冒険の始まり  創世竜 4

 王城を出て、正面の広場を左折し、少し歩いて行き着く大街道は、王都「メルスィン」から南下し、獣人国「アスパニエサー」へ向かう「メルロー街道」である。道幅50メートルの大街道を交通整理官に従い横断すると、すぐにメルスィン内になる我が家に着く。

 ペンダートン家の治める領地は、グラーダ国の南東に5000エーカーの所領があり、そこに城もあるが、父も双子の兄たちも王城勤めだし、祖父も引退したのに、ご意見番的な立ち位置で常に王城にいる。

 その為、ほとんどこの王都内の別邸で生活している。領地管理は優秀な執事長が取り仕切っている。

 この別邸も、それなりの大きさで、訓練するための施設がいくつも用意されているし、庭も1000人の集団が陣形を組めるくらいの広さがある。王都内で、これほどの広い敷地を所有しているのは、我が家だけである。

 

 門を守る衛士に会釈をすると、開けられた門をくぐる。衛士がなにやら輝くような目で俺を見る。王城内でも、良くそんな目をした人とすれ違った。

 今回の事件は機密扱いとなったが、どうも、俺の事を話したい連中がいて、でも、内容は語れないから「ペンダートン家の末息子にすげえやつがいるんだぜ」的な感じの、何だか分からない噂が今城で持ち上がっているらしい。衛士も城の知り合いから聞いて、何だか分からないなりに鼻高々気分を味わった口のようだ。ものすごく迷惑な話だ。誰が広めたんだか、そんな噂。


 ともあれ、城から離れられて、やっと一息付けた。正直城にいる間中、いつあの親父が俺を殺しに来ないか気が気では無かった。俺は、頭の中ではあの闘神王を「あの親父」扱いしている。

 グラーダ王の様々な伝説や偉業を聞き知って尊敬もしているが、俺にとってはそれ以上にアクシスかわいさで、俺を勝手に憎悪しているやっかいな親父である。


 俺が玄関を開けると、派手なクラッカーが鳴り、「快気祝い」の横断幕が掛けられた玄関ホールに父、祖母、2人の兄に祖父。それに館の使用人全員が派手に出迎えてきた。

 ちょっと忘れかけてた、この家の俺に対するノリ。

「ああ。旅に出たい」

 俺はそう思ったが顔には出さず、笑顔で家族に答える。

 2人の兄、オグマとキースが左右から俺の肩を抱く。

「お帰りカシム!」

「大変な活躍をしたそうじゃ無いか!」

「他では話せないのが残念なくらいだ!」

「さすがはカシムだ!」

「いずれ俺たちを率いるべき男だ!」

 2人は代わる代わる本当に嬉しそうに俺の肩を抱きながらまくし立てる。


 上の兄はキース。金髪で理知的な兄。

 下の兄はオグマ。黒髪で熱血漢。

 2人とも長身でしっかりした体格をしている。年は21歳。顔は2人そろって父親似である。


「それぐらいにしないか。カシムもまだ完全に傷が癒えているわけでは無いのだ。早く食堂に移ろうでは無いか」

 2人の兄に注意するのは父ガルナッシュ。父は今の軍の最高責任者である「一位」の位にいる。

 父は元々祖父の軍の副将だったが、副将になったばかりの頃、母フューリーと出会い、母の猛ラッシュでペンダートン家に婿入りしたそうだ。黒髪短髪で目がつり上がっていて、いつも口をへの字に結んでいるので、怖い印象を人に与えてしまうが、不器用なほど真っ直ぐな人である。

 この家の中では、一番俺に対して冷静である。だが、そこは「食堂」では無く「カシムを自室で休ませてやれ」では無いだろうか・・・・・・。

「そうね。もうすっかり準備は出来ているのよ」

 祖母が数人の召使いを引き連れて忙しそうに食堂に走る。

 ああ。とんでもないパーティーが開かれる予感がする。今夜は眠れそうに無い。

 一同が食堂へ向かおうとした時、パアアアアーーーン!と一つだけ遅れたクラッカーが鳴る。見ると祖父が、眉間にしわを寄せつつ、妙にそわそわした様子で、タイミングを外したクラッカーを鳴らしたところだった。

 なので「ただいまじーちゃん。いろいろありがとう」と俺が言うと、「うむ」と一つ頷く。そして、俺たちの後について食堂に向かう。



 食堂に着くと、大きなテーブル複数に、溢れんばかりの様々な料理が山のように用意されていた。今日は家の使用人たちも交えたパーティーになるようだ。一応家族用のテーブルとイスも用意されているが、しばらくは立食パーティーになりそうだ。

 この家族は玄関ホールに自らが掲げた「快気祝い」の意味が分かっているのだろうか?

 余談だが、門や敷地を守る衛士たちにも豪華な料理と勤務後の酒と、一時金が与えられるらしい。

 この家の使用人たちのほとんどは、この家の孤児保護施設で育っていて、ペンダートン家には恩義を感じているし、常に待遇もいいので、我が家に忠誠を誓っている。

 



 昼の12時過ぎから始まったパーティーは、歓談から始まり、誰とも無く始まった祖父ジーンの武勇伝語り、祖母の企画したゲーム大会(豪華景品付)など、大いに盛り上がり、20時になり、多くの召使いが退勤の時間になるとお開きとなった。


 残ったのは住み込みのベテラン執事と、2人のメイドだけで、家族の団らんの時間となる。

 この住み込みの執事バルドと、メイドのベアトリスとリアは、ずっと我が家に仕えていて、特に信用できる使用人だ。

 ベアトリスとリアは幼い頃から我が家にいて、兄たちが生まれた頃には、もう働いていた。年は2人とも26歳。どちらも美人である。

 リアはイヌの獣人で、少し(?)不器用、というかドジ。

 ベアトリスはメガネを掛けた知的な女性である。

 他にも住み込みの使用人は多いが、あるじたちの宴が続くなら、誰かが残らなければならない。その為、この2人が残ったのだろうが、使用人たちにとっては残った方が嬉しいという。

 何らかのパワーバランスがあるのだろう。パーティーでは、バルドは常だが、メイドとして、この2人が残る確率が高い気がする。

 


 人数が減り、静かになった食堂のテーブルを家族で囲み、ようやく俺は腰をイスに落ち着ける事が出来た。

「さて・・・・・・」

 キースが長い金髪をかき分けると祖父と父に目配せする。「そろそろいいだろう」

 オグマも俺に向かってギラつく目を向けてくる。 

「な、何だい?兄さん」

「聞っかっせっろっよっ!」

「お前の武勇伝をよ!」

「ええええ~~~」

 俺はあからさまに嫌そうな顔をしてしまう。

 この兄たちは、俺への熱量が激しい。それを言ったらこの家族みんながそうなのだが、とにかく兄だというのに、俺の事を激しく高く評価して、何故かさっぱり分からない絶対的信頼を寄せてきているのだ。

 もし俺が「白」を「黒」だと言えば、迷わずそれを信じるだろう。そんな兄たちに今回の事件を詳細に語ったらどんな評価がされるのか、考えただけで恐ろしい。

 今も弟である俺を、英雄を見るような目で熱く見つめてくる。俺にしたら、兄たち2人の方が英雄である。騎士としても、人物としても、兄たち2人の方がよっぽど出来た人間だと俺は素直にそう思う。

 あと、スキンシップが多い。すぐに俺の肩を抱いたり頭をなでたり。それはどうなのだろうか?

 ともあれ、祖父も頷くので話さざるを得ない。



 俺は、俺の経験した事を話して聞かせた。

 すると案の定、兄たち2人は大興奮して2人で何度も乾杯をして酒を飲む。祖父は、誇らしそうにうんうん頷いている。いや、俺の前では厳しい祖父を演じようと努力しているらしいのだから、そこで誇らしそうにしていてはダメなのでは無いだろうか?

 祖母は、ハラハラして心配そうに俺を見る。

 メイドの2人は「いや~~~ん。お坊ちゃまに惚れちゃいそうです~~~」「こら!カシム様はアクシス様の物ですよ!」などと言っている。

「これ、つつしまんか2人とも。カシム様は全世界の人々のものですぞ」

 執事長ももはや訳が分からない。

「そうでした!」と声をそろえてメイド2人が胸に手を掲げる敬礼をする。

 だから話したくなかったんだ・・・・・・。




 俺はこの一家の雰囲気がとても重荷に感じていた。

 騎士の道を歩むのだと、俺も含めて疑っていなかったし、期待されていた。

 なのに、俺は突然15歳の誕生日を迎えると、職業選択権の行使で、考古学者になりたいと一方的に宣言した。

 家族一同、俺の「生誕祭」の最中、一瞬凍り付く。

 しかし、一瞬だった。

「それはいい!俺は賛成するぜ!」

 オグマが熱く吠える。

「そうだな。カシムがそう選択するなら間違いあるまい!」

 キースもすぐに同意する。

「そうだな。お前がそう選択するなら、きっとそれは大きな意味があるはずだ。お前の好きにするがいい」

 父も即座に賛成する。

「まあ、共に騎馬に乗り、くつわを並べられないのは少し残念ではあるがな」

「ああ。それはある」

「まあなぁ。俺たちの夢だったしな」

 父と兄たちはしみじみとほろ苦い笑顔で言う。

「やめよ。カシムはもう決断したのだ」

 祖父も反対はしなかった。

「じゃあ、必要な物とか色々準備しなくっちゃね。何せうちには騎士の物は沢山あるけど、考古学者の必要な物なんてさっぱり分からないですからねぇ」

 祖母はすぐに忙しそうにメイドを数人引き連れて町に飛び出していった。

「考古学者なんて、お坊ちゃま知的ぃ~~~」

「リアは考古学者がなんなのか知ってるの?」

「知らな~~い」

 バルトは何か感涙してるし・・・・・・。


 そんなやりとりがあっただけである。 


「なんでみんなは俺の事をそんなに信用してくれるんだよ」

 ため息交じりに俺は「禁句」を言ってしまった。

 全員が息を呑み静まりかえり祖父を見る。

 俺は「しまった」と思ったが、もう遅い。

「あれはな、カシム・・・・・・」

 ああ。じーちゃんの語りが始まってしまった。もう耳にたこができるほど聞いたよ。家族全員、何度も聞いた話しなのに、なんだ、その初めて聞く物語を待つ少年のようなワクワクした表情は?おかしいのは俺か?俺の方なのか?





 

 カシムの祖父、ジーンの語った内容は、要約するとほんの一言で事足りる。

 「カシムが生まれた夜、東の地より、白い創世竜「白竜」が飛来し、カシムの家の上を3回旋回していった」

 以上である。

 

 この創世竜というのは、創世記に登場する、この世界を創ったとされる特別な知恵ある竜で、この世界に十一柱いる。

 神も、魔神も太刀打ちなど思いもよらないほどの絶大なる力を持つ竜たちである。

 深い知恵と知性を持つ竜ではあるが、それぞれが自分のためだけの領域を創り、その領域を地上世界に融合させている。

 その領域内は、それぞれの創世竜が作り上げた、自分好みの生態系を持ち、その頂点として、自らが君臨している。好物はその領域内に生息する普通の竜種である。

 人間たちに感心は持っていないようで、棲み家に近づく者は容赦なく殺してしまう。

 中には領域に入っただけで襲ってくる場合もあるし、たまたま遭遇しただけでほとんどの者は生きて帰る事が出来ないと言われている。


 ただし、希に創世竜と遭遇して、会話し、生きて帰る者がいる。そうした傑物は「竜の眷属」と言う称号で人々に讃えられる。

 ジーンは「白竜」と「黒竜」に会い、話をして生きて帰ってきた「竜の眷属」の1人である。

 そんな伝説の騎士ジーンでも、「紫竜」と遭遇した際は、ほうほうのていで逃げ帰っているという。


 創世竜の恐ろしさは、どんな魔法も効果が無い事。

 どんな武器もかすり傷一つ負わせる事が出来ない事。

 竜の炎は数千度から数万度と言われていて、これはどんな魔法効果も打ち消して、直接数字上の温度で焼かれてしまうと言う事。しかも、竜の意志でしか消えない炎だという。

 残忍な創世竜は、低温で長く苦しめて人を殺す事があるという。機嫌の悪い創世竜と出会ったら、ただでは死ねないのだ。

 

 武器も魔法も効かず、攻撃も魔法で防げないのだから、神も魔神もどうあがいても創世竜には敵わない。

 創世竜は、その名の通り創世記から生きていて、様々な事を知っているので、信仰を集めてもいる。

 創世竜に関しては謎だらけなのだが、ある種の決まり事でもるのか、「四柱の竜に認められた者は『竜騎士』となる」などという伝説が語り継がれている。

 事実、約200年前に竜騎士になった人物が、有史以来初めて出た。

 その竜騎士の名前は「アル・ディリード」。元は単なる羊飼いだったという話しだ。

 

 創世竜は、その姿も様々である。

 「白竜」は比較的人間に友好的と思われている。白く美しい羽毛に包まれていて、鳥のような翼を持つ竜である。グラーダには度々飛来してくるので、グラーダの守護竜とされているが、棲み家はグラーダ南東の「カナフカ国」。

 「黒竜」はとてつもなく巨大な竜で、全身が真っ黒の鱗に包まれ、長大な飛膜翼を有している。強欲な竜で、金銀財宝を集めていて、希に遠くの国にまで強奪に来る事がある。棲み家は白竜の棲み家のさらに南東の大きな島「黒竜島」である。

 他に、祖父が遭遇した「紫竜」。そして「緑竜」、「海竜」、「青竜」、「黄金竜」、「天竜」、「聖竜」、「双頭竜」。そして最も凶暴で恐れられているのが「赤竜」。

 これが十一柱の創世竜である。


 その創世竜の中の「白竜」が、カシムが生まれた日の夜、カシムが産声を上げるとともに、ペンダートン家の上空で炎を吹き上げながら吠え、3回旋回して、また南東に飛び去っていったと言う事だ。

 ジーンと会合したことも有り、ジーンに何らかの感情でも抱いていたのかも知れないが、会合以降、一切接触を図った事は無かった白竜が、何故かカシムの誕生を祝うかのように飛来して去って行ったのだ。

 これによりカシムには「何かがある」と、家族全員が思い込んだのだ。





「それと、お前には何か分からないが特殊な力か、特別な運命が『竜恵りゆうけい』として授かっているのかもしれん。我らがお前を特別に感じるのはその為かもしれんな・・・・・・」

 途中で、祖父が竜と遭遇した時の話しや、他の創世竜の伝説なども踏まえながら、たっぷり2時間の壮大な物語を聞かせられた。

 もう何度も聞いているはずなのに、家族たちからは拍手、喝采が飛び、祖父も満足そうに咳払いをする。


 時間は23時。話し終えた祖父が立ち上がる。

「さて、今日はもう遅いし、これでお開きとしようではないか」

 祖父の言葉に安堵する。今夜は寝れないかと覚悟していたから、こんなに早く解放されるとは思わなかった。やっと休める。

 家族たちも、伸びをしながら立ち上がったり、後片付けに向かったり。


「では行くぞ、カシムよ」

 祖父の言葉に嫌な予感。

「え?ど、どこに?」

 祖父はあきれたような顔をする。

「何を言っとるんだ。修行に決まっとるだろう」

「ええ?今から?」

「早いほうがいい。右目が見えなくなったからには、それを補う修行が必要だ」

 それを聞いた兄たちが、何故か嬉しそうに俺の肩を抱いたり頭に手を置いたりする。

「おお。総長閣下。それは『みようぎよう』ですね?!」

「うむ」

「俺たちもやったなぁ~。2週間も掛かっちまった」

 オグマがキースと笑いながら言う。

「無明の行?」

「総長閣下の異名の一つに『無明』ってのがあるだろ?それを習得するための修行だ」

 キースが説明し掛かったところで、祖父が2人から俺を引きはがす。

「説明されて出来るたぐいのものでは無い」

 オグマが頷く。

「その通りでありますな。カシムめをよろしくお願いします」

「うむ」

 俺の修行開始が決定する。この家族は俺に甘いのに、俺に厳しい・・・・・・。

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