白竜の棲む山  二人の買い物 5

「わかりました。買いましょう」

 メセテルが喜色を浮かべてリラの顔を仰ぎ見たが、一瞬で顔を逸らす。

「眩しい!!」

 いっそ、眩しくなくなる魔法を開発して自分にかけたら良いのにとリラは思ってしまう。

「ねえ、大丈夫なの?」

 うさんくさいこの神を信用してないミルが、リラの手を引いて心配そうに囁く。

「まあ、ミルやカシム君には必要ない魔法だけど、私やファーンは光が無いと困るから・・・・・・」

 リラの返答は、しかし、苦笑交じりだった。


「ありがとうございます!さっそく契約をしてみましょう」

 男神は立ち上がると、店のテーブルに向かう。

 リラは魔法代金の200ペルナーを魔法屋の店主に渡す。

「なんか、すまないねぇ~」

 魔法屋の主人が、申し訳なさそうに言いながら代金を受け取った。

 リラが契約に失敗しても、このお金は返金されない。

 リラは店主に肩をすくめて微笑んでみせると、男神の待つテーブルに向かう。



 メセテルは、テーブルの上に懐から出した巻物を広げると、テーブルの横のろうそくの炎で先をあぶった針を差し出し、リラに血判を勧める。

 リラが針先で指を刺し、血が一滴付いた指を、スクロールの右下に押す。


『ナーレンド、サイレウス。闇の中で見える目を我に授けよ』


 メセテルが魔法の言葉を伝える。


『ナーレンド、サイレウス。闇の中で見える目を我に授けよ』


 復唱しながらも、リラは起句の音の響きも、呪文の詩にも美しさもセンスも無いとガッカリする。これで良く第三級神になれたものだと思う。


『メセテルの名において我が命ずる』

 リラの感想など知るよしも無いメセテルが、続きを伝える。


『メセテルの名において我が命ずる』


 この句は、どの魔法も同じである。次が魔法名だ。


『セメテル!!』


「ふん、ぐっ!!」

 吹き出しそうになる。メセテルの並びを変えるだけの魔法名。センスどころではない。ふざけてるとしか思えない魔法名だ。笑いを堪え、かつ恥ずかしさを堪えながら、何とかリラも魔法名を絞り出す。


『・・・・・・セ、メテル・・・・・・』


 ここから魔法契約の難しさが始まる。


 人が常に体内から流れ出しているマナの流れ出る方向を、任意でコントロールして放出出来る人間が、魔力が有る人とされ、魔法が使える最低条件となる。

 これは生まれつきの能力なので、後天的には、どう努力しても出来るようにはならない事が、リザリエの魔法改革で判明した。

 契約の儀式には、このコントロールが正確に出来て、魔法を開発した神や、魔神に送らなくてはならない。マナによって魔法のつながりを得るのだ。

 これは完全に感覚的な事になり、人それぞれによって感じ方、マナの練り方、方向のとらえ方、ヴィジョンが違っている。


 リラは音楽の譜面のようにマナを捉えて、音を奏でるように集中していく。この魔法に合う曲をイメージする。この魔法を作ったメセテルの姿もイメージする。


 今回はその神が目の前にいて、リラのマナを補助的にコントロールしているのでやりやすいが、メセテルが目の前にいる事で、さっきの魔法名「セメテル」の面白さがこみ上げてきて笑いそうになってマナが安定しない。


 マナを正確にコントロールするのは熟練の魔法使いでも難しく集中力を要する。

 張り詰めた極度の集中は、体力も奪っていく。額に汗が浮き、呼吸が荒くなりかける。懸命に呼吸を整えて、マナの方向を音楽に昇華させて練り上げ、紡いでいく。

 己の中のマナが天井方向に伸びていき、まるで世界を一周したかのように彼方へと飛んで行き、目の前の男神に結びついた。

 すると、メセテルが開発した魔法陣が、頭の中に強くイメージとして浮かんだ。



「契約完了したよ」

 メセテルが手を叩くと、ようやくリラが大きく息をついてガックリとうな垂れる。

「大丈夫?リラ?」

 ミルが心配そうにリラの背中をさする。

 リラは額の汗をハンカチで拭こうとするが、ハンカチには、ミルの顔を拭いた時のきなこが付いているのをギリギリで思い出して、手の甲で汗を拭く。

 そして、大きく息を吸い、吐き出し、呼吸を整えてから、ミルに苦しそうに頷き返した。

「大丈夫よ。・・・・・・本当に魔法契約って嫌い。とっても疲れるんですもの」

 リラが愚痴を呟く。それを聞いてメセテル神が笑う。

「はっはっはっ。それは仕方ないよ。本来魔法は人が使える力じゃ無いんだからね。それなりの代償は必要だよ。それに、昔はもっと大変だったんだからね」

 メセテルの言うように、賢聖リザリエの魔法改革が無ければ、とてもじゃないが、こんな風に1日で、というか、数分で魔法が使えるようになどならなかった。

 何年も修行して、それでも何の魔法も使えないまま人生が終わる人も少なくなかったのだ。


 魔法契約は大変だが、これから魔法を使う時には、集中力とマナを練り上げたり、一気に放出するので疲労はするが、これほどの労力は必要なくなる。

 レベル2なら、リラには問題なく使えるだろう。

 そう考えると、例えヘトヘトになろうと、たった数分で一つの魔法が使えるようになるなら安い物だ。しかも今回は神そのものが手助けしてくれたので、マナのコントロールがしやすく、これまで覚えたどの魔法よりも短時間で覚える事が出来たと思う。


 ただ、魔法名がふざけているとしか思えず、腹立たしい限りだった。

『この魔法は、絶対に声に出さないで詠唱しよう』

 リラは心に決めた。

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