白竜の棲む山  ギルドの司書様 3

 俺たちは、受付で発行された予約票を持って、ギルド内の図書室に向かう。

 どのギルドにも、かなり規模の大きい図書室がある。そこに司書様が待機していて、図書室の受付に予約票を提出すると、個室の面談室に通されて司書様と対面できるのだ。

 

 図書室に入ると、沢山の本が巨大な室内の棚一面に所狭しと並んでいる。

 グラーダ国のアカデミーが開発した印刷技術が普及し、本は比較的安価で大量に作れるようになった。

 そんな現代の本から、まだ技術がなく、一冊ずつ写本を作っていた時代の革装丁の重厚な本まで、いろんな種類の本が置いてある。

 この印刷技術の発案も賢聖リザリエ様らしく、一体どれだけの知識と発想を持っているのかと、つくづく感心してしまう。

 印刷技術と共にリザリエ様が発案された、念写に変わる「写真」の技術もすでにあるらしいが、こっちはまだ一般には知られていない。俺もペンダートン家だから得た極秘情報で、話しに聞いただけだが、念写以上の代物だそうだ。

 それだけに、神との折衝が済んでいないのかも知れない。そんなものが一般化したら、念写魔法の使用者がいなくなり、神たちに不利益が生じてしまうのは必至だ。


「ティンピーナさんですね。では面談室2番でお待ちください」

 エルフの受付に言われて2番の面談室に入り、イスに腰掛けて待つ。あのエルフの受付は司書じゃないのか?充分きれいだけど・・・・・・。そう思うとまた期待値が膨らむ。

 コンコン。

 ノックがした。思わず背筋を伸ばす。

「どぉぞ~~」

 ファーンがリラックスした様子で返事をする。

 ドアが開く。

「ご指名、ありがとうございまーす!」


 入ってきた司書様を見て、俺はあんぐりと口を開けた。隣ではファーンが嬉しそうに手を叩いて歓声を上げている。

「ひゃっほ~~~~~~!」


 入ってきた人物は、サラサラの長い金髪に、切れる様な長いまつげをしていて、目もぱっちりした二重まぶた。

 鼻筋も通り、唇の形も良く、どう見ても完璧に美形だった。

 服装はとても露出が多く、袖のない服は体にぴったりと吸い付くようで、ボディーラインが細部までくっきりと分かる。丈が短く、おなかは丸出し。

 下半身なんて、丈の短い、これまた体にぴったりのタイツのようなズボンのみだ。全身のボディーラインが余すとこなく強調されている。


 そして、入室するなり両腕を突き上げて、その腕を振り下ろして自らの腹の前で拳を併せるかのようなポーズを取りつつ、全身に力を入れ、たくましい筋肉を披露する。

 そう、司書ティンピーナさんはムキムキマッチョな男だった。

 『ありのまま、今起こった事を話すぜ。よりどりみどりだった司書様選びで当然、スタイル抜群の美女司書様が来ると思っていたら、それがマッチョな美男だった。

 何を言っているのかわからないと思うが、俺も何が起こっているのかわからない。頭がどうにかなりそうだ』

 どこかの本で読んだ有名な台詞がそのまま適応されてしまうこの状況。

 本当に頭がどうかしてしまったのだろうか?


「いやーーー!待ってました!」

「喜んで戴けましたか?」

「おお!サイコーだぜ!でもあんた、司書のくせにすげー体してんなあ。司書ってのは、もっと、こうナヨナヨ~とした奴が多いんだけどもさぁ」

「そうでしょ?でも、この辺りだとこっちの方が受けるんですよね」

「そっかそっか!オレもキライじゃないぜ!ねえ、触っても良い?」

 ナニ?ナニ盛り上がってんの?おかしくない?あれ?

 美人でボヨヨ~ンな司書様は?俺の幻想は本当に幻だったのか?ファーンはそれの何が面白いんだ?ギャグか?

 ああ、そうか、ドッキリだ。みんなして俺をからかってるだけなんだ。

「いえいえ。お触りは禁止ですよ~~~」

 そう言いながら、大胸筋をピクピクさせながらティンピーナさんがファーンに近寄る。そのピクピクをファーンが指でつついて、また手を打って大笑いする。

 お前、本当にバカなのか?!

 違うと言っても俺は決して認めない!お前は本物の大馬鹿者だ!!何の需要が有るって言うんだよ!少なくとも俺には無い!!

「いやあ、あんた最高だわ!でさ、でさ。聞きたいことがあるんだよ」

 ひとしきり楽しんだ後、ようやくファーンが話しを切り出した。もう俺は心を無にするのに必死だよ。よくぞ怒鳴り出さなかったな、俺。いや、後でコイツ殴るの決定だけど。


「はい、何でしょう?」

 ティンピーナさんも俺たちの正面のイスに座る。

「俺たち、白竜山に行く予定なんだけど、出来るだけ詳しく話しを聞かせて欲しいんだよ」

「なるほど。白竜山ですか」

 司書は穏やかに話しを聞く。登場のテンションと一気に変わり、優しく包み込む様な雰囲気になる。もれなくムキムキの筋肉に包まれることになるけどな。

「それと、白竜や創世竜についての話しも頼みたい」

「承知しました」

 そう言うと、机にエレス全土の地図を広げてから、司書が語り出した。


 ファーンは手帳を出してメモを取り出す。横から手帳をのぞき込んだが、何やらびっしり描かれていて、図説まであるようだ。しかも意外と字がきれいで、何かかわいい字なので気持ち悪い。

 新しいページに「白竜山と創世竜」という項目を書き出す。


「まずは創世竜についてお話ししましょう。

 恐らくご存知とは思いますが、創世竜はこの世を作ったといわれる特別な竜です。創世の時から現在まで生き続けている不死の竜で、全部で十一柱いらっしゃいます。

 

 まずは白竜様。比較的人間に害を及ぼさず、時々各国で飛んでいるのを目撃される竜です。美しい外見から、人々に人気があります。棲息しているのはお2人がこれから向かう白竜山です。

 

 次に赤竜。これは最も恐ろしい創世竜で、棲み家はツウバトーラ島の東の島。赤竜島とも呼ばれています。度々人々の住む街に現れて暴れ、毎年被害が出ています。

 

 カナフカ国の近くとなりますと、黒竜が棲む黒竜島があります。黒竜は強欲な竜で「暴君」と言われていて、いろんな国を襲っては宝物を要求するため、赤竜に次いで恐れられています。

 とにかく体が巨大です。自分の財宝を全て把握しているようで、金貨1枚でもなくなったら烈火のように怒ると言われています。黒竜の財宝目当てでの入島はおやめくださるよう、お願いいたします。

 

 アール海の北側海域が航行不能となっているのは、海竜の棲息エリアが有る為です。普段は姿を現さない海竜ですが、棲息域に侵入した船に対しては容赦なく攻撃を仕掛けてくる為に、エリアに入ったが最後、絶対に助からないと言われています。

 

 青竜は、東の大国『アインザーク』にあるエミーリア湖に棲んでいます。ほとんどを湖の底で過ごしているらしく、滅多に姿を見せず、また、人に害を及ぼすことも無いと言われています。

 

 聖竜様も人々に人気で、アインザークの東の『ドルトベイク』『カント』『レダ』の3国にまたがるエリアを持っています。特に人に害を成す行動は確認されていません。

 もっとも、自分の領域に侵入する者には遠慮しないのが創世竜です。聖竜様にちょっかいを出して生きて帰れるとは思わないで下さい。

 

 未だに国として統治されていない東の無国領土には三頭竜がいます。頭が3つある竜だそうですが、こちらはあまり情報がありません。

 

 それについては黄金竜についても同じです。極東『アズマ』よりも東の島を棲み家としている為、情報がありません。ただ、その島には毒の空気が充満しているという話しです。

 

 そして、アズマにはアズマを守護すると言われている天竜が棲んでいます。正しい手順で入国しないと天竜が飛んでくると言うのだから、本当に守護しているのだと思います。

 

 次が紫竜です。この竜は西の大国『グレンネック』とその西に位置する『北バルタ』にまたがる『セイルディーン山脈』に棲息していて、これまた恐ろしい人食いの竜です。

 女性が好みなのでしょう。もちろん食料としてですがね。近隣の村に10年に一度、汚れなき乙女を生け贄を要求しているそうです。それ以外にも他国に出現して女性を掠っていくこともあるそうです。そして、誰1人帰って来ておりません。恐ろしい竜ですが、見た目はとても美しいそうです。

 

 最後が緑竜ですが、こちらはエレス西部の最北端の山脈に住んでいるそうですが、この辺りはサイクロプス伝説も有り、あまりにも厳しい自然環境なので、人里もなく、情報がありません」


 さすが司書だ。見事な解説に、当初の落胆はなりを潜めて拍手をしたくなった。相談内容が受付の男から耳に入っていたのだろう。用意してきた地図と共に説明してくれる。

 話し終わったティンピーナさんが筋肉を誇張するポーズを取らなければ拍手していたかも知れない。まあ、隣のファーンは拍手しているんだが・・・・・・。

「すげぇわかりやすかったぜ」

 それは同意する。

 


 ちなみにこのエレスの大陸だが、地図で見ると良く「神獣グリフィンに似ている」と表現される。

 グリフィンとは、翼と上半身がワシ、下半身が獅子の神獣だ。

 言われて見れば、そう見えなくもないというレベルの話しだが、その為、簡易表記としては西側を頭にして横向きに立つグリフィンの絵が使われたりする。

 頭と翼の間が大きな湾の様に奥まっている「アール海」で、その出口が今ティンピーナさんが解説したように海竜の棲息エリアになっている。その為、東西交易はアール海の横断か、陸路を使うしかない。


 それは大陸南側の海も同じでグリフィンの前足の爪に当たる部分が赤竜の棲む島で、腹の部分には黒竜島、後ろ足には天竜と黄金竜の棲み家が有る為、海路は無い。

 ギリギリ前足の付け根が海峡になっているが、こちらは出入り口が暗礁地帯になっているし、海峡内には所々流れが急だったり渦が発生しているので、大陸との往復航路以外の場所は船で通るのは不可能である。


 グリフィンの首に当たる位置にあるのが西の大国と言われる「グレンネック」。

 アール海を挟んで翼に当たる部分に東の大国「アインザーク」が有る。

 そしてアール海に面するグリフィンの首の付け根と翼の付け根にある、背中部分が我がグラーダ国。世界一の大国だ。

 現在地のカナフカはグリフィンの腹の辺りとなる。ここから南東に行けば黒竜島が近い。

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