白竜の棲む山 二人の買い物 6
魔法の詠唱は「起句」「詩」「神(魔神)の名前」「魔法名」の四節から成る。
「起句」は暗号の様な物なので、神や魔神が好きに音を練り出す。音の響きであったり、語呂の良さだったり。
中にはちゃんと意味を持たせている物もあるらしいが、地上では使われない言語なので人には計り知れない。この起句で、契約した神との間にマナを通す道を作るのである。
次の「詩」は魔法の効果や範囲を示したりする部分で、これはセンスを問われる事となる。メセテルの詩は、目的が明確でわかりやすいが、「華」が無い。魔法使いにとって、特に吟遊詩人にとって「華」は大切だ。
そうはいってもこの「起句」と「詩」の部分でマナを練り上げてコントロールするので、難しい魔法になればなるほど字数が増えていく事となる。
「神(魔神)の名前」は定型文である。「○○の名で我が命じる」である。魔法発動の準備を完了させ、神からの魔法の力を我が物として召還する部分だ。
最後が魔法名。
魔法名は「ライトニング」や「ファイヤーアロー」などが有名だが、同じ名前の魔法でも神が違えば、多少の効果が違ったり、規模が違ったりする。もちろん神によって詠唱が違う。面倒くさかったのか、起句と神の名前のみ変えて、後は全く上位者の魔法と同じ詠唱にした神もいる。
有名な名前の魔法のいくつかは、元々の由来がエレス語でも、古代エレス語でも無い古代神語とでもいう物らしいのを使う神が多い。
しかし、その言語について、詳しく知るものはいないし、魔法が一般的になった現在ではどれが古代神語にあたるのか、神すらも把握していないのでは無いかと思う。
「ファイヤー」や「サンダー」等は常用エレス語に組み込まれている。
効果が全く異なる魔法の場合には独自の魔法名を使ったりしている。
開発者にとっては魔法名は似た効果なら同じ名前や、詠唱もほぼ同じにしてしまえば手間が省けるのだろうが、魔法使いからすると、無声詠唱が出来なければ、詠唱し始めただけで敵に何の魔法かバレてしまうので、いかに魔法詠唱の内容をギリギリまで悟らせない工夫を要してしまう。
ただ、この「魔法名」の詠唱の所で、一気に練り上げたマナを解放する為、気合いが必要になる。力を込める為に、魔法名詠唱は声を出してしまうのだ。レベル2の魔法ですら、魔法名は無音では厳しい。
そう思うとこの魔法を使うのが恥ずかしいが、神の名前とこのエピソードが知られなければ大丈夫かも知れないと、リラは思い込む事にする。
リラの悩みに気付く様子も見せずに、メセテルが嬉しそうにリラに話しかけてくる。ただし、顔を逸らしてリラを直視しないように気を付けている。
「それでね。使ってみて良かったら、是非私の名前と共に、この魔法を知り合いにでも勧めてみてくれないかな?」
メセテルが笑顔でそう言うので、リラは「ええ、そうします」と笑顔を返したが、恥ずかしいので誰にも言わないだろうと確信していた。
その後、ポーション2本の会計として300ペルナー支払ってリラとミルは店を後にする。
店の外まで愛想良く手を振って見送る第三級神メセテルにも、軽く会釈をして返す。
レベル2の魔法を覚える為の契約補助代が150ペルナーだから、その分は得をしたと思う事として、リラはミルを伴って宿に向かって歩いて行った。
宿に戻ると、妙に落ち込んだカシムと、カシムに対して妙に偉そうな態度のファーンが2人を待っていた。
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