白竜の棲む山 ドラゴンドロップ 3
そんな騒動があってから、宿に入り風呂の準備となった。
風呂が沸くまでの間に、俺はようやくランダの事を説明される。それまで、こうしてみんなで、ゆっくり話すことが出来なかったのだ。まあ、ゆっくりと言っても、ランダの説明を受けた以外のことは何も話せていないが。
「後を付けるようなマネをして済まなかった」
ランダが俺に頭を下げる。俺とランダは2人きりで食堂のカウンターで飲み物を飲みながら話をしていた。
リラさんとミルが風呂で、ファーンは火の番だ。
「いや、気にしないでください。それが任務だったのですし、俺たちもすっかり助けられてしまいました」
俺が言うと、ランダが苦笑を浮かべる。
「白竜が言うところによれば、俺はカシムたちの仲間だそうだ。仲間に敬語は不要なのではないかな?リーダー」
ランダの声は、低く静かな口調で、なんとも言えない艶がある。静かに淡々と語るが、ランダの内面はとても熱いのだとわかる。
でなければ、白竜の炎の最前列に立って、俺たちを庇おうとはしなかったはずだ。俺はあの行動だけで充分この男を信頼することが出来た。
まあ、いくら熱くても、あんなに殴る事は無いのではとも思ったが。まだ頬や首が痛い気がする。ちょっとしたトラウマだな・・・・・・。
「そうだな。ランダ。これからもよろしく頼むよ」
俺とランダが握手をする。
「ああ。だがな、俺は一度グラーダに報告に戻らなければならない」
そうだな。当然だ。本来は俺も戻って白竜の事を報告すべきところだ。監視の任務を帯びているランダが報告をしないわけにはいかない。
「ああ。俺に代わって報告して欲しい。・・・・・・正直言うと王城に戻らなくて済むことにホッとしてるよ」
思わず本音がこぼれる。するとランダが少し愉快そうに目を細める。
「確かにな。カシムが報告に行けば少し・・・・・・いや、かなり面倒なことになりそうだな」
その後でランダは俺の目をしっかり見てクギを刺す。
「俺も最速で駆けつけるが、恐らく間に合うまい。無茶だけはするなよ」
せっかくランダが真剣に心配してくれているのだが、俺は思わず吹き出してしまった。
「ランダ。それは無理だよ。俺は危険を冒したい訳じゃ無い。でも俺の任務がそもそも危険で無茶苦茶なんだよ」
それを聞いてランダも小さく笑う。
「ああ。そうだったな」
そう言うとランダは立ち上がる。
「もう行くのか?」
俺も立ち上がる。
「出来るだけ早いほうが良い。光の鎧で行ける限り飛ばせば、5日もあれば王城に着けるはずだ」
それはとんでもない速度だ。換え馬を用意して走り続けてももっと掛かるだろう。ところで「光の鎧」ってなんだろう?
ランダと俺は宿の外に出る。
「ではな」
そういった瞬間にランダが浮き上がる。いや。ランダのマントが掛かっている金属製のショルダーアーマーの様な物にぶら下がっていた、尖った装飾品のワイヤーが伸びて地面に突き立ち、それによってランダの体が浮き上がっている。
そして、他の装飾のワイヤーも伸びて空中を動き回る。次の瞬間、ランダがものすごいスピードで空中をすっ飛んで、たちまち見えなくなる。
「な、なんだ?あれ?」
俺は呆然と立ち尽くすしか無かった。あの技で俺は殴られたのか・・・・・・。
祭りでは、俺たちの体験を語って聞かせることで、村人たちは大いに盛り上がった。
そして、料理を振る舞われ、宿代も無料で、歓待してくれた。
村人たちは3日連続で朝まで盛り上がった様だが、俺たちは早めに休ませてもらった。
そして、翌日早朝には、俺たちは黒竜島に向かって出立した。
さすがにくたびれきった様子の村人たちに見送られて。
子どもたちは元気で、かなり長い間、俺たちと一緒に歩いた。
「で、よう」
子どもたちが帰って、村人たちがいなくなると、ファーンがおもむろに言う。
「お前の旅の目標が、ようやく見つかったようだな」
「ああ、その事か・・・・・・」
俺が笑う。
「正直たまげたし、あの場で白竜相手に啖呵を切ったお前の正気を疑ったが、まあ、かっこよかったぜ!」
ファーンが俺の背中を叩く。
「うんうん。惚れ直しちゃったよ!」
ミルが腕に絡みつく。歩きにくい。
「こら、ミル。調子に乗らない!!」
リラさんに怒られると、ミルが心外そうに口を尖らせる。
「やだなー!誤解しないでよ!」
「な、何よ?!」
「惚れ直したのはミルだけじゃ無くって、あたしたちみんながって事だよぉ!!違うの?!」
「え?!な、何言ってるの?この子は」
リラさんが赤くなっている。可愛いなぁ。
「ヒヒヒヒ!違いない!!」
ファーンが笑う。
何だろう。俺は仲間に恵まれている。人に恵まれている。出会いに恵まれてる。沢山の人に助けられて支えられている。
「ああ。違いない・・・・・・」
俺のつぶやきに全員の視線が集中する。
俺は仲間たち一人一人と目を合わせる。
「俺も、つくづくみんなに惚れ直したよ」
全員が花が咲くように破顔する。
「これからもよろしく」
「おう!」
「はい!」
「もっちろん!」
俺はこの仲間たちと、もっと、もっと旅をして行きたいと思う。
5月7日、午後16時。
グラーダ国王都メルスィンの王城「リル・グラーディア」の玉座の間に座した、グラーダ国王、闘神王グラーダ三世が激怒する。
ただし、静かに。
玉座の間にはグラーダ三世の他、宰相の賢政ギルバートに王女アクシス、剣聖ジーン。賢聖リザリエがいた。軍の「一位」の地位にあるガルナッシュもいる。それと片ひざをつくエルフの冒険者ランダがいた。
「もう一度報告せよ」
きつく歯を食いしばり、怒声を飲み込むのに必死な国王に代わり、ギルバートが促す。
「はい。カシム・ペンダートンとその仲間3名、ならびに私自身も白竜との遭遇を果たし、カシム・ペンダートンは白竜によって、『竜騎士』の承認を得ましたことを報告いたします」
ランダの報告は端的で言葉による装飾が無い。それだけに真実味がある。例え、それがどんな荒唐無稽な内容であろうと。
「ただし、その際、白竜が語ったことによれば、カシム・ペンダートンが竜騎士になる為には四柱の承認では足りず、七柱の創世竜に承認を得なければならないとのことです」
この追加の報告が、その場にいた全員を驚かせる。
「なんと!七柱か!?」
ギルバートが思わずうめき声を上げる。
アクシスは口を覆って息を飲み込む。リザリエはジーンの表情をのぞき込むが、ジーンは平然としている。
「そうか。七柱とは大変なことだな」
グラーダ国王が不意に優しげな声を出し、心配そうに語る。
「カシム君には災難な事だが、創世竜からの言葉であれば従わぬ訳にもいくまい。彼の奮戦に期待したい」
目が笑っている。哄笑を懸命に我慢しているのか、体が小刻みに震えている。
リザリエが自分の額に手をあてて首を振りため息をつく。
「だが、彼ならやってくれそうな気がする。そうだろう?アクシスよ」
アクシスはグラーダ三世の目を見て頷く。
「わたくしはカシム様を信じております」
一瞬の動揺から立ち直ったアクシスが、すぐに答える。
「続きを」
ギルバートがランダを促す。
「七柱の創世竜に承認を得ることを求められた白竜は、こうも申しておりました。その際には十一柱の創世竜全ての『
「!!!????」
この部屋にいる全ての人に衝撃が走る。創世竜の主とは?!
竜騎士とはどんな存在なのか、詳しく知る者は実はいない。創世竜に協力を求められる人間のことだと思われていたが、実は竜騎士とは、創世竜の主の事だったのかと、ここで初めて知られた。
「皆様。この事は他言無用にお願いします!」
ギルバートが慌てて告げた。もしこの事が世界中に知られたら、恐らく多くの者が、竜騎士を我が手にしようと暗躍し、カシムの冒険を妨害しようとする連中も出てきてしまう。
聖魔大戦の前に、世界中が戦争を始めてしまう可能性すら有る。
「姫様。あなたもですよ。もし、この事が誰かに知られたら、カシム様が大変危険なことになってしまいますから」
ギルバートはアクシスに念を押す。
アクシスは慌てて口を塞いで何度も頷く。それを確認してギルバートがランダに問う。
「で、カシム君は今どこに?」
「は。今頃は恐らく黒竜島に到着していることでしょう」
「黒竜島?!次は黒竜に会うつもりなのですか?!」
リザリエがジーンの方を見る。当然ジーンの伝説は知っている。白竜と黒竜に会って、生きて戻ってきた「竜の眷属」だ。
「懸命な判断だ」
ジーンが頷く。
「可能だとお思いですか?」
ギルバートが聞く。
「うむ。カシムであればな」
ああ。この人に聞いても無駄かも知れないとギルバートは思い直した。ペンダートン家のカシム
とは言え、ギルバートもこの頃は「彼ならば」と思うようになっている。
「信じるしか無いですね」
「ところでランダよ。何故貴様がカシムの仲間となっているのだ?」
グラーダ三世が眼光鋭くランダを睨む。
「貴様の役目は監視だったはずだ」
ランダは僅かにもひるむ事無く答える。
「加勢を禁じられておりませんでしたから。それに、白竜から隠れ仰せることなど不可能。そして、白竜にカシムの仲間と認定されました。であればそれに従わない訳には行きません」
「う、うむ。それならば仕方が無い。・・・・・・だが、監視の任も忘れず報告に上がれよ」
「これこの通り、任を果たしております」
もうグラーダ三世にも、ランダを咎め立てすることが出来なくなった。
「では、私は引き続き、カシム・ペンダートンのパーティーメンバーとして、監視の任務に戻ります」
そう公言すると、玉座の間を出る。
ランダはカシムの祖母からの依頼と、ハイエルフからの依頼について隠しおおせつつ、仲間として活動することを、公然とした任務内容に変える事に成功した。
「やはり黒竜の方は間に合わないだろうな」
ランダはため息をつく。
「他に報告する場所もあるし、やるべき事がある」
ランダは王城を後にする。
男は酒場で女を口説いて、誘い出すことに成功していた。これから男の住処で事に当たるつもりで、日が傾いてきた町を歩く。
「まだ昼間なのに、がっつかないでよ」
女が笑う。そう言う女も昼間っから酒を飲んで、知り合ったばかりの男にノコノコついて行くのだから、大概であると男が含み笑いを浮かべる。
これから何が行われるか、本当のところをこの女は知らない。この女は犯されたあげくに、首を掻き切られて殺されるのだ。己の運命にすら気付かない、うかつな女に、男が忍び笑いを漏らす。
男が女を伴って路地裏を歩き、男の住処に入ろうとした時だ。
「ぎゃあああああああああああああああああっっっ!!!」
突然男が絶叫して地面に仰向けに倒れる。男は右目を押さえて身をよじっている。
「ちょっと、あんた!?大丈夫なの?」
女が男を心配して顔をのぞき込み息を呑む。
男の右目からおびただしい出血が有り、それと共に、みるみる明るい茶色の髪が白髪になって行く。
「ぎゃあああああああっ!くっそう!くっそう!」
男が喚く。女が後ずさる。
「ヒュウ」
女が小さく息をもらした瞬間に女ののどが切り裂かれていた。男がカミソリのようなナイフで女ののどを掻き切っていた。
女ののどから笛の音のように「フューーーーー」と音を出しながら血が噴き出して行く。女は目を見開きながら、そのまま地面に倒れる。
「くっそう!あいつだ!あいつ、カシム・ペンダートンだ!俺の呪いを返しやがった!!」
男はヴァジャと呼ばれている地獄教大司教の高弟の1人だった。
ヴァジャはカシムの目を矢で射貫き、その時に呪いをカシムに植え付けたのである。
その呪いを創世竜白竜が食らって、呪いが自身に返されたのだという事はヴァジャは知らないが、呪いが返された以上、カシムは生きていることになり、自分は呪い返しされた分、より早く、ひどい苦しみの中で死ぬことが確定となった。
「畜生めが!カシム!」
ヴァジャが吠える。
自らの血の海に横たわって痙攣をしている女性の頭、容赦なく踏みつぶして天を仰ぎ見て絶叫する。
「俺が死ぬより先に、貴様を必ず殺してやる!殺してやるぅ!!!カァシィムゥゥゥゥゥゥーーーー!!!」
その叫び自体が呪いのように日が沈み行く町にこだました。
第三巻 -完-
第四巻 「黒き暴君の島」に続く
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