外伝 短編 3 竜殺しの英雄
エザック・レイモンドは、幼い頃から、人より力が強かった。 成長すると、その身長は198センチの大柄で、体格にも恵まれた戦士となった。
また、魔力もあり、得意の水魔法を槍に付与させる事で、射程も貫通力も増す、必殺技を編み出し、冒険者として、皆から一目も二目も置かれるほどとなった。
人当たりが良く、明るい金髪に、緑の目をした美男子で、周囲には、男も、女も寄っていく、人気者だった。
彼はザラ国出身で、冒険者として名を上げてからはアインザークの南方をホームとして活動していた。
アインザークは、ダンジョンが多いので、冒険の拠点とする冒険者は多い。
エザックは仲間にも恵まれた。
騎士のブラム・ゾイバッハは無口だが、穏やかな性格をしていた。巨大なシールドを、軽々扱う事が出来る怪力の持ち主だった。そのシールドも、ただのシールドでは無い。炎を吸収して、狙ったところに跳ね返す事が出来る魔法防具だ。
魔道師のリーン・エナは、センス・シアの女性で、年も若く、18歳だが、支援魔法も、攻撃魔法も使える、パーティーの要だ。いわゆる天才である。ただ、センス・シアらしく、下世話な話しが好きなところにはエザックも閉口している。
回復魔道師のジジ・レイダは、魔法改革前から魔道師をしていたビル・レイダの息子である。回復魔道師の最高峰である金リボンを獲得していた。
ただ、口も酒癖も、女癖も悪い。
狩人のシッダは、スプリガンの特化人で、盗賊技能にも優れている。
人間嫌いだが、エザックには心開いていた。
「エザック!ダンジョンも良いが、この頃はちょっと手応えがねぇなぁ」
ジジが酒を飲みながら、エザックに絡んでくる。
「そうは言っても、ここでも充分金は稼げてるだろ?」
エザックが言う。
「金は稼げているけど、女に語る武勇伝が尽きちまう」
回復魔道師が「武勇伝」と言うと、ちょっとピンとこない。
ジジは、戦闘中は一番奥で、やいのやいのと野次を飛ばすばかりだ。いなくては困るが、直接戦う訳では無い。
「武勇伝なんかくそ食らえだ。俺たちスプリガンにとっては、金や財宝の方がよっぽど重要だ」
シッダが、ブツブツ文句を言う。
「でも、刺激が欲しいのも確かね。ウズウズうずいちゃうような刺激~」
リーンが言うが、見た目が幼女なので、失笑を買うだけの台詞だ。
「じゃあ、どうしようってんだよ?」
エザックが肩をすくめる。
そうは言ったが、確かにこの辺りのダンジョンは、もうエザックたちには物足りなくなっていた。
「まあ、俺たち『ゲイアッザル』も、相当場数踏んだし、レベルも上がったな・・・・・・」
つまみのソーセージにかぶりつきながら、エザックが言う。
「俺はレベル52になった」
ジジが言う。
「あたしは49」
リーンが続けて言う。
「これはみんな言う流れか?!」
シッダが眉をひそめる。と言っても、スプリガンに眉毛は無い。青い肌に、黄色い大きな目、長い耳。小柄な体の特化人で、牙も生えており、よくゴブリンに間違えられてしまう。
闘神王が人権を認める旨、グラーダ条約で保障したから、今は人間から隠れずに暮らしていけるが、迫害された歴史も長いし、今も差別を受けている。それだけに、シッダは人間が嫌いだ。
「まあ、せっかくだから言っていこう。ちなみに、俺は66だ」
エザックの、群を抜いたレベルの高さに、仲間たちから口笛が鳴る。
「その後で言うのかよ・・・・・・。50だ」
シッダが舌打ちしながら言う。それから、ずっと黙ってニコニコしている大男のブラムのすねを蹴飛ばす。
「でくの坊!お前はいくつなんだ?」
シッダに蹴飛ばされても、ブラムは穏やかな表情のまま「57」とだけ答えた。
エザック率いる「ゲイアッザル」は、当代随一の冒険者パーティーとなっていた。ランクも、リーン以外は白金ランクである。
「こうなると、いよいよ竜でも倒しに行くかね?」
エザックが提案する。
「おい!?まさか創世竜じゃないだろうな?!」
シッダが黄色い目を白黒させる。
「いやいや。まさか、まさかだ!創世竜には手は出せないだろう」
エザックが慌ててかぶりを振る。
「竜種だ、竜種!」
シッダが安堵の息を吐く。
「竜種なら、武勇伝にはなるな!」
ジジが笑う。
「素材も高く売れるわよ」
リーンも喜色を上げる。
「竜の炎も、ブラムの盾があれば怖くないしな」
エザックは、無言のブラムの肩を叩く。
「それは良いとして、どこの竜種を狙うんだ?」
竜種は、野生でもいるが、狙って遭遇するなら、創世竜のエリアに行くのが良い。
創世竜の棲み家近くには、竜種が多く棲息している。これは、竜種が創世竜にとっての主食だからである。己の寝起きしている所の近くに、主食である竜種を配して、生態系を作り上げているのだ。
天地の創造主だから出来る御技である。
「むう。やはり、白竜か、聖竜のエリアが良いんじゃないか?」
エザックが提案する。
「確かに」
シッダが頷く。
「そうね。白竜か聖竜なら、万一遭遇しても、見逃してくれるかも知れないわね」
リーンの言葉に、ジジが調子づく。
「それどころか、一言でも交わす事が出来たら、俺たちは『竜の眷属』様だ!!最高じゃねーか」
「どっちにする?」
ブラムが静かに問いかけると、エザックが悩む。
「・・・・・・。うん。よし!コインで決めよう!!裏が出たら白竜。面が出たら聖竜だ!」
そうしてエザックがコインを投げる。だが、キャッチに失敗して、手に弾かれたコインが、ジジの飲んでいた酒のジョッキに入る。
「ってめ!へったくそかよ!!」
ジジが文句を言いながら、ジョッキの酒を一気に飲み干す。そして、口からペッとコインを吐き出す。
「きったないわね!!」
下ネタは好きだが、こういったことは嫌いらしい。
「裏だ」
テーブルに転がったコインを見て、ブラムが呟く。
「白竜か!」
エザックが笑顔で言う。
「俺、寒いの嫌なんだけどな・・・・・・」
シッダがブツブツ言うが、行き先はカナフカ国の白竜山に決まった。
「ゲイアッザル」のメンバーは、白竜山の麓の村、カルピエッタ村に滞在する事となる。
カルピエッタ村は、白竜を信仰していて、実際に白竜の加護を得ている村である。だが、白竜と普通の竜とは、しっかり区別している。創世竜白竜は特別な存在だが、そのエリアにいる竜種は、所詮は白竜の食料でしか無い。
「ゲイアッザル」のメンバーは、白竜山に入り、野獣の素材も取ってくるが、これまで、3回、竜種の素材を持ち帰っている。
カルピエッタの村でも、竜種の素材は貴重である。一部はエザックたちから譲り受けて喜んでいた。
他の素材は、依頼を受ける形で、村人が、ギルドのあるセンネの町まで運んで換金し、その手数料も払ってもらえるので、「ゲイアッザル」のメンバーは、村で英雄扱いされていた。
「やってみりゃあ、俺たちには簡単な仕事だったな!!」
ジジはまた酒に酔っている。
「竜種なんて言うから、もっとやべぇかと思っていたが、ブラムの旦那の盾で火をはじき返して、リーダー様の「水流槍」でとどめ!!楽なもんじゃねーか!!」
ジジが酒場で大声で叫ぶ。
「倒せても、素材運ぶのがしんどいってんだよ」
シッダがブツブツ文句を言う。
1回目の狩りでは、ほとんど素材を置いて来る羽目になり、2回目からは、センネの町のギルドで、ポーター役の冒険者を雇う事で、何とか回収量を増やす事が出来た。
ポーターを雇っても、おつりが来るもうけはしっかり出ている。
「次はいつ山に入る?」
リーンが尋ねる。
「明後日にでも行ってみるか」
エザックが答える。
その日は、かなり山の中心に入り込んでも、竜種と遭遇しなかった。
開けた通路に出て、周囲が明るくなる。壁に無数の穴が開いていて、そこから、山の中心となる、火口穴から、光が差し込んできているのだ。天井までかなり高く、無数の光の筋が洞窟内部を照らすその様は、美しかった。
通路の脇には、地下水が流れていた。
「静かだな・・・・・・」
エザックが声を潜めて囁く。
この日は、野獣にも、ほぼ遭遇していない。
ポーターとして雇われた冒険者たちも息を呑む。
洞窟の中央部に近付き、気温も上がってきているので、汗をかく。
「あっついわ。もう、パンツも脱いじゃおうかしら」
リーンがブツブツ文句を言う。
「なんかやべぇ予感がするぜ」
シッダがそう言った時、エザックが道の角を曲がって足を止める。そして、「静かに」と、合図を送る。
仲間たちが、エザックの所まで、足音を立てないように向かう。そして、角を曲がってそれを目撃する。
創世竜、白竜である。
誰も彼もが、驚いて声を上げる事も出来ない。
白い羽毛に包まれた、全長30メートルになる、巨大な竜である。
「美しい・・・・・・」
エザックは小さい声で呟いた。
それは天井方向から差し込む光を浴びて、キラキラと輝いて見える、美しい姿だった。
だが、創世竜は眠っていた。
エザックたちに背を向けている。
「気付いていないみたい。逃げましょ?!」
リーンが極小の声音で囁く。エザックは頷いて踵を返そうとする。だが、それをジジが止めた。
「待てよ。気付いてないなら、チャンスじゃねーか?」
エザックは眉をひそめる。
チャンスだと?何を言ってるんだ、こいつは?
「よく見ろ。白竜は鱗を持ってない。羽毛だ。柔らかい柔らかい羽毛だ・・・・・・」
ジジがエザックの耳元で囁く。
確かにそうだ。竜種が厄介なのは、硬い鱗にある。創世竜も、その鱗はどんな武器も通用しないと言われている。それ故に人間は敵わない相手なのだ。
だが、白竜には鱗は無い。
エザックの功名心が、むくむくと頭をもたげる。
もしも、創世竜を討ち取ったとなると、どれほどの偉業と言えるだろうか?英雄としての名声も、不動の物となり、歴史に名を残す事となるだろう。
幸いな事に、白竜はエザックたちに気付かずに、背を向けて寝ている。出し惜しみせずに、全力の攻撃を与えれば、いかな創世竜だとて、手傷を負うだろうし、上手くいけば、一撃で決着が付くかも知れない。
「やるか・・・・・・」
エザックが足を踏み出した。
「マジかよ」
シッダが唸るが、こうなると、もうやるしか無いと観念した様子だ。それに、創世竜の素材となると、どれほどの値が付くのか、考えただけで頭がクラクラしそうだった。
「あたしやだよ」
リーンが小声で反対するが、エザック、ジジ、シッダは前進する。
「俺が守る」
ブラムが、リーンを抱えて、巨大な盾を構える。
そうなると、ポーターたちもついて行くしか無い。
エザックが小声で魔法を詠唱し、神槍「リヤールト」に水の刃を纏わせる。
観念したリーンが、腕力アップ、防御力アップ、命中精度アップ等々の支援魔法を素早く唱える。ざっと20程の支援魔法を受け、更にジジからも、自然回復魔法。毒無効魔法を掛けられる。
シッダも、必殺の武器「キラー・ビー」を構える。
更に、リーンはレベル10魔法「アブソリュート・ゼロ」の詠唱を済ませる。
「行くぞ」
エザックが静かに号令するや、一気に白竜に駆け込む。最大の攻撃を白竜に叩き込む。
シッダも一瞬で10連撃を浴びせる。
そして、驚愕する。
柔らかい羽毛にもかかわらず、凄まじい破壊力を持つ一撃でも、その羽毛をそよがせる事も出来なかった。
「バカな!?」
目を見開く中、リーンのレベル10魔法が炸裂する。全てを凍り付かせる極大魔法だ。
だが、白竜の羽毛は、全く冷気を寄せ付けなかった。
そして、白竜が動く。ゆっくりと首をもたげると、エザックたちを見つめる。青い瞳が輝く。
エザックたちは身動きが取れなかった。
「愚かな」
創世竜は、つまらなそうにそう言うと、その巨大な
口から灼熱の炎が吐き出される。一瞬で炎はエザックたちを飲み込んでいった。
その炎は、ブラムの盾も、一瞬で溶かし、竜殺しの英雄たちは、跡形も無く消し飛んでしまった。
後には何も残らない。
「つまらぬ」
白竜は、あくびを一つすると、また横になった。
これは、3947年。
カシムが竜騎士探索行の旅に出る、20年前の話しである。
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