旅の仲間 冒険者登録 4
おかしな言い方だが、エレスにはいくつかの異世界が存在している。俺たちが住む世界が地上と呼ばれている。人間、エルフ、ドワーフ、センス・シア、獣人などが住む世界であり、地上に住む人たちを地上人と呼ぶ。
神が住んでいるのが「天界」。魔神が住んでいるのが「魔界」。
それと「精霊界」。これはハイエルフとか、純エルフと呼ばれる精霊族が住む世界だ。
ここは場所がはっきりしていて、グラーダの南東にある大森林「エルフの大森林」の中だ。地上にある森のようだが、その中は完全な異世界らしく、地上人が足を踏み入れると帰って来れない恐ろしい森だ。
「ハイエルフ」と「エルフ」は全く違う種族になっているのだが、脱線が過ぎるのでここでは省く。
そして、創世竜の棲む領域。「エリア」とも言う。十一柱いる創世竜がそれぞれに自分だけの好みの世界を創造して、このエレスに出現させているそうだ。
あと、これはエレスにつながってはいけない世界として「地獄」がある。地獄研究はされているが、古くから地獄の魔物がエレスに出現して様々な災いを起こしている。
我々地上人というのは、元々、神と魔神との戦争用に、兵士として創り出されたと言われている。
その為に、戦闘経験を積む事で身体能力が高くなっていく特質を持っている。筋力トレーニングや、走る訓練でも能力向上できるが、手っ取り早く強くなる為には、戦闘経験、それも死線を越えるほどの戦いを乗り越えると、その能力は向上しやすいのだ。
ちなみに、ハイエルフは地上人では無いので、能力値の向上方法は不明だ。そもそもハイエルフなんてのは、ほとんどお目に掛かる事も無い様な、半ば伝説や、おとぎ話の世界の住人である。
ともあれそれ故に、地上人の中でも戦闘経験が多い冒険者は一般人よりも強くなりやすい。
兵士もかつては戦争に出る事で能力が向上していたが、内戦以外の大規模な戦争がほぼ無くなった現在は、訓練や試合を積み重ねる事で能力向上を図っている。また、魔獣討伐やダンジョン攻略に挑む事を、訓練の代わりにする場合もある。
冒険者は自分の裁量で、戦闘や狩りを主体として活動すれば、ステイタスが上がりやすくなる。つまり強くなれるのだ。
その能力の向上を確認する為に、冒険者は、また、兵士たちは鑑定士にステイタス鑑定を依頼するのだ。
「力」や「素早さ」などは、それぞれ数値で出されるが、その数値が高い事がそのままレベルに反映されるわけでは無い。
レベルとはその人の強さそのものである。
例えばステイタスに「賢さ」「知力」が無いのは、その人が何を知っているのかは鑑定士もわからない。それがわかるとしたら、その人の生まれてから現在に至るまでの全てを知っている必要がある。
同じようにその人がどんな技術、技を身につけているのかも鑑定士はわからない。
しかし、そうした知識や経験、技術は確実にその人の強さに影響してくる。
そうした全体的な強さが、鑑定士には見える様で、それを数値化したのが「レベル」になる。
なので、ステイタスが高いのにレベルがそこまで高く無い人もいれば、その逆でレベルが高いのにステイタスが低い人もいる。ステイタス上、力が「1」でも、とんでもない魔法を使いこなせるとしたら、その人のレベルが高くなると言う事だ。
そんな訳で、冒険者にとってレベルはステイタス値よりも重要な強さの判断基準になる。
ちなみに、祖父も鑑定を受けているが、腕に自信がある人が見たら、何もかもが嫌になりそうな数値らしい。
俺は祖父のレベルもステイタスも知りたくない。ついでに自分の数値も知りたくない訳だから、今鑑定が受けられないのはむしろ有り難い。
鑑定が受けられないと、暫定レベルは1となる。
また、冒険者としての実力を判断するのはレベルの他に「ランク」が有り、これはレベルやステイタスと違い、ギルドの依頼をこなしたりして、貢献した度合いで評価されて上がっていく。
ランクが上がると受けられる任務も増えるし、それによって報酬も増える。
レベルがいくら高くても、ランクは最初は必ず最低の「白」からスタートする。
ランクは全部で九つ。下から「白」「黄色」「緑」「青」「赤」「黒」「銀」「金」「白金」となる。
大体「青」くらいまではレベルが低くてもコツコツ依頼をこなしていればなれるらしいが、それ以上は一定の強さが求められる。
最上級の「白金」ランクとなると、世界でも数えるほどしかいない。
「最強のパーティー」として有名な「歌う旅団」は全員が白金ランクじゃなかったか?いや、違った気がする。ただ「黄金騎士」で有名な「アカツキ」は全員白金ランクが売りだ。
一番下のランクが白ランクなので、俺が冒険者になれば「白ランク、レベル1冒険者」となる訳だ。
ギルドは、パーティーを斡旋する際には、ランクとレベルを参考にしている。
依頼内容や難易度もレベルと、それ以上にランクを重視して冒険者に提供しているのだ。
白ランクな上にレベルも「1」の俺は、パーティーも組みにくいし、依頼もたいした物が無い事になる。
それ故に、ドワーフの美女は「すまないね」と俺に言った訳だ。だが、その言葉に俺は首を振って答える。
「大丈夫です。特にパーティーを組む予定も無いですから」
俺が答えると、ドワーフの美女が立ち止まって、俺の事を真剣な表情で見る。
「おい!おまえ、冒険するなら仲間は必要だぞ!最初からソロでやろうなんて考えるな!どんなに腕が立とうと、ソロじゃ危険な事が多い。ケガしてから後悔しても遅いんだ!死んじまったらそれこそ目も当てらんねぇ!いいか、最初からパーティー組まないなんてかっこつけたりするな!」
今日会ったばかりの俺の事を、真剣に心配してくれる目だ。俺はその目をしっかり見返して頷く。
「肝に銘じます」
俺の返事を聞くと、あっさりと彼女は前を向いて歩き出す。 肝には銘じるが、俺の旅はただ命を落としに行くだけの旅だ。誰かを巻き添えにするわけには行かない。
「な~んか事情がありそうだな~。でも、何があっても諦めるなよ。冒険者登録が済んだらあたしたちはファミリーだ!みんながファミリーだ。誰も絶対に家族を見捨てたりしない」
彼女の言葉は思ったよりも俺の心に響いた。そこで、俺は背筋を伸ばして言った。
「ありがとうございます!俺、カシム・ペンダートンと言います」
すると美女はチラリと振り返ると笑顔を見せる。
「おお。そっかそっか。あたしはジャスミン・ロバルト・コーダ!可愛い名前だろ?よろしくな、カシム!」
「はい。よろしくお願いします」
その後の適性試験は難なくクリア。
適性審査後に、念写魔法の念写士に、俺の顔を念写してもらう。念写魔法では、紙に見たままのものを写す魔法で、魔力が低くても出来るので、魔法使い未満の魔力保持者がなる事が多い。
結構これでも商売としては充分すぎるくらいに成り立つ魔法だ。ただし念写は白黒である。念写できる精度も大きさも限度がある。
これは極秘情報なのだが、念写魔法よりも精度の高い、「写真」技術は、かなり前から存在している。ただ、念写魔法を開発している神々との交渉が進まず、発表できないで何十年も経っているそうだ。俺は、特別に見せてもらったが、まあ、かなり驚いた。
念写後にいよいよ、職業選択となる。
「ほんと悪いな~、鑑定士いなくて。・・・・・・鑑定したかったろう?」
ジャスミンがまた詫びる。
「いえ。3月の内に登録しなかった自分のせいですから。それに、鑑定はしなくても困らないです」
俺が言うとジャスミンは驚いたような顔になる。
「おまえ、珍しいな~。普通冒険者になる奴らは、目の色変えてレベルとかステイタス知りたがるもんだぞ」
「いや、自分のレベルとか知るのってちょっと怖くないですか?」
レベル1が、一般成人男性。何の訓練も受けていない人の平均値らしい。
ステイタスは各数値100。
レベルに関しては一般成人男性より低くても「1」がスタート。
ただし、ステイタスは平均が100なので、平均より低ければ当然数値も低くなる。最低は0。
これは「力」とかではない。力が0とかはあり得ない事だ。
ただし魔力は「0」があり得る。もっとも他の数値も一桁なんて事はまず無い。
では数値がいくつから「強い」となるのかは、俺にはよく分からない。
そんな中、俺の数値が低かったらかなり落ち込む。騎士の修行はして来たが、俺の周りには俺より強い人ばかりだったのだ。それ故に、俺は自分の才能の無さを常に実感して来た。
俺の中には劣等感ばかりが溜まっている。それなのに、俺の家族は俺をいつも高く評価するから堪ったものでは無い。
「そっか?まあ、ここなら来月には鑑定士が戻っているから、来月にでも鑑定してみな。強制じゃないがおすすめだ。ギルドなら各支部に必ず鑑定士がいるからな」
冒険者登録用紙に色々書き込みながら生返事をする。
1ヶ月半後には俺は死ぬんですよ~。創世竜に殺されなくても呪いで死ぬんですよ~。ステイタスが多少高かったところで、創世竜には意味が無い。
「で、職業はなんにする?」
「う~ん」
少し考える。何だろう?
「考古学者とかじゃダメですか?」
なんとなく聞いてみた。するとジャスミンが頭をひねる。
「考古学者?なんだそりゃ?・・・・・・あ、いや、考古学者はわかるよ、ドワーフだもん。でも、冒険者としてはどうすんのかな~って思ってな」
ドワーフは鉱夫、鍛冶師、彫金師などで有名だが、遺跡や地質の調査にも有能なので、考古学者もドワーフの専門家に相談に行く事が少なくない。だから、ジャスミンも考古学者と聞いて、すぐにどんな仕事かイメージできるのだ。
とは言え、ジャスミンの言うとおりだ。冒険者としての「考古学者」か~。確かにわからない。
「いや、ダメじゃないだろうけど、やっぱりわかりやすい方がおすすめだ。誰が聞いてもわかる職業の方が、仲間もそうだけど依頼する方も安心する」
なるほど、確かにそうだ。モンスターの討伐依頼を受けたのが「考古学者」だったりしたら不安になる。
「あんたは剣が使えるんだろ?戦士とかじゃダメなのか?」
まあ、「騎士」って職業も冒険者で存在しているのだから「騎士」でも良いのだけど、一般的に冒険者の騎士は盾持ちの重装備戦士だ。味方を敵の攻撃から庇ったりする。
俺は軽装だからちょっと違和感がある。
「じゃあ、軽戦士とか?」
「うん。良いんじゃないか?武器もちょっと短いし、身軽そうだもんな」
ジャスミンが賛成してくれたので、俺は職業の記入欄に「軽戦士」と書き込む。
これで書類が完成した。書き終えた書類をジャスミンに渡す。
冒険者資格試験料と冒険者証発行手数料を合わせて支払う。60ペルナーなので、こうした資格をとるものとしては、比較的安い。
60ペルナーだと、そこそこ良い晩飯2回分ぐらいだ。
冒険者支援は、冒険者の活動による収益よりも、国からの補助金がかなりの割合を占めている。
貧困層でも冒険者になるチャンスを作る為に、試験料は安く設定されている。
冒険者と言えば、「一攫千金」が華とされているが、身の丈に合った依頼をコツコツとやっていくだけでも、ある程度収入が得られるので、なり手は多い。
隔週発行の「ただいま冒険中」、略して「ただ中」という、冒険者の活躍やら、迷宮情報、冒険者紹介や、有名冒険者のインタビューなど載っている雑誌も発行されている、人気の職業ではある。
ただし、それなりに危険はつきものである。
依頼の途中で、また、迷宮探索の中で命を落とす者も少なからずいる。
また、冒険者にはモラルが求められる。
問題行動に対してはペナルティーや、資格剥奪もあるし、冒険者の犯罪行為に対しては、一般人より罰則は厳しい。
モラルが有り、弱い人々を守る立場にあればこそ、人々から憧れられたり、頼ってもらえたり、信用してもらえるのだ。
そう言う意味では、冒険者資格試験の中では、最も「適性試験」が重要なのだろう。
ジャスミンはざっと目を通すとカウンターから腕を伸ばして俺の肩を叩く。
「オッケーだ!じゃあ、しばらくそっちのベンチで待っててくれ。冒険者証とランクを示すプレートを持ってくる」
俺は頷くと窓際のベンチに移動する。
俺は当然「白」ランクのプレートを支給される事になる。このプレートは、冒険者は必ず身に付けていなければいけない。プレートには穴が開いているので、ネックレスにしたりブレスレットにしたり、鎧に直接付けたりすることが出来る。
基本的に、見えるところ、またはすぐに提示できるところに身に着けるのが原則だ。
なので、俺は革紐を付けてベルトに付ける予定だ。
冒険者証は名前とレベルとランクと職業が書かれた身分証明書で、念写魔法で白黒ながら本物そっくりの顔が描かれている。
この冒険者証は折りたたまれていて、表にはさっき言った表記がされるが、内側にはステイタスなどが書き込めるようになっている。これも念写魔法による魔法の文字で、ステイタスが更新されると、念写士に依頼して数字を書き換えてもらえる。
冒険者にはいろんな特典がある。
ギルドでの、素材や発見したものの買い取りをしてもらったり、任務を受ける権利、パーティー斡旋は当然として、ほとんどの宿屋や食事が取れる店で割引が受けられる。
装備品を買う時も割引や分割払いが出来るなど。
だが、そうした特典を受けられるからには条件がある。2年間で一定のノルマ分の依頼を受けて結果を出す必要があるのだ。それが出来なければ冒険者証を執行してしまう。
執行すると再発行に手数料が必要になるし、ランクが下げられてしまうというペナルティーがある。事情があれば期限の延長と言った救済措置もあるが、それ相応の事情がなければ許可が通らない。
他にも
それにしても、さすがはアメルの冒険者ギルドだ。常に沢山の冒険者が出入りしている。受付も広く、何人もの受付担当のごっつい職員がいて、冒険者たちとやかましく言い合ったりしている。
受付の隣にある換金所もかなりの賑わいと騒々しさだ。壁で仕切られているというのに、殺伐とした怒鳴り合いの声がここまで響いてくる。そんな怒鳴り声を誰も気に留めていないところを見ると、日常茶飯事な光景なんだろう。
受付の前の壁には沢山の依頼書が、所狭しと貼り付けられているが、受付で受けるべき依頼を相談することも出来る。
冒険者は世界中からやってくるので、エレス公用語の文字を読めない人もいる。なので、言葉だけでやりとりできるようになっている。大きな冒険者ギルドでは公用語が話せない人の為の人員も配置されている。
そんな事を考えていたら、窓口からジャスミンが大声で俺を呼ぶ声が聞こえた。
「カシム!おい!カシム!!!」
受付カウンターから身を乗り出して必死に手招きしている。
あまりもの剣幕に、ギルドを訪れていた他の冒険者たちも、他の受付の職員も呆気にとられて注目する。俺はただ事ではない様子に大慌てでカウンターに駆け寄る。
「どうしました?何か不都合でもありましたか?」
ジャスミンは興奮した様子で大声で言う。
「いや!不都合とかはない!冒険者登録は済んだ!!」
そして、叩きつけるような勢いで冒険者証と白ランクのプレートをカウンターに置く。
「ああ!白ランクだが、冒険者登録おめでとう!!!」
目をむいて俺を見ながら、ジャスミンは律儀に祝福の言葉を述べる。
「いや、それどころじゃない!お前いったい何モンだ?!!お前に名指しでとんでもない依頼が来てるぞ!!!」
ギルド本部全体が静まりかえった。
名指しの依頼とは、かなり有名な高ランクの冒険者が受けるべきものだ。
少なくとも、今登録が済んだばかりの冒険者が名指しされるはずなどない。
俺は慌てる。何の事かわかったからだ。
ジャスミンの口をふさぎたかったが遅かった。興奮したジャスミンが、我を忘れてすっかり静まりかえり、このやりとりに全員が耳も目も傾けているギルド本部全体に聞こえる様な大声で叫んだ。
「『冒険者カシム・ペンダートンに竜騎士への道の探索を依頼する。グラーダ国国王アルバス・ゼアーナ・グラーダ三世』!!!!」
俺は床にへたり込む。
一瞬の静寂の後、ギルド全体が割れんばかりの様々な声が轟く。驚きの声、怒鳴り声、歓喜の声、興奮した叫び声、悲鳴。もう訳がわからない騒動になった。
冒険者登録をしたばかりの白プレートが名指しの依頼と言う事もそうだが、その内容が伝説の竜騎士になれという事。
そして、それがグラーダ国王の名でされた事。
冒険者ギルドが発足してから初めての事件だ。驚天動地の大騒ぎになって当然だ。
「馬鹿もん、ジャスミン!お前なんて事を大声で言ってる!!!」
ジャスミンの上司らしい人がジャスミンを怒鳴る。そりゃそうだろう。個人宛の依頼なんて当然守秘義務があるはずだ。
ジャスミンも言われて慌てて口を押さえるが、一度口から出た言葉はもう戻らない。
「ご、ごめん、カシム」
ジャスミンが謝った後「ん?」と首をかしげる。
「ペンダートン!?お前、あのペンダートンか?!!」
またしても大声を上げるジャスミン。上司がジャスミンの頭を思いっきり殴る。だが、上司は冒険者出身ではないようで、殴った方が手を痛めて、手を押さえて座り込んでしまう。
もう周囲の騒ぎは収まりそうもない。
俺はひったくる様に冒険者証と白のプレートを取ると「失礼します!!」と叫んで冒険者ギルドから走って逃げ出した。
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