旅の仲間  冒険開始 1

 俺は勢いよく冒険者ギルドから飛び出した。

 大きな階段を駆け下りて街道に出ようとすると、すぐ前から「よっ!カシム」と声をかけられた。

 声の主はすぐさま俺に並走する。

「よ、よお」

 俺が言うと、そいつは明るく笑う。

「おいおいカシム!そんなに慌てたら余計目立っちまうぜ!」

「いや、でも・・・・・・」

「バッカだな。いいかカシム。ここは別名『迷いの都市アメル』だ。一本道を奥へ行ったらもう迷路みたいなものだ。誰も追いかけちゃ来れないっての!」

「お、おう!そうか!」


 俺はそのまま2人で連れ立って走って、リア街道を横断して一本南の道に入り込んだ。すぐに道は何度も折れ曲がり、十字路と混じったり、建物の下をくぐったり登ったり。

 俺の方向感覚は、あっという間に失われた。

「まあ、オレたちも、もれなく迷っちまうんだけどな!」

 俺の隣の奴が足を止めて笑う。

「お、おい・・・・・・」

「いや、すまん。笑い事じゃなかったよな。こりゃあ、恥を忍んでアメルッ子に道を尋ねるか!」

「いや、そうじゃないだろ」

「ん?腹でもすいたのか?しょうがない奴だな」

「いや、そうじゃないだろ!」

 俺はしばしの混乱から立ち直って、ようやくこいつを怒鳴る事が出来た。

「お前、誰だよ!!!」

 そうなのだ。あまりに自然に名前を呼んできたから、つい知り合いかと思ったが、どう頭をひねってもこいつの事を俺は知らない。


 見た感じ長く尖った耳で一見してエルフだとはわかる。ただ、髪の色が黄緑ではなく、かなり金髪に近い薄い緑だし、肌は人間に近い色で、うっすらとだが日焼けもしている。人間とエルフのハーフであるハーフエルフだと思う。

 俺にこんな人間くさいハーフエルフの知り合いはいない。

「いや、オレだよ、オレ!ファーンだよ!」

 目の前のハーフエルフの男が名乗ったが、やはり知らん。

「だから誰だっての!?」

 するとファーンと名乗るハーフエルフの男は手を挙げる。

「いや、スマンスマン。オレはまあ、怪しいもんじゃない。冒険者だ」

「まあ、見ればわかる」

 ファーンはオレと同じように鉄の胸当てとアームガードにすね当てという軽装の防具に、2本のダガーらしい武器を左右に下げている。

 薄汚れた胸当てに白いプレートを打ち付けているからには白ランクの冒険者だろう。

 

「まず、自己紹介しよう。オレはファーン・ストミー・ストーン・ユンダ。名前だけはエルフ式だが、ぐずぐずのハーフエルフの雑種だ。まあはいエルフってやつだ」

 ファーンは自分から差別用語を使ってくる。雑種というのは他種族との混血種ハーフ蔑称べっしょうだし、廃エルフってのは、純粋なエルフたちを「ハイエルフ」と言うのだが、ハーフエルフの蔑称として、文字って使われている。

 ハーフエルフたちはその蔑称に対して神経質なのだ。

 

 ちなみに、ハイエルフとエルフは似て全く異なる者だ。

 ハイエルフはエルフの大森林で生まれた精霊族である。

 人口が極めて少なく、まずお目にかかれない種族で、様々な特殊能力を持っている。

 一説には寿命が無く、永遠に生きるとか、食事も水分補給も不要で、眠る事も必要が無いとか。また、彼らだけが使える、何とも不思議な「精霊魔法」もハイエルフを語る上では外せない。

 皆、美男美女で、色合い様々ながら、緑系の髪をしているそうだ。

 「最強のパーティー」として名高い「歌う旅団」にピフィネシアさんというハイエルフがいる。俺もファンだが、それ以外にハイエルフがエルフの大森林の外で活動しているという話しは、過去にはともかく、現在は聞いていない。


 一方で、「エルフ」はハイエルフがエルフの大森林以外の地、つまり精霊界の外で産んだ子どものことだ。

 そして、そのエルフ同志で結婚して生まれた子孫たちも、またエルフである。

 ハイエルフから生まれても、精霊界の外で生まれた子どもには、ハイエルフの持つ様々な能力は引き継がれないという。

 例えば、永遠の寿命は確実に失われる。それでもエルフの寿命は人間より長い。一般的に300歳と言われている。

 血が濃い第一世代から、第三世代までは、まだ、ハイエルフの特殊な能力を引き継いでいる事もあり、寿命もかなり長いということだ。

 そんな訳で、「エルフ」の事は決して「ハイエルフ」とは呼ばない。

 

 エルフについては、魔力特性が高い事や、やたらとプライドが高く、排他的な性格をしているとか、能力やら、生活やら知られているし、エルフの国もあるが、いろんな国や都市に移り住んでいたりするので、身近な存在と言える。

 ただ、ハイエルフに関しては、ほとんどが謎である。

 そもそも、ハイエルフが住む「エルフの大森林」は、人間が入ったら生きて出られない、とても恐ろしい場所だと言われている。

 エレスに住む子どもは、必ずエルフの大森林の話しを聞かされて育っているので、大人になってもとても恐ろしい場所であるとすり込まれている。


 で、ハーフエルフだが、エルフは人口が少ない。長命種なので、出生率が低いのが原因だ。

 だが、人間との混血となると、出生率が高くなる。その為、ハーフエルフは意外と多い。

 ハーフエルフは、見た目も人によって人間とほぼ変わらなかったり、逆にほぼエルフだったりする。

 能力も引き継いだり、引き継がなかったり、個人差が大きいそうだ。

 そして、純血エルフ(ハイエルフが純エルフなのだから、純血と自称するのもどうかと思うのだが)からは、半端者、混ざり者と蔑まれているそうだ。


 

 俺の考察は置いておいて、ファーンの自己紹介は続く。


「ランクは白で、レベルは3。職業は『探究者』だ」

「ん?『探究者』ってなんだ?」

 なんとなく考古学者と似た雰囲気の職業名に俺は少し興味を引かれた。

「おお。よくぞ聞いてくれた。探究者ってのは、『マスター』を目指す者たちの職業名だ」

 ファーンが誇らしげに胸を張る。

「マスターって、あの『歌う旅団』の『黒い稲妻』アインの?」


 俺は知っていた。「マスター」っていうのは、全ての近接武器を扱う事ができ、全ての防具も装備出来るという、近接戦最強と目されている職業だ。

 そして、最強のパーティーとして名高い『歌う旅団』のメンバー「マイアス・アイン」の職業名だ。ちなみにアインは獣人で、獣人国ではファーストネームが後ろに来て、ファミリーネームが前に来る。東の島国アズマ国と同じ名前の表記となっている。

 俺が驚くと、ファーンが得意そうに言った。

「おお。良く知ってたな。・・・・・・で、何を隠そう、オレはそのアインの弟子で、3年ほど一緒に旅してたんだぜ!!」

「あ、それは嘘だ」

 俺は即座に断言する。アインの弟子がLV3って事はないだろう。

「ば、お、お前!マジだっての!!」

 うさんくさい。実に怪しい男だ。

「いや、これマジなんだけどな・・・・・・」

 ファーンが不本意そうに言うので「わかったわかった」と流す事にする。もし仮に本当だとしても、どうせ偽者にだまされていたってクチだろう。

「で、お前は俺に何の用があるってんだ?」

 俺が腕を組んで睨むと、ファーンは俺の肩を叩きながら言った。

「おお!良く聞いてくれた。まあ、ずばり言っちまうけど、カシム。お前、オレとパーティー組まないか?」

「はあ?なんでまた?」

 藪から棒だな。こんなうさんくさい奴とパーティーなんて組む気は無い。

「いや、正直に話すけど、ギルドでの話しが聞こえてな。で、オレはお前と一緒に旅がしたくなったんだ」

 興味本位か?変な企みをしてたりしないか?

 俺は疑わざるを得ない。

「お前正気か?俺が創世竜に会いに行くのを知ってるならわかるだろ?死にに行くだけだぜ?」


 そうだ。創世竜に遭って、生きて帰れた者は少ない。にもかかわらず、俺は創世竜と話をして、更に「竜騎士」に認めてもらう必要があるのだ。話して生きて帰っただけでも英雄扱いされるというのにだ。

 しかもそれを4回もやらねばならないのだ。

 どう考えても無理だ。

 それに「会う」「会う」と気軽に言うが、そもそも会う事からして、かなり困難な道のりなのだ。

 ファーンはその辺わかってるのか?


「んん?いや、お前が死んでも俺は死なないから大丈夫だ」

 当然の顔で言い放つ。

「どういうことだ?」

「心配すんな。お前のせいで俺は死んだりしないって事だ。ちゃんと危なそうだったら逃げるよ。オレ『探究者』だしな」

 まあ、実際に巻き添えで死なれたら、俺も寝覚めが悪い・・・・・・って言うか死んでも死にきれないって言うか・・・・・・。まあ、なんとなく気分が悪い。

 俺のせいで死なないっていうのはまあ良しとしよう。てか、そこで当然逃げるっていう「探究者」って何だよ!


「俺に付いてきてお前に何のメリットがある?」

 そこが全くわからない。

「ああ。それはオレが『探究者』だからだな!お前、あの『ペンダートン』だろ?ペンダートン家の奴の戦いとか、この目で見てみたい。見る事が『探究者』だからな」

 ファーンが当然のように言うが俺にはさっぱり訳がわからない。

「おい!さっきから『探究者』『探究者』って言うけど、それなんだよ!!」

 俺は思わず怒鳴ったが、さっきギルド本部で俺がジャスミンに言った事と、ジャスミンが俺に教えてくれた事を思い出す。

『聞いてすぐにわかる職業名にした方が良い』

 全くその通りだ。俺が「考古学者」なんて職業名にしてたら、今みたいなやりとりをどこかの誰かと毎回する羽目になるわけだ。俺は落ち着く為に一度深呼吸をする。

「ん?落ち着いたか?」

 ファーンが笑顔で俺の顔をのぞき込むので力が抜けてしまった。

「・・・・・・ああ。おかげさまで・・・・・・」

 とりあえずこの男、怪しすぎるが、悪い奴ではなさそうだ。 何だか流される様にこの怪しげな男と連れ立って俺は歩き出した。

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