白竜の棲む山  襲撃 5

 俺とミルは顔を見合わせあい、キャンプのあった方にダッシュで逃げる。キャンプの撤収はすっかり終わっていて、俺たちよりも前をリラさんとファーンが道目指して全力で走っていた。

 そして、俺を置き去りにする速さでミルも走っていく。

 俺の後ろの茂みがガサガサなったような気がした。ガフガフと獣がうなるような声も複数聞こえてくる。

「ミル!狼か?!」

 振り返る余裕の無い俺が叫ぶと、遥か前方でミルが叫び返す。

「狼だよ!!いっぱいいる!!」

 狼は野生の生き物だ。血肉の匂いにつられてやってきたのだろう。ゴブリンの死体を食うつもりだとは思うが、俺たちにも危険があるのは間違いない。

 もうこれ以上の戦闘行為はごめんだし、彼らの棲息域に入ったのは俺たちだ。ここで彼らを傷つける事は避けたい。

 なので、逃げの一手だ。


 しかし、ゴブリンたちのような種族でも、こうして狼や他の生き物の糧となる事で、少なくともこの世界に何らかの役割を果たしているのだと思うと、少し切なくなる。彼らの存在を肯定する気にはなれないが・・・・・・。

 そんな事を考える事自体が、生き物を殺す自分への言い訳を探しているようで嫌になる。

 だから、ミル。俺は「優しい人」じゃ無いと思うんだ・・・・・・。





 しばらく走って、後ろから狼が追って来る気配がしないのを確かめると、俺たちはようやく立ち止まった。

 リラさんが道ばたに座り込んで肩で息をしている。ファーンが水筒を出してくれたので、俺たちはそろって道ばたに座り込む。


 ミルが回収してきた俺の投げナイフや剣を渡してくれた。「いやあ、まいったまいった」

 小雨が俺たちを打つ。みんなそれぞれにケガを負っているし夜通し戦ってクタクタだ。どこかで休んで治療できる場所を探す必要がある。雨が多少なりとも血を洗い流してくれるのは有り難いが、こう濡れていては着替えも必要だ。急いで歩き出した方がいい。だが、その前に・・・・・・。


「なあファーン・・・・・・」

 俺はファーンに向き合い、真剣な目で話しかける。

「ん?な、何だよ・・・・・・」

 ファーンが身構える。だが、俺はファーンの両肩をガシッと掴む。

「お前、さっき、ゴブリンの増援に気付いてたよな」

「お、おう。・・・・・・いや、でもみんなも気付いてると思ったんだよ」

 ファーンが言い訳する様に目を泳がせる。

「いや、良いんだ。責めているわけじゃ無い。むしろ誉めているんだ」

 この言葉にファーンはホッとしたようだが、未だに探究者がなんなのか理解出来ていないリラさんとミルはいぶかしげな表情をした。正直俺もコイツが何をしたいのかさっぱりだ。


 ただ、俺はコイツの探究者の仕事を尊重している。

 リラさんとミルは俺が許しているから黙認しているだけに過ぎない。

 だが、今回のようにパーティーがピンチになった時に、すぐに仲間を助ける行動が取れないコイツには、思うところがあるはずだ。

 今回もコイツが早めに知らせてくれていたら、余計な危険には遭わずに済んだかも知れないのだ。

 リーダーである俺からの叱責があって当然と思っている事だろう。

 だが、俺は誉めた。


「でも、お前は『探究者』として、俺の事をよく見れていないと思うんだよ」

「っっ!?な、何だと!!」

 ファーンが自分の誇りを傷つけられてムッとする。

「いいか?俺はペンダートンだ。つまり白銀の騎士ジーン・ペンダートンの教えを受けている男だ。だからこそお前は、俺を探求する道を選んだんだろ?」

 ファーンが頷く。が、隣でミルが叫ぶ。

「えええええ?!お、お兄ちゃんって、白銀の騎士の家族なの?!」

 ええ?そこから??

 ・・・・・・ああ、そういやミルには話してなかった。俺はミルの頭をなでてやる。

 ミルが目を輝かして俺を見る。顔が近い、顔が近い。頬ずりしてくるな。リラさんが怒った顔で見てる。俺、一応真剣な表情をしているんだけどな。


 そんな妨害に遭いながらも、俺は表情を崩さずにファーンを見続ける。

「俺の祖父は、7歳の時にはもう200騎を率いて敵国と戦って、大軍を何度も打ち破って、終いには敵国を滅亡に追いやったって話しは知ってるな?」

「おう!当然だ!」

 ファーンのみならず、ミルもリラさんも頷く。

「なあ、あれってマジなのか?だいぶ尾ひれ付いてるって話しも聞くけど」

 ファーンが尋ねてくる。

「ああ、マジだ。しかも実際には尾ひれの方がだいぶ小さい」


 祖父は、自分の伝説を誇張して話したりはせず、淡々と語って聞かせてくれる。結構生々しく語ってくれるので、間違いなく真実なのだろう。だが、伝説として伝わっている話の方が実際よりも控えめに表現されていたりする事が多い。


「マジかーーーー!?なあ、詳しく教えてくれよ!!」

 全員がうんうん頷く。ミルの目の輝きが眩しい。さすがはハイエルフだ。

「わかった。だがそれはまた今度だ」

 全員が頷く。

「ペンダートンの教えには『軍を率いるには俯瞰ふかんした目が必要になる』と言うのがある。つまり『鷹の目』だ」

「『鷹の目』って、『白銀の騎士』の異名の一つだよな?」

「そうだ。あれはただ俺の祖父の目つきが鋭くて、鷹の目に似ているから付いたって訳じゃ無い。まるで鷹が天空から地上を見下ろして、どんな小さな獲物も見逃さないように、祖父も地上にいながらにして全周囲、広範囲を把握している事が出来るからと付いた異名なんだ。それが俯瞰した物の見方って事だ」

「そりゃ、すげえな」

 ファーンがうなる。

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