白竜の棲む山  ドラゴンドロップ 2

『それでは、カシム。そして、仲間たちよ』

「ありがとう、白竜。俺を認めてくれて。そして助けてくれて。・・・・・・ついでに仲間たちの名前も覚えてくれたら嬉しい」

 そう言うと白竜が声を立てて笑った。

『そうですね。では名乗りなさい』

 白竜の前にファーンが進み出る。

「オレはファーン・ストミー・ストーン・ユンダだ」

 次にリラさん。

「私はリラ・バーグです。このしゃべり方が普段通りなので、ご容赦ください」

 白竜が頷く。ミルも前に出て2人に並ぶ。

「あたしはミル・アブローシア・レル・カムフィー!」

 ミルの自己紹介の後に、白竜はランダの方を向く。

「・・・・・・いや。俺は仲間では無い」

 男が首を振る。

『そうでしょうか?あなたの振る舞いは、仲間のように見えましたよ』

 白竜の言葉にファーンが男の所に走り寄り、その背を叩く。

「そうだぜ、ランダ。経緯はともかく、オレは仲間と思ってる」

 ファーンの言葉にリラさんもミルも頷く。俺は経緯は知らないが、助けられたのは確かだ。男がこっちを見るので、俺も頷く。

「ランダ・スフェイエ・ス」

 白竜が頷く。

『覚えましたよ、ファーン、リラ、ミル、ランダ。次に会う時を楽しみにしています』

 俺たちが手を振り、穴から退出しようとした時、白竜が言った。

『お待ちなさい。せっかくなので送って行ってあげましょう』

「え?!」

 全員が驚く。

『竜騎士では無いので背には乗せられませんが、掴んで行きましょう』

 そう言うと、白竜が俺たちを両手で掴みあげる。フワフワの羽毛に、何と肉球のある手で、右手に俺とリラさんとミル。左手でファーンとランダを包み込むように優しく握る。そして、大きな翼を広げるや、一つ羽ばたくとフワリと浮き上がる。

 全長30メートルほどの巨体だというのに体重を感じさせないような飛翔を見せる。

「うわわわわわわっーーーーー!」

 俺は思わず叫ぶ。リラさんが俺にしがみつく。ミルは楽しそうだ。

 ファーンの方を見ると、あいつは俺と同じで叫んでいて、ランダにしがみついている。ランダは平気そうに見えるな。

 

 白竜は空中を滑るように飛んで、火口の縦穴の下まで来ると、一度空中で静止して姿勢を変えると、一気に上昇する。

「うわあああああああああ!!!!」

「きゃあああああああああ!!!!」

「わーーーーーい!!」

 三者三様の声を上げる中、縦穴を抜けてなおも白竜は上昇する。山頂の上空で白竜が静止する。翼を振るわすことも無く、空中にピタリと止まっている。


 あまりの高さに目がくらみそうになったが、それにしても空から見る地上の姿は美しかった。

 眼下には白く雪で装飾された白竜山が裾野を広げていて、その先はカナフカ国の緑の平原が続いている。

 ここからカルピエッタの村も見える。

 遠くにはセンネの町、更にザラ国やシニスカ国との国境となっているシヴァルス山脈がずっと北に伸びていくのが見渡せる。その山脈の西に世界で2番目に大きい湖「カジッカ湖」の水のきらめきが見える。


 南東に目を向けると、彼方に海が広がっているのが見える。そして、海の向こうに黒々とした大きな島が見える。あれが黒竜島、最大の創世竜「黒竜」の棲む島だ。

 俺はこれからあの島に向かわなくてはならないのだ。


「リラ!目を開けてみてよ!!凄いよ!これが世界だよ!リラの夢の新しい歌が目の前いっぱいに広がってるよ!!!」

 ミルが嬉しそうに、伸びやかに、歌うように叫ぶ。白竜に捕まれたまま、両手を広げて世界を抱くようにして笑う。

 その声に、リラさんも、恐る恐る目を開ける。そのとたん視界いっぱいに広がる空からの景色に目を輝かせる。

「凄い!本当に素晴らしいです!!」

 俺の腕にしがみつく体は震えているが、この景色には本気で感動しているようだ。

 それは俺もよく分かる。本当にこんな景色は見たことも想像したことも無かった。

 空から見る世界の景色。世界は球形をしているのだと良く理解できる地平線、水平線の曲線。その曲線に沈んでいこうとしている太陽。

 ちぎれるように浮かぶ雲を、夕日が赤々と照らしている。この景色に感動しない人間がいるのだろうか?例え、リラさんにしがみつかれていることで、邪心を刺激されていたとしても・・・・・・だ。

「♪~~~~~~~~~~~」

 リラさんが唐突にハミングでメロディーを歌い出す。きれいで、心が浮き立つようなメロディーだ。


 

 静止していた白竜が、なめらかに空中を滑り始めた。どうやら、この景色を堪能させてくれる為に、空中に静止していてくれたようだ。動き始めた白竜は、一気にカルピエッタの村まで飛行する。そして、土埃を立てることも無く、静かに村の手前で地面に降り立つ。


 白竜山の上に飛翔する白竜を見ていた村人たちが、揃って駈け寄ってくる。そして、白竜の見えるところで立ち止まり、地面に両膝をつき、皆頭を深々と下げた。

 白竜は、俺たちをそっと地面に降ろすと、村人たちに向かって告げる。

『今年も皆の願いを聞き届けました。それぞれに励むが良いでしょう』

 そう言うと、フワリと浮かび上がり、白竜山に戻っていった。

 




 村人たちは興奮しきりだ。

 前日の白竜祭。そして、その翌日には冒険者を抱えて白竜が村に舞い降りて、村人全員に語りかけていった。

 白竜がこうして村に訪れたのは、村が出来たという言い伝えの話しにあるのみで、それ以来の事だった。

 しかも、毎年村人が山車に刺した木札の願いはちゃんと白竜に届いていたというのだ。白竜を信仰する村人の歓喜は計り知ることが出来ない程だろう。

 俺たちの事も村を挙げての歓待をしてくれた。

 村は今日も祭りとなった。

 

 宿は同じ部屋を取り、俺たちはそれぞれに風呂に入り服を整える事にした。

 だが、その前に、大切な用事が俺を待っていた・・・・・・。


「さて、カシム。覚悟は良いか?」

 ファーンが腕を鳴らす。

 俺は仲間たちに取り囲まれている。村人たちが見守る中、俺は何をされるというのだろうか?

 ただならぬ雰囲気で仲間たちが俺ににじり寄る。

「な、何だよ。どうしたんだよ?」

「あら、カシム君?白竜の前で私たちが言ったことを忘れたの?」

 リラさんが首を傾げるが、いつものように微笑んではいない。真顔もきれいだけど、かえってかなり怖い。

「みんなで『殴る』って言ったじゃない」

 嘘だろ?!ミルまでが笑顔を消している。

 ランダは無言だ。

「な、なんで俺は殴られなきゃいけないんだ?」

 俺は後ずさるが、囲まれているので退路は無い。

「お前。呪いの事を隠していただろうが!」

「う・・・・・・」

「あと、私たちを置いて、勝手に白竜の元に向かいましたよね」

「うう・・・・・・」

「白竜の元からあたしたちだけ逃げ出して欲しいって考えてたでしょ!?」

 ミルの目に涙が浮かぶ。

「本当に逃げちゃったとしたら、あたしたちこれからずっと苦しむんだよ!!あたしの人生なんてすっごく永いんだから!!!」

 ミルの涙に、俺は息が詰まる。俺は俺の事しか考えていなかったのかも知れない。仲間の為とか、守る為とか、巻き添えにしたくないとか言っていたが、結局それは俺の為でしか無かった。

 仲間のこれからの人生について、ちゃんと考えてこなかったんだ。

 責められて当然だ。殴られて当然だ。

「それと、もう一つ。ミルは俺の親族だ。ミルを泣かせた以上、お前は俺に殴られるだけの理由がある。諦めろ」

「ええ?!何その新事実!!」

 俺は驚いたがみんなは驚かない。

「わ、わかった。俺が悪かった。本当に反省している」

 俺はうつむく。俺は仲間の意志を侮辱していたんだな。

「よし。俺を殴ってくれ」

 俺がそう言うと、ファーンがまず進み出た。

「ヒッヒッヒッ。良い覚悟だ、カシム。さあ、歯を食いしばれよ~~~」

 仲間たちが下がり、俺とファーンが向き合う。

 そして、ファーンが思いっきり拳を振りかざして俺の頬を殴りつける。振り抜かれた拳が変な方向を向く。

「うぎぃぃぃぃ!?」

 ファーンが右手首を押さえて飛び上がる。俺は痛かったは痛かったが、まあ、この程度なら慣れている。大したことない。

「痛ってぇ~~~!?お前!本当はレベルいくつなんだよ!!??オレは3だぞ!!なめんなよ!!!」

 ファーンが涙目でわめき散らす。

 次にリラさんが俺の前に立つ。

「リラさん・・・・・・」

「カシム君。もう1人でいなくなったりしないでください」

 そして、俺の頬を平手で叩く。パチンという音が響いた。

 リラさんの頬を涙が伝う。・・・・・・これは痛かった。とてつもなく痛い平手打ちだった。

「わかりました」

 俺が言うと、ようやくリラさんがニッコリ微笑む。夕日に照らされて、その笑顔と涙がとてもきれいだった。

 次にミルが俺の前に立った。頬を膨らませて凄く怒っている。これも覚悟を決めないとな・・・・・・。ミルの泣き顔は、もう見たくない。

 ミルは両腕をいっぱいに広げると、勢いよく挟み込むように俺の頬を叩く。ペチン。あれ?ちっとも痛くな・・・・・・。

「んんんんんんん~~~~~!!??」

 ミルが俺の頬を挟み込んで、思いっきりキスしている。引きはがそうとするが、吸盤でも付いているかのように離れない。さすがレベル13だ。

 ミルの手に挟まれる俺と、俺の手に引きはがされまいとするミル。どちらも凄い顔だ。

「こら!ミル!!!」

 リラさんのげんこつが落ちてきて、ミルがようやく俺から離れる。

「お、お前、何をする!?」

 俺はゼイゼイと肩で息をする。ミルはそんな俺を見て、叩かれた頭をさすりながら嬉しそうに笑う。

「やっぱりお兄ちゃん、だ~~~い好き!!」

 くっそう。無邪気に笑いやがって。普通に殴られるより痛いじゃないか・・・・・・。俺はこの子を裏切ることが出来ないな。

「さて、俺の番だ」

 ランダが進み出る。身長が2メートルを越える男だ。いくら細身でも今度こそダメージ必至か?

「カシム。言ってなかったが、俺は黒ランクの冒険者で、レベルは42だ」

「よ、42!?」

 高いなんてもんじゃない!!これならあのトレボル・ドラゴンも1人で討伐できるんじゃないのか?!

「だが、安心しろ。俺は黒魔道師だ」

 俺はホッとする。黒魔道師なら魔力は高くても力は低いはずだ。

 ところが、俺の目の前で突然ランダが空中で回転をし出した。

「あれ?これって」

 確か、俺を竜の炎から救った時の技だ。そう思った時にバキャアッ!!と音がしたかと思うと、俺がものすごいきりもみ状態で宙を舞った。首から上が吹き飛んだかと思うほどの衝撃があった。

 何でランダはそんなに怒ってんの?

 地面に叩きつけられた時、俺は悟った。

 ミルのせいだ・・・・・・。


 その後、リラさんに魔法で回復してもらう程の有様だったが、何故か村人たちからは喝采を浴びた。

 余談ではあるが、これ以降、祭りの最終日に、男が女に告白して、「No」なら殴られて「Yes」ならキスという伝統行事が生まれたとか何とか・・・・・・。

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