらい贅沢しても良いわよね」
リラさんの言葉にファーンが躍り上がった。
「やったー!!リラ、カシム愛してるぜ!!」
そう言うが速いか、鼻歌交じりに宿に入って行った。
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