旅の仲間  謎の塔 2

 翌朝、俺は早速探索の準備を整える。

 大きな荷物は村に置いておいてもらって、必要最低限の荷物をウエストバッグに入れ、武器をしっかり装着する。使うか迷っていた額当ても装備する。額当てとは言え、側頭部から頭頂部までを守ってくれるハーフメットだ。

 ファーンはさすがに慣れたもので、俺より遅く起きたのに、もうすっかり準備が終わっている。起きた瞬間に出発できるぐらいだった。

「まあ、十中八九、そのハイエルフ一家が怪しいよな」

 ファーンが言う。

「あいつらどんな力があるのかよく分かってねーし、神だの魔神だの、あの闘神王でさえハイエルフには手を出せないくらいおっかない奴らなんだろ?塔建てるぐらい訳ないんじゃないか?」

 俺もハイエルフが関係してるとは思っている。

 でも、だったら何でわざわざ人間の業者を雇ってまで村の端っこに家なんか建てさせたんだろうか?

 ともあれ、塔の場所は地図に描いてもらっているので迷う事はないだろう。

「じゃあ、行くか」

「合点承知!!」




 昼過ぎにはくだんの塔に着いた。

 塔の手前で村長に用意してもらった弁当で腹を満たしておく。そして、出来るだけ慎重に塔に近付いて行った。

 しかも用心して風下から近付く為に、ぐるりと南の方に迂回して、エルフの大森林ギリギリから北上してきた。

 ちなみにエルフの大森林の境界はすぐにわかった。木々がとても大きく古い。草花も、境界の内と外ではまるで様子が違ってた。

 森の深さが、密度が、空気が違うのが一目見てわかる。うっかり間違えて境界を越えてしまったりしようがないと感じた。

 そして一歩でも入ってしまえば最期な気がする。

 初めて目の当たりにしたが、あれは恐ろしい森だ。

 

 塔は、森の中に丸く切り開かれたような空間に建っていた。

 切り開かれた空間は、木が密集した森の中にあって、唐突に現れる直径にして50メートルほどの空き地である。その空き地の真ん中に、その塔は建っていたのである。

 塔と言うには低いので、円形の砦の様に見える。

 高さは15メートルほどなので、階層としては3~4階だろう。直径が恐らく35メートル程か。もっとも、塔から地下に果てしなく深く伸びたダンジョンだという可能性もないではない。それについては中を確認しなければわからない。

 この塔の材質だが、石ではなく木で出来ている。荒い作りだが、堅牢そうだ。

 なるほど。元々ここに生えていた木を使って建てられた塔なのか。もちろんそれだけでは材料は足りないが、ここは森の中だ。材料は沢山ある。

 問題は、どうやって建てたかだ。


「ダンジョンか?」

 俺がつぶやくと、隣のファーンは首を傾げる。

「どうだろうな。・・・・・・でもよ、ダンジョンだとするならば、魔神か神の仕業か?」

 神や魔神はダンジョンを作る。

 だが、神であれば、ダンジョンの場所は公開するし、攻略して欲しいのだから人がそれなりに来やすい場所に設置する。

 魔神にしても、もう少し人が寄りつくところに設置する。

 彼らがダンジョンを作る主な目的は、人が入る為なのだ。

 人がダンジョンに入ると、それだけ彼らの力に返還されるシステムになっている。なので、神はダンジョンを造って管理することを「迷宮ダンジヨン運営」などと呼んでいる。


 しかし、エルフの大森林のすぐ近くなんて、人が滅多に近寄らない場所に設置するダンジョンと言う事は・・・・・・。

「これはマズイかも知れないな」

 俺がつぶやくとファーンも同意した。

「ヤバそうだな。可能性としては3つか?」

「ああ。まずは魔神に依頼して人間が建てた塔。次に邪悪な魔道師の研究所。あとはよからぬ連中の秘密基地」

「待てよ・・・・・・?って事は、ハイエルフの線は消えるって事か?」

 ああ、そうだな。

「う~ん・・・・・・。じゃあ、ハイエルフ陰謀説。これで4つにしとこう」

「いいね~。もっとない?」

 ええ~と・・・・・・。うん。考えれば可能性はいっぱいあるな。

「かっこつけるのはやめとこう。俺たち2人とも白ランクのボンクラ2人組だ。可能性なんてきっと山ほどある。わからないんだから探索しに行こう」

 俺が割り切ると、ファーンも「だなだな!」と笑う。


 俺は外側から入り口を確認する。塔の東側、つまりここ南側から見ると右手に入り口がある。木の扉で普通の民家の物より大きい。

 少なくとも外から鍵はかけられているようには見えない。だが、内側からの鍵は掛かっていると見て良いだろう。

 入り口が閉まっている時点で、神や魔神のダンジョンではないと思われる。彼らのダンジョンは人が入る事が前提に作られているので、入り口に扉なんて付いていないと思うし、入り口ももう少し大きいのではないだろうか。

 塔の1階部分には窓はないが、上階にはある。ここから見える限りはたったの2つ。それも小さい。


「ファーン。お前盗賊スキル持ってるか?」

「ふざけんなよ。オレは『探究者』だ。んなもん持ってるか!カシムの方こそどうなんだよ」

「それを言うなら俺は『軽戦士』だ!」

 小声で毒づき合いながら俺たちは塔に忍び寄る。そして、塔にたどり着くと、壁沿いにドアの方に進む。近くに寄ってみてもやはり木材で出来ている。荒そうな作りだが、板と板の間に隙間は・・・・・・ない。考古学者としては、こうした建物の材質や隙間がどうなっているかがつい気になる。


「うめき声って聞こえるかな?」

 ファーンが囁きかけるので、俺は耳を澄ませてみる。だが、うめき声は聞こえない。

 俺は「無明」で内部の様子がわからないか探ってみる。塔の内側となるとほとんどわからない。だが、少なくとも俺のわかる範囲には誰もいない。

 しかし、妙な気配は塔の中から感じる気がする。何かはいるらしい。

「用心して進むぞ。ヤバそうなら無理せず撤退する」

 俺は小声でファーンに伝える。

「そりゃそうだ。オレたち白ランクだもんな」

「その通りだが、報告する責任があるからな。それも大切な仕事だ」

 もし、この塔の中で、事件が起こっていたら、冒険者ギルドに報告しなければいけない。その時に出来るだけ詳しく、具体的に報告しなくては、ギルドの方でも適切に対応できない。それでは意味が無い。「なんかヤバい」なんて報告は避けなければならない。

「報酬出るかな?」

 ファーンがちょっと嬉しそうに言う。

「まあ、出るだろう。報告内容にもよると思うけど」

 報酬が得られる報告内容で無くてはダメだけどな。

「よし!」

 ファーンがやる気を出したところで扉の前に着いた。


 俺はしばし迷う。この手の扉、悪い魔法使いの塔とかでは、大体罠が仕掛けられていたりする。ドアノブにうかつに触ったりしてはいけない気がする。

 あ、この場合、隣のバカにクギを刺しとかないと「どうかしたか、カシム?」とか言ってさっさとドアを開けかねない。

「言っとくけどファーン。ドアノブには罠が仕掛けられてると思えよ」

 俺が言った時には、ファーンがドアノブに手を伸ばしかけていて、俺の言葉に慌てて手を引っ込めた。

「お、おう。わかってるよ。そんなのジョーシキだろ、ジョーシキ!」

 あっぶねぇ~。

「でも、じゃあ一体どうするつもりだ?」

 ファーンがドアノブを恐る恐る見ながら聞いてくる。

「うん」

 俺はそう言うと、ウエストバッグから、愛用のフック付ロープを取り出す。

 そして、壁から2歩下がると、15メートルほど上の塔の屋上目がけてフックを投げる。フックは見事に屋上のどこかに引っかかり、窓の横を通過して地上まで垂れ下がっている。このままロープを登れば上階の窓から塔の中に侵入できる。

「おい、『軽戦士』?」

「何だよ『探究者』!」 

 ジト目で見るファーンを尻目に、俺はロープをよじ登り始める。

 断じてこれは盗賊スキルじゃない。考古学者スキルだ!文句あるか!

 ・・・・・・いや、全世界の考古学者様、申し訳ありません。普通の考古学者はこんな事しません。


 ファーンも俺の後から登って来ている。俺はスルスルッと窓のすぐ側まで登ると、外から窓の中をそっとのぞき込む。

 暑いグラーダの夏だけに、窓は開放しているし、鉄格子もない。

 塔の中は、少なくとも見える範囲は誰もいない。

 ただ、中は迷宮ではなく、それどころか壁も柱もない作りだった。

 しかも武器庫かのように、黒い大きなフルプレート一式が壁際にずらりと並べられていた。どれも同じ形の鎧だ。

 何かの人型に装着させているのか、巨人が立っているように見える。

 ファーンが俺を下からつつくので、警戒しながら、狭い窓を何とかくぐって中に滑り込む。

 すぐに、窓の横にも設置されている鎧の影に身を潜める。その隣にファーンも滑り込んでくる。身のこなしはたいしたものだ。


「なんだよコレ」

 ファーンが囁きかける。

「わからん」

 壁一面の鎧は全部で30体。

 全身黒い鎧で、縁取るように金の装飾がある。兜には2本の角と、後頭部に金糸の房飾りが付いている。

 兜の面には視界を確保するのぞき穴がなく、代わりに真ん中に黒い宝珠が付いている。まるで一つ目の化け物のようだ。小手や具足もあり、鎧としてもかなり大きい。

 この鎧を装着するなら最低でも2メートル以上の身長が必要なんじゃないかと思う。さらに体格もかなりたくましい人が着てちょうど良いくらい全体的に太い。

 近くで見るとますます巨人のように見え、威圧感がある。

 鎧が装着しているロングソードも普通の物より大きい大剣だ。盾はないようだ。

 そんな鎧が30体。こうして見ていても恐ろしい光景だ。


 このフロアの真ん中にはしごがあり、上の階と下の階を繋いでいた。少なくともこのフロアには誰もいない。

 俺は素早くはしごに近づいて、まず上の階をはしごの穴から覗く。次に下の階を見る。

 上の階の状況はわからないが、下の階には驚いた。

 下の階にはここに飾られているのと同じ鎧が更に大量に並んで置かれていたのだ。100体以上はありそうだ。

 下の階には人はいないようだが、上の階で人の気配がした。


 俺は手振りで上に気配がする事をファーンに伝える。ファーンも意図を察して頷く。

 慎重にはしごを掴むと、ファーンを待機させて音を立てないように登る。そしてフロアの際からそっと覗いてみた。

 今いたフロアと違い、大きなテーブル?実験台?の様な物がフロアの中央辺り、つまりこのはしごの近くにあり、その上に例の黒い鎧が横たえられていた。壁際には棚が並んでいて、大きな箱が沢山収められていた。

 

 そして、横たえられた鎧の前に、黒いローブを身にまとった、怪しげな男がこちらに背を向けて立っていた。

『邪悪な魔法使い路線か』

 俺は独りつ。これは脱出してギルドに報告するべきだな。

 俺は出直すべく下に戻ろうとしたが、その前に見つかっていた。男がゆっくり振り返って俺に言う。

「まあ、待ちたまえ」

 待てと言われて待つわけがない。俺はすぐに手を離して、階下に飛び降りると、ファーンに「逃げるぞ!」と声をかけて窓に駆け寄る。ところが、その窓を、側に置いてあった黒い鎧がぎこちなく動いて塞いでしまう。もう一つの窓も同じように塞がれる。

「動いた!?」

 俺はあわてて剣を抜く。だが、鎧はそれ以上動く気配がない。

「心配しなくても良い」

 振り返ると、男がゆっくりはしごを下りてくる。

「それらは未完成だ。大して動く事は出来ない。とは言え、こうして出口を塞ぐくらいの役には立ったがねぇ」

 俺は男に向き直り剣を向ける。魔法使い相手となると俺は経験がない。

「だがね。ちょうど今、私の研究が成功したばかりなんだよ」

 機嫌良さそうに男が笑う。

「せっかくだから実験相手になってくれないかね、冒険者くん」

 「邪悪」決定だ。


 魔法使いなら、魔法を使う前に倒せば良い。

 俺は先手必勝とばかりに魔法使い目がけて走る。だが、1歩目が終わるか終わらないかの内に衝撃が走る。

 上階で大轟音がしたと同時に上階の天井をぶち破って、さっきの黒い鎧が飛び降りてきた。とんでもない破壊力だ。

 魔法使いらしき男は、笑いながら壁際に下がっていく。

 俺たちの前には巨大な黒い鎧が立ち塞がっている。手には巨大な剣。

 窓は塞がれ、階下に降りるはしご穴の前には黒い巨大な鎧が仁王立ちしている。

 退路が塞がれてしまった。

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