冒険の始まり  創世竜 3

 それから数日後、カシムが目覚めた報を聞いたグラーダ三世は、すぐにギルバートとリザリエを執務室に呼んだ。

 カシムの処遇をどうするか話し合うためである。

 だが、その場にアクシスも同席する事となった。執務室に向かうギルバートを見かけて、強引についてきたのだ。

 話し合いは良い方向に進みそうだし、どうせ後からアクシスには説明するのだから止むを得まいとギルバートは思い、執務室に入れてしまったのである。

 グラーダ三世も了承したものの、リザリエが実に微妙な表情でギルバートを睨んでいたので「これはやらかしたらしい」と、ギルバートは冷や汗をかく。だが、自分では何をやらかしたのかが分からない。


「カシム君が目覚めたそうだ。まずは彼の回復を祝おう」

 グラーダ三世が最初に発言すると、入室してからずっと父を睨んでいたアクシスが笑顔になる。

「アクシスにも言っておくが、今回のお前の誘拐事件や、地獄教の件は公に出来ない。その理由は分かるな?」

 父の問に、アクシスは頷いた。

「もちろんですわ、お父様」

 この4人はその理由を承知していた。この城の最奥にある部屋についてと、アクシスの生まれ持った力の事は絶対に秘密にしなければいけないのだ。

「であるから、カシム君の今回の功績も残念ながら公には出来ない。無論今回の件で彼に報いる為にも、ペンダートン家に密かに恩賞を与えている」

 3人共にグラーダの言葉に頷く。

「アクシスがカシム君と結婚したいと言う気持ちは承知した。だが、カシム君は・・・・・・なんと言ったか?考古学者?とかいう職業で、何の功績も挙げていない事になる。それではいくらペンダートン家の者だとしても、さすがに周囲は納得すまい。いや、むしろペンダートン家だからこそ、騎士にもならなかったカシム君を認めまいとする者が多かろう。何を隠そう、この俺こそその考えが強い」


 グラーダ三世にとって、ペンダートン家は特別なのだ。ジーンから三代、軍の要職に就いてるし、実績が多大である。普通に考えるとすでに親衛隊をしている双子の兄たちのどちらかがアクシスと結婚するのだとしたら、さすがのグラーダ三世も反対する事は難しい。

「そこで、ギルバートの進言を入れて、カシム君を冒険者として、何らかの任務を俺、すなわちグラーダ国王の名で与えて、それを達成する事で功績とする事に決めた。無論、そう簡単な任務にするつもりはないが・・・・・・なに、ペンダートンの男なら達成できるだろう」

 一同は頷く。

 つまり、無名のカシムに、世界一の超大国の国王が、その名を以て、指名依頼をし、それをカシムが達成する事で、カシムの名に、「じつ」と「はく」をつけるのだ。


「任務の選定はいかがなさいますか?実はすでに、ギルドから難易度の高い、適当な依頼内容を一覧にして用意させ、こちらに持ってきてあります」

 一覧と言いつつも、結構な厚みになっている紙の束をグラーダ三世に手渡す。

「ほう。さすがに準備がいいな」

 グラーダ三世が一覧を見ると、アクシスも興味深そうに紙の束をのぞき込む。その様子にグラーダ三世の目元が緩む。

「俺としては不本意ではあるがな。アクシスが望むのだから、カシム君が俺の出した依頼を達成する事が出来たら、その時はそれを功績としてお前との結婚を認めてやろう」

 室内に金色の光が走る。

「本当ですね!お父様!!」

 アクシスの髪が金色に輝く。

「ああ」

「ありがとうございます、お父様!!お父様、大好き!!」

 アクシスはグラーダ三世の頬にキスをする。

 グラーダ三世の表情がデレデレに溶ける。こんな姿は他の誰にも見せられない。ジーンに見られてもいけない。必ず全員が叱られる。ジーンは自分の孫愛のひどさを自覚していないのだ。

 アクシスは宙にも浮きそうな足取りで、執務室のドアを開けて出て行こうとする。だが、ドアから出て行く前に後ろを振り返ると、一言付け加えた。

「でも、お父様。あんまりひどい任務にしたりしたら、キライになりますからね!」

 無邪気なはずの一言が闘神王の何かを破壊した。デレデレに溶けた表情が、一瞬で虚無に陥り、闘神王の膝をくじく。

 世界最強の男がその膝を地に落とす。第一級神ですら困難な偉業である。

「フフ・・・・・・。フフフフフフ。・・・・・・覚えていろ、あの小僧が!!フハハハハハハハハハハハッッ」

 膝をついた闘神王は、両腕を広げて天に吠えた。

 リザリエが非難がましい目でギルバートを睨む。ギルバートはうなだれる。

「だから私は『賢政』なんて呼ばれたくないんだよ」

 リザリエに遠く及ばない己をまたしても深く思い知る事となった。






 アクシスは、俺が自宅に戻る日まで、毎日俺の病室を尋ねてきていた。

 アクシスの事を「王女殿下」と俺が呼ぶと、頬を膨らませてすねる。

「アクシス姫」

「お兄様!アクシスとお呼びください!」

「ア、アクシス・・・・・・さま?」

「ア・ク・シ・ス!アクシスとだけお呼びください!」

「それは無理です。ご容赦ください」

 俺がそう言うと、涙目の顔を思いっきり近づけて、上目遣いで見てくる。

「わたくしを救い出してくれた時は、昔の様にアクシスって呼んで、昔の様に接してくださったじゃないですか!わたくしはとても、とぉ~っても嬉しかったんですよ!」

 頬も耳も真っ赤になって感情をむき出しにしている。幼い時のアクシスのままで、王女のアクシスでは決してなかった。

「あの時は、もう無我夢中で、そこまで気が回らなかったんだ・・・・・・ですよ」

「お兄様!」

「俺の事こそ、カシムとだけお呼びください」

 俺がそう言うと、アクシスは本当にポロポロと泣き出した。「わかった!わかったよ!降参だアクシス!2人っきりの時はあの頃と変わらずに接すると約束する!」

 俺が両手を挙げると、アクシスは泣き止んだ。

「本当ですか?」

「ああ。本当だ。でも、他の人がいる時はちゃんとするからな!」

「嬉しいです!お兄様!」

 アクシスが髪を輝かせながらしがみついてくる。こんなところを誰かに見られたら不味いのだが、それでも俺も何だか懐かしい気持ちになり嬉しかった。

 アクシスがまた、妹のように感じられる。俺がアクシスの頭をなでてやると「エヘヘ」と子どもの時の様にアクシスが笑った。


 だが、アクシスは何も分かっていない。君の親父の事だ。

 アクシスが俺とは本当の兄妹では無いと知ったあの数日後、アクシスの様子を心配したグラーダ王がアクシスの元を訪れた時の事だ。

 俺は隣の部屋で勉強をしていた。グラーダ王が来ているのは知っていた。アクシスを心配しての事だろうと思っていたし、忙しいのにしっかり時間を割いて来たのだと感心もしていた。だが、アクシスは無邪気な爆弾を投げる癖がある。

「お父様。お兄様とあたしは本当の兄妹じゃ無いのね?」

「・・・・・・そうだ。だが、カシム君はお前をかわいがってくれているんだろ?」

「ううん。兄妹じゃ無いのは別にいいの。だって兄妹じゃ無いからあたしとお兄様は結婚できるんだもん!!」

 俺は漏れ聞こえてきた会話に、イスから転げ落ちた。

 その翌日、俺は城の育児室から出されて実家に戻る事となった。

 

 アクシスの事だ。今回の事でもかなり爆弾発言をしているに違いない。そう思うと、城から出るのは有り難いが、実家に戻る足取りも重くなる。出来ればこのまま旅に出てしまいたい。

 だが、俺はまだ体調が回復しきっていないし、祖父が「至急修行しなければならん」と地獄の修行の宣告をしていたので、逃げるわけには行かない。

 


 目が覚めた翌日には、ノリス隊長同席の元、俺の審問が行われた。俺は事の経緯を、覚えている限り詳しく伝えた。同時に俺の知らない事情を教えられる。

 アクシスが掠われた経緯と、敵の正体。

 敵の正体は「地獄教」教徒である。地獄教と言うのは、教義や理念はよく分からないが、目的としては地獄をこの世に顕現させる事である。

 その方法が殺人やテロ、誘拐など様々な社会悪、人類悪を繰り返す集団である。「モンスター」と同義で、殲滅せねばならない集団だ。

 今回の俺と、アクシスの証言で、その教義が、常人では理解できないめちゃくちゃなモノだと知れた。

 いはく、「生きるも死ぬも、殺すも殺されるも、何度でも好きなだけ出来る世界の実現」である。

 正気を疑うような内容である。

 

 それと、あの時ほとんど魔法攻撃を受けなかったのには理由があり、地獄教徒のほとんどは魔力の無い人間で、魔法を使えても、同志の前で使う事は避けるのだそうだ。だが、強力な魔法を使える信者もいるらしい。

 そして、あの危険な弓矢使いと、右腕を失った棒術使いだが、名前が分かった。

 弓矢使いは「ヴァジャ」。棒術使いは「ウシャス」。

 そして豪華な服を着ていた爺さんは「大司教デネ・ポルエット」。地獄教の中でも最大勢力のラジェット派のトップである。

 これらが分かったのは、アクシスの証言と、デネ・ポルエットの名前は以前から囁かれていた名前だったとの事だ。

曰く、地獄教は滅びておらず、ラジェット派、ジンス派、カキーマ派などの主立った3つの宗派が、未だに活動を続けている。ラジェット派の大司教はデネ・ポルエットという名前だ、と。

 

 そして、デネには3人の高弟がいて、それが恐らくヴァジャとウシャスであろう。そしてもう1人はきっとデネを庇って負傷した大男の「ロビル」だろう。

 1人高位の魔法使いがいるらしいので、このロビルの事で間違いないだろう。そうすると、ロビルが気絶してくれていたから俺は脱出する事に成功した事になる。実に幸運だった。


 そして、衝撃的だったのが、どうやらこの4人は、あの場から逃げ出す事に成功しているらしい。討伐された死体の中に、俺やアクシスが証言したような人物はいなかったと言うのだ。

 

 

 ノリス隊長が、俺が気を失った後の顛末を話してくれた。

 祖父はそのまま本陣に陣取り、指揮をして、500人から成る地獄教徒たちとの戦闘を行った。祖父の率いる200騎はいずれも一騎当千の強者揃いで、寡勢かせいでも難なく敵を討ち取っていった。と言っても、敵は一般の地獄教信徒が多く、戦闘訓練された者は、ほとんどがアクシス誘拐部隊に配置されており、武装も整っていない状態で、老いた者や女性も半数いたそうだ。

 それでも地獄教徒たちは凄惨を極めた。

 

 彼らは同じ信徒が倒されていっても、嬉々として騎士に飛びかかって来たそうだ。恐怖とか、苦痛とか考える事も無く、腕が切られようが、腹を突かれようが、臓物を引きずりながらも笑いながら騎士たちに掴みかかろうとしてきたのだ。


 グラーダ条約により、他国間での戦争が禁止された事により、グラーダ狂王戦争以来、戦争が無くなった現在は、騎士といえども、戦闘訓練をしてきたといっても、実戦経験の無い者もいる。

 そんな騎士たちに、動揺が広がる程異常な戦闘だった。


 それでも、古参の部隊長たちが叱咤して、敵を殲滅できた。

 当然、捕虜もいたが、ほとんどが自害し、自害を阻止された数人が今も尋問を受けているが、尋問中に自害したり、すでに正気を失っていたり、何も収穫は得られていない。


 局地的な戦闘で言えば、祖父の200騎が地獄教を殲滅させた事で終局を迎えたが、俺の父であり、現在のグラーダ国軍の総指揮官である大将軍ガルナッシュ・ペンダートンが周辺一帯を包囲して、祖父の率いる軍が討ち漏らした地獄教信徒を捕縛、殲滅していくと共に、周辺国へのにらみを利かせる。


 更に、市井に紛れる地獄教信徒の捜索にあたっていた。

 その結果、遺跡にいなかった200人ほどの地獄教信徒をあぶり出す事に成功していた。とは言え、それは氷山の一角に過ぎず、その捜索はまだ継続して行われている。


 それほどの規模での包囲や捜索がされていたにもかかわらず、今回の事件の首謀者であるデネ大司教と、その高弟3人を取り逃がしたのは、俺が発見した通路の他にも隠し通路があったからだそうだ。

 殲滅終了後に調査した結果、かなり巧妙に隠された通路があり、十数キロメートルもの地下通路となり、海岸まで続いていたと言うのだから驚きだ。数年かけて、密かに準備してきたのだろう。

 

 いずれにせよ、数百人の信徒を見殺しにして、自分たちだけ逃げ延びるとは、恐ろしい限りである。

 あの連中がまた仕掛けてくると言うのなら、俺はもっと強くならなくてはいけない。

 少なくともヴァジャのかけた呪術を打ち破れるようになる必要がある。

 呪術師と戦った経験のある祖父が言うには、呪術に対抗する一番の手段は「気力」とか「気合い」らしい。

 俺はあの時、驚愕と、混乱と、痛みと、アクシスを守らなければとの焦燥が強く、また未熟だったため、気迫はあったものの呪術に対抗しきれなかったのでは無いかというのだ。言われてみればそうかも知れない。よく分からないが・・・・・・。

 まあ、あの祖父は普通じゃ無いから当てにならないかも知れない。

 

「それとね、カシム君」

 ノリス隊長が言いにくそうな表情で告げる。

「君が新発見した遺跡の通路だがね。・・・・・・国王陛下によって調査は禁止されたよ」

 俺は驚く。少なくとも遺跡の新発見は直接的には事件とは関係ない。学術的な調査をするのは当然だと思っていた。

 また、遺跡に使われていた素材。あの鉄のような、それでいて遥かに丈夫で腐食しない素材は、研究する事で様々なメリットがあるように思える。

 特にグラーダ国の文化都市アメルにある世界一の学問研究機関、王立高等学院、通称「アカデミー」に送れば、かなり有意義に活用されるはずだ。

 技術革新に意欲的なグラーダ三世が、その研究を中止する理由がわからない。


「何故ですか?」

 俺は思わずベッドから身を乗り出してノリス隊長に尋ねる。

 俺にとっては、今日得た情報の中で、一番の衝撃だった。

「・・・・・・私にはわからない。ただ、国王陛下は名君であらせられるし、賢聖リザリエ様も今はお側におられる。必ず理由があるはずだ」

 俺はグラーダ三世を名君だと言う事は認めているし、尊敬しているが、個人的な感情では好きではない。

 しかし、リザリエ様の名前を出されると納得せざるを得ない。リザリエ様のこれまでの功績はもちろんだが、伝え聞くその人柄も尊敬と好感を抱くに充分すぎる人物だった。

「ただね。今は無理だが、その内遺跡の新発見を公表する時が来たら、カシム君の名前で発表される事になっているそうだ」

 俺は自分の名前で発表される事など、今まで考えていなかったので、一瞬どういうことなのか考える。

「おお」

 それは凄い事じゃないか!?例え小さな発見でも遺跡の発見者として名前が残る。新米ではあるが、一考古学者として、大変な栄誉だと思う。思わず拳を握りしめた。

「おめでとう」

 ノリス隊長が目を細めて俺を見た。

 


 その後、補足的に聞いた話では、アクシス護衛の指揮をしていたベンドルン・ゼスは、アクシスは無事帰還できたものの、その責任は重大であるとしてただ1人処刑されたという事も知った。

 本来であれば、もっと大勢の人々が処罰されるほどの大失態だったのだが、隊長1人で済んだのには、公に出来ない理由があった。

 ベンドルン率いる護衛部隊全員の堕落に、地獄の魔物が関与していたとしか考えられない節があったのである。でなければ、真面目で実直だったベンドルンが、ああも堕落はしなかっただろうという事だ。


 地獄の魔物は、肉体を持たない者もいて、そうした連中は人の弱い心に堕落を囁きかけるのだという。そして、その人が気付かないうちに堕落したり、猜疑心を植え付けたりするそうだ。

 歴史に残る大事件である、7年前のアインザーク国によるドルトベイク国侵攻未遂事件にも、地獄の魔物が関わっていたそうだ。

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