冒険の始まり  修行 1

「俺、まだ体調良くないんだけど・・・・・・」

 一応言っておく。目の傷が熱を帯びていて、頭は痛いし、熱もある。

「?・・・・・・心配するな。この修行はゆっくり寝る事が出来る」

 意味不明なことを言いながら、祖父は俺を引きずるように、広大な庭の一角に連れて行く。

 鍛冶工房の裏に、地下室の入り口があった。こんな所に地下への入り口があったとは知らなかった。俺はこの家の半分も把握していない。

 

 地下室に入る前に、祖父は鍛冶工房の倉庫から、奇妙な兜を持ってくる。

 頭部から顔全面まで、全て鉄で覆われていて、穴は・・・・・・何故か後頭部に小さくいくつか開いているだけ。首の部分も体に密着するように、キルトが貼り付けられている。後頭部が大きく開き、頭を入れる仕組みになっている。しかも開閉に鍵が必要になっている。

 口の部分に切れ込みがあり、開閉できる機能があるようだ。

「これを今からお前が装着するのだ、カシムよ」

「ええ?」

 こんなものを被るなんて恐怖でしか無い。

「これはな、暗闇で、耳も聞こえない状態でも敵を察知し、戦闘できる様になるための修行だ。右目を失った以上、死角は増え、距離感にも支障が出てくる。その為、お前は『無明』を身に付ける必要がある」

 祖父の異名の一つ「無明」とは、光の一切無い洞窟内で、野党集団を打ち倒した時についた異名だそうだ。

 祖父は真の暗闇でも、光ある場所と全く変わらぬ戦闘力を発揮できる。

 そう言われるとやらざるを得ない。兄たちもやった修行なのだから死ぬ事は無いだろう・・・・・・と、願いたい。

 恐る恐る兜を手に持つ。意外に軽い。しかも絹のような手触り。まさかミスリル製か?

「その通り。ミスリルで出来ている。なので、見た目と違い、着け心地はそれほど悪くないぞ」

 祖父が説明する。

「それを装着すると、修行が終わるまで鍵を掛けて外せなくする。呼吸はできるが、耳は良く聞こえなくなる。目は全く見えなくなる。食事は口のところが開くようになっている。魔法道具なので、食事や水を飲む時には口の部分が開いてくれるが、通常は閉じてしまうからな」

 魔法道具だって?魔法道具なんてべらぼうに高いと言うのに、こんなものにどれだけ金を掛けたって言うんだ?

「我が家にはこれが3つある。とはいえ、魔法道具だからな。口の開きが正確ではない物がある。だが、安心しろ。これは一番ちゃんと動くものだ」

 祖父が笑ったが、笑い事では無い。

 魔法道具は、とんでもなく希少な、生まれついての技能持ちでなくては作れない上に、効果のほどは、作ってみなければ分からず、狙った通りの物を作れる人物は今のところいない。狙ったものに近い効果を出せる技能のある人物も数えるほどだ。近年最も有名な魔具師は「ムンク」。グラーダの四大都市の1つ、工業都市「レザル」で工房を開いているらしい。ムンク製だとすると、これ一つで家一軒は軽く買えてしまうだろう。


「では、それを装着する前に、お前がこれから過ごす場所を案内しよう」

 祖父はそう言うと、鍵を開け、地下室に降りていく。

 祖父は滅多に使わない魔法を使って、周囲を明るく照らす。

 俺は魔力はあるらしいのだが、魔力が低くて一つも魔法契約が成功しなかったので、今は魔法は使えない。魔力の有無は生まれつきなので、魔力があるだけ幸運だ。これから伸びる可能性があるのだから。

 ちなみに、この魔力の有無を調べる魔法と、システムを構築したのも「賢聖」と謳われるリザリエ様である。リザリエ様の様々な功績は、ほぼ世界中の全ての人々が恩恵を受けている。


 地下に入ると、そこは細い道が入り組んでいて、まるで迷路の様になっていた。

「この地下室の広さは、約2エーカー(約八千平方メートル)」

 地下室にしては広い。

「この通り小さな迷宮になっている。ただし、地下1階のみで、階下は無い。そして、一応ベッドのある部屋、水道のある部屋、トイレの部屋もある。風呂は温泉だ」

 至れり尽くせりだな。

 確かに我が家には温泉が湧いていて、その源泉からのお湯は、近隣住民にも分け与えていたし、公共浴場で利用されたりしてる。

「まあ、湯の温度はぬるくされておるがな」

「なんで?」

「まず、湯気でこの地下室の衛生状況が悪くなる。換気はされているがな。何より、空気の温度で、簡単に湯のありが分かってしまう」

 あっ。さっきから祖父の説明に違和感を感じていたが、その正体が分かった。

「じーちゃん。『寝る部屋』とか『トイレの部屋』とか言ってたけど、もしかしたらそれらの部屋って、この広い地下室の別々の場所にあるの?」

「そうだ。全ての部屋は、この迷宮の違う場所に設置されている。まずはこの暗闇の地下室で、目も見えず、耳も聞こえない状況で生活するのだ」

 なるほど。確かに祖父が最初に言っていた様に、休む事も寝る事も出来る修行だ。


「食事は1日3回。定時にこの迷宮のどこかに置いておく。一定の時間が過ぎたら下げさせるからしっかり探すように」

 いや、これは命がけだぞ・・・・・・。

 その後、祖父は地下室を案内する。トイレと水飲み場、風呂、そして最後に寝室。全ての部屋に扉が無い。

 寝室には、着替えも毎日用意されるそうだ。衛生関係に気を遣ってくれるのは、祖父の優しさだろう。さらに、ベッドが意外にも上等なもので寝心地最高に違いないあたりも、何だかちぐはぐで、祖父がちょっとずれてるのがよく分かる。

 こう、もっと、囚人の様な生活環境かと思っていた。


「これで説明を終了する。質問はあるか?」

 質問よりも不安しか無い。そんな俺に、祖父は最後に告げる。

「良いか、カシム。目が見えず、耳が聞こえない状態というのは、想像を絶するほどに過酷だ。気を強く持て。たとえどれほど孤独を感じたとて、ワシは常にお前の側にいる。それを忘れるな」

 俺は祖父の目を見て、胸に手を当てて応える。

「分かりました、師匠!」

 祖父は「うむ」と頷くと、兜の装着を手伝い鍵を掛ける。



 兜の被り心地は、確かに悪くない。軽く、肌に当たる部分も冷たさを感じない。呼吸は少しし辛いが、それで蒸れたり熱が籠もったりもしない。希少金属ミスリルの特性だ。

 光はすでに全く見えない。音もきっとかなり聞こえづらくなっているはずだ。

 

 その日は、そのままベッドに倒れ込み、ぐっすり眠った。




 目が覚めたものの、時間が分からない。

 しまった。この修行は時間の感覚も大切なんだ。朝も夜も分からない状況で正確に時間を把握しなくてはいけない。

 祖父が言っていたが、食事の時間が決まっているし、一定時間で下げられてしまう。日付も把握している必要がありそうだ。

 俺は昨夜の就寝時間を考える。

 22時ぐらいに会がお開きになり、その後、祖父にこの地下室に案内された。それから説明を受けたので、修行開始したのは恐らく23時過ぎだ。


 1日は25時間で、俺は大体、普段何も無ければ6時間~7時間睡眠を取って自然に起きる。だが、ここ最近はケガの療養で不規則になっていた。

 ああ~。こんなことなら療養中の睡眠時間を把握しておけば良かった。

 後悔しても仕方が無い。とりあえず起きた時の体調から考えて、今日は割としっかり寝られたと考えると、7時間寝た事としよう。すると、23時半に就寝して、1日25時間だから、今は朝の5時半・・・・・・。


 合っているかどうか分からないが、今は2月26日の5時半という事にする。


 1年12ヶ月、1ヶ月は33日、1週間は7日間、1日は25時間。

 これがエレスの暦だ。


 兄たちはこの修行が終わるまで2週間かかったと言っていた。俺は兄たちより才能に劣る。だから、3週間ぐらい掛かると考えると、3月13日ごろまでに修行を終えられればいい方かな?


 これからどうするか?まず、食事がいつ出されるか分からない以上、食事を探す事にしよう。その間にこの迷宮を探索して、水飲み場を最優先で探さなければいけない。

 それから、当然だが、この部屋の位置を覚えておく必要がある。


 この地下室の全容を把握する事に関して、俺はそれほど心配していなかった。迷路の攻略法は昔から決まっている。

 片手を壁に当て続ければ、グルグル回ったり、遠回りしたりしつつも、必ず出口にたどり着けるのだ。

 俺は右手を壁に当てて、ゆっくりと歩き始める。しばらく歩くと、トイレが見つかる。俺はそのまま素通りして歩き続ける。更にしばらくあちこち曲がりながら進むと・・・・・・元のベッドのある部屋に戻ってきた。


「あれ?水飲み場は?風呂は?」


 ああああ!!

 迷路の攻略法は確かに片手を壁に付けて進む事だ。だが、ここは迷路ではないし、出口にたどり着けばいいというゲームでは無い。全ての壁が全ての通路につながっているわけでは無いのだ。壁伝いではたどり着けない全ての通路、部屋を把握しなくてはならないのだった。

「俺は馬鹿か?」

 思わず自分の頭を叩こうとして、兜を叩いてしまう。あまりに自然な着け心地だったので、兜の存在を忘れていた。

 

 俺は自失から立ち直ると、今度は床に這いつくばる。手を伸ばして、床から壁から触りながら、とにかく慎重に進む。

 一つの通路を、曲がり角、分岐まで行く度に、一度寝室に戻って空間を把握しながら進む。


 そんな作業を続けて、ようやく水飲み場とトイレと風呂の位置を確認出来た頃には、俺の時間感覚で13時を過ぎていた。結局朝飯は手に入らなかった。

 まだ、迷宮全てをしっかり把握したわけではないので、同じ作業を継続しながら食事を探す。

 

 迷宮全てを、一応把握できたのは22時過ぎ。それでも立って歩いたり、壁から手を離して目的地に行けるまでにはなっていない。それに、結局食事にはありつけなかった。腹が減る。

 水飲み場で水を飲むと、俺は寝室に戻り眠った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る