白竜の棲む山 黒魔道師 1
5月2日。早朝5時。天気は快晴。
俺たちは装備をしっかり調えて、村を発つ。
防寒具はまだまだ必要ない。高地の早朝なので涼しいが、真夏なので直(じき)に暑くなる。
村を出るとしばらくは緩やかな勾配が続いていたが、山が近くなってくると、次第に上り坂となってきて、草原だった景色に変化が起きて木が多くなってくる。この頃になると気温も上がって暑くなってきていて、木のおかげで木陰に入るとホッとする。ただ、木々のせいで先が見通せない。
幸い、先人の冒険者や、村の狩人たちのおかげで、獣道以上の道はあるので、白竜山までは迷わずに着ける。そもそも、登っていけば白竜山にしか着かない地形だ。
そして、俺たちは雪の中にいた。
「あ、雪だ」
と、思う間もなく、いきなり積もる雪の中にいた。そして、猛烈に寒い。
「うわ!何でだ?!」
みんなが驚く。ここまで急な温度の変化に、ミルも腕をさすっていた。
「いったん戻って防寒具を身に着けよう!」
俺がすかさず指示を出し、来た道を振り返ると、そこに無数のウサギがいた。普通のウサギより大きく、前歯が長く尖っている。雪のように白い毛に、真っ赤な目が凶悪に光っている。
「!!!!????」
ウサギは間違いなく俺たちに襲いかかる気だ。
「数14!左右にもそれぞれ10匹以上いる!」
ファーンが叫ぶ。役割を果たそうとがんばっているな。
ファーンの報告によると、下る道を完全に塞がれた形だ。
全部で34匹以上の数か。
こうなると防寒装備も整わないまま、この雪山を登りつつ、こいつらと戦わなくてはいけない事になる。
どこかの地方ではウサギを1羽、2羽と数えるそうだが、何でだろう?等とやくたいもないことを考えているほどの余裕は無いな。
このウサギどもは、集団での狩りに慣れている。
俺はセンネの町の冒険者ギルドの司書に聞いた話を思い返す。
「戦闘準備!戦いつつ順次防寒具を整えていく」
俺はすぐにパーティーの先頭に飛び出す。ミルはいきなり積もった雪の中に身を投げ出す。ファーンがリュックから防寒具を取り出すのをリラさんがフォローする。
リラさんが一番の薄着なので、最初に防寒具を身に付ける必要がある。
ウサギの名前は「サーベルラビット」。群れで狩りをする肉食のウサギたちだ。ボスがいて群れを統率しているそうだ。
「ボスウサギを探して倒す必要がある!!」
ジリジリとウサギが包囲の輪を締めてくる。山側をわざと開けているのが怪しい。それでも、現状山側に逃げていくしか無い。
統率が取れている分、ゴブリンたちより手強いのは間違いない。
「もう慣れた!!」
雪に飛び込んだミルが俺の隣に来る。半袖半ズボンで寒そうだが、もう全く寒さを苦にしていない様子だ。
最初に動いたのは左右のウサギだった。同時に狙ってきたのは、防寒具を身に付けようとしているリラさんだ。嫌なところから狙ってくる。
俺とミルが同時に左右に分かれてウサギを迎撃する。ウサギの動きは素早いが、気を付けるのは前歯と後ろ足だけだ。
俺は、ウサギがジャンプして空中にいる瞬間を狙って、2匹を瞬時に切り伏せる。
ミルもこの程度なら問題ないようだ。さすがはレベル13だ。
次は正面と左右からの同時攻撃だ。全部で10匹で来る。包囲も解かないので、うかつに動けない。
リラさんが防寒具を身につけている途中だが、山側に後退せざるを得ない。ファーンがリラさんをサポートしている。
避けたり、防具で庇ったりしながら、ウサギの攻撃をしのぎつつ、ジリジリ後退していく。俺が2匹、ミルが1匹倒すが、波状攻撃で対処しきれない。
「リラが装備できた!」
ファーンの声に、俺は指示を出す。
「よし!山側を駆け上がる!」
「前行くね!」
ミルが先頭に飛び出て、俺たちを置いて行かない速度で先導する。次がファーンで、リラさん。俺が後ろのウサギを牽制しながら進む。
誘い出されるように山側を登るが、さすがに仕掛け罠はないだろう。だが、伏兵はあってしかるべきだ。
ウサギの攻撃は止むが、相変わらず包囲を続けている。
しばらくは攻撃が無いまま山を登る。その間に、ファーンと俺もマントを羽織ってゴーグルを受け取ることが出来た。ブーツまでは装備できないが、せめてサンダルで、露出の多いリラさんがほぼ完全防寒出来たのは救いだ。
変化はまた急だった。雪が降り始めたかと思ったら、1分も進まないうちに風が吹き乱れて来た。一気に体感温度が下がる。完全防寒しないとマズイかも知れない。
「これ?吹雪か?」
雪も初めてだが、「吹雪」なんてものにも初めて遭遇する。
寒さも一気に増すが、視界も完全に奪われてしまう。近くにいないと仲間たちともはぐれてしまいそうだ。
「吹雪で遭難する」という話しは良く聞くが、これならそれもうなずける。
吹雪いてきたと同時にウサギたちが襲いかかってきた。
「うわ!」
ファーンが叫ぶ。雪も深くなっていて足を取られたようだ。 吹雪で視界が悪くなり、深い雪で俺たちの動きが遅くなる。ウサギは白くて雪に紛れて識別しにくくなる上に、雪の上でも動きが速い。
そうか。こいつらはこれを狙って、吹雪の方に俺たちを誘い込んだわけだ。
「フフフ」
俺が笑う。
「こんなもんで俺たちを追い詰めたと思うなよ!!」
みんなの顔にも余裕がある。この吹雪がウサギたちの切り札だとしたら、俺たちにとって脅威にならない。
その1。俺も、ミルも視界の悪さはハンデにならない。
その2。リラさんの魔法がある。遠距離攻撃が出来る。
その3。ファーンが敵の動きを把握して指示してくれる為連携が取りやすい。ただし、これはぶっつけ本番だ。
その4。これまたずるいのだが、ミルは雪の上を普通に走れるようだ。さっきから足跡も付けずに雪の上を普通の地面のように歩いていた。その点、ウサギより遥かに地の利を得ている。ハイエルフなめんなよ!
ミルが縦横に走り回り、ウサギを蹴散らしていく。俺も襲いかかってくるウサギを的確に捉えて、剣で切り裂く。
「全方位囲まれているが、上の方が分厚い!」
「わかった。少し頼む!」
俺はファーンの言葉に「無明」を全開にする。今の俺が全開にすると半径30メートルまでは無明の範囲を広げられる。ただし、その間無防備だ。だが、それは仲間がフォローしてくれるはずだ。
そして、ウサギのボスも、群れを統率するからには、必ず見える位置にいる。しかも上が分厚いならその方向にいるに違いない。
いた!!視界的には吹雪で見えないが、斜面山側25メートル先に大きな岩があり、その上に1匹。
「リラさん!!」
俺はリラさんのすぐ横に行き、ボスウサギのいる地点を正確に指さす。
『エアリセント!!!』
即座に魔法を発動させる。風の刃が吹雪を切り裂いて飛んでいく。
「ピギャ!!」
吹雪の向こうで、何かが鳴く声が聞こえた。
とたんにウサギたちの動きが止まる。
「ボスをやった!これでウサギたちも統制が取れなくなった!」
俺が叫ぶと、仲間たちが次の指示を待つ。
「ファーン。食料は余裕有るな?」
「もちろんだ!」
「じゃあ、逃げるぞ!」
食べないなら、無駄に殺す必要は無いだろう。
もう襲ってくる様子がなく、ボスを失って戸惑うウサギを残して斜面を上に登っていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます