冒険の始まり 創世竜 2
「む。気がついたか・・・・・・」
祖父の声に、ボンヤリしていた頭が働き出す。
「ッッ!?」
体を起こそうとすると、全身、特に右目に激しい痛みが走る。目を開けようとするが、右目は固く閉じたまま開く事が出来ない。
「右目はもう使えん。義眼が入っておる」
祖父の指摘に、俺は気を失う前の記憶が一気に蘇る。
全身の痛みを押して上体を起こすと、祖父に尋ねる。
「アクシスは?!」
すると祖父から怒声が飛ぶ。
「馬鹿もん!王女殿下と呼ばぬか!」
俺は自分のうかつな発言に首をすくめる。そうだ。俺はもう子どもの頃の俺では無い。王女であるアクシスの名を気安く呼んだりしてはいけないのだ。
「王女殿下はご無事ですか?」
言葉を改めつつ祖父に尋ねると「うむ」と答えつつも祖父は微妙な表情をした。
ああ。そうだった。祖父は結構めんどくさい性格をしていた。
あれは俺が10歳の頃の事だった。
それまで俺は祖父の事を、気安く「じーちゃん」と呼んでいた。だが、修行の時は「師匠」と呼ぶし、軍の訓練に参加する時は「総長閣下」と呼んでいた。
更に父も、年の離れた双子の兄たちも、家でも「総長閣下」と祖父を呼んでいたので、俺もいい加減態度を改めるべきだと思ったのだ。
そこである朝、起きてきた祖父に「おはようございます。総長閣下」と張り切って挨拶をした。ちゃんとした態度を取って誉められると内心期待していた。
ところが祖父は「うむ」と小さく頷くだけだった。
ボンヤリしていたのかと思い「総長閣下。お食事の準備は出来ております。ご一緒に参りましょう」と、つたなくも何とか丁寧な言葉で伝えたところ、やはり「うむ」と言っただけだった。そして、少し妙な表情をしたと思ったら、そのまま自室に引き返してしまった。
それからしばらく自室に引き籠もってしまった。
俺が何か失礼な事をしたのではと心配して、祖母に相談したら、祖母は怒りながら言った。
「あの人ったら、全く素直じゃ無いんだから!」
そしてプリプリした表情のまま俺に言う。
「いい、カシム。あなたは素直に思った事を表現できる人になりなさい。あの人はね、急にかしこまられちゃったもんで淋しくなってるだけなのよ。いつもの調子で声かけてごらん。すぐに機嫌を直すはずよ」
そこで、俺は祖父の部屋の前に言って大声で言った。
「じーちゃん。晩飯できたって~。一緒に食いにいこ~」
するとすぐに部屋のドアが開き、しかつめらしい顔をした祖父が「うむ」と言って出てきた。それ以来、俺は家では子どもの様に祖父に気安く話しかけるようにしている。
今も、敬語をちょっとだけ使ったので、淋しさを感じたのだろう。
「王女殿下は無事だった?じーちゃん」
めんどくささを感じつつ言い直すと祖父は経緯を語ってくれた。
「うむ。アクシス姫はご無事だ。お体の疲労はひどかったが、回復薬によってすぐに回復なさった。お前は6日も寝込んでおったが、どうやら毎日様子を窺いにいらしていたそうだ」
そうか。毎日・・・・・・。アクシスらしいな。
しかし、俺は6日も寝ていたのか。魔法で回復の治療を受けたに違いないのに、それでも6日・・・・・・。
しかし、義眼か。部位欠損でも我が家の回復魔道師なら直せるはずだ。何か事情があるのだろうか?
俺は祖父にその点の疑問を伝えると、「呪術」について教えてくれた。アカデミーで研究が開始されて、呪術師と名乗る者を招集したり、東の島国アズマの方が発祥らしいので、何とかアズマの協力が得られないか模索しているそうだ。とは言え、アズマは厳しい鎖国制度を取っているので、状況ははかばかしくないそうだ。
鏡を見ると、右目に縦の大きな傷があり、閉じたまぶたは動かない。傷近くのまつ毛は焼けてしまったが、他の部分のまつげは真っ白になっていて片目だけ白いまつ毛の妙な状態になっている。
他の体の傷はきれいになっているらしい。手のひらの傷も残っていない。
あの時、弓矢使いの男がゆっくり
俺が鏡を見ていると、祖父が小言を言う。
「あの程度の傷で6日も眠り続けるとは、まだまだ修行が足りんな」
そうかもしれない。俺は弱い。
そこでふと思う。
「ねえ、じーちゃん。じーちゃんも大けがとかしてたことあるの?」
伝説によれば、祖父は7歳の時にはもう一軍を率いて戦い、しかも大群相手に少数で勝ちまくり、一国の滅亡を救ったと言う。
後には「神殺し」なんて事もしたし、「竜の眷属」の称号も持っている。「百の称号、千の伝説を持つ男」なんて言われているのだ。
とんでもない冒険の数々をして来た人物だ。どんな苦難に遭い、どんな強敵と戦ったのだろう。そう思うとどんなケガを乗り越えてきたのか知りたくなった。それに、伝説の白銀の騎士がケガをするところが想像できない。大いに興味を引かれた。
すると祖父は一瞬虚を突かれたようだったがすぐに答える。
「当たり前だ。ワシもそれはそれは大変なケガを・・・・・・」
と言いかけるが、言葉が続かず、天井を見上げる。やがて首を何度かひねって「あ・・・・・・、ああ~~・・・・・・」と呻く。
そして一つ咳払いをすると誤魔化した。
「そんな事より、回復したらすぐに修行を開始するぞ。今のままでは考古学者も安心して続けさせる事が出来ん」
俺は愕然とする。「百の称号、千の伝説を持つ男」と言われているが、驚愕すべき新しい、俺以外誰も知らない偉業と異名を知ってしまった。
「生涯無傷」という伝説だ。
闘神王でさえ、「歌う旅団」との戦いで手傷を負っている。
祖父の新たな伝説が正しいのか、俺には確認する勇気が持てなかった。
「それはそうと、アクシス姫が、お前の事を色々王に報告なさったそうだ。面倒な事にならぬと良いが・・・・・・」
祖父が再び雷撃を俺に与える。あの王に、祖父が俺を思う以上に娘を溺愛しているあの親父に、あの時のアクシスが色々報告したとすれば、面倒ごとは避けられない。
「まあ、今はリザリエが側におるから、そこまでやっかいな事にはならんだろうとは思うが・・・・・・」
「わたくし、カシム様と結婚いたします!」
アクシスの第一声である。
「・・・・・・っっっ!!!!」
グラーダ三世が尻餅をつく。一万の軍勢でさえ成し得ない偉業である。
「あ、あくしゅしゅ~~。お、俺は、お前の無事を、聞いたのだぞ~~?!なのに、何故あの小僧の名が出る?!し、しかも結婚だとぉ~~~?!」
グラーダ三世は大いに狼狽えて、立ち上がる事さえ出来ない。ちなみにそれは親子2人で、私室での事では無い。玉座の間の隣、王の執務室で、複数の秘書や、召使い、宰相の「賢政」ギルバート・ベックマンに、今は魔法学校の校長などの肩書きを持つ「賢聖」リザリエ・シュルステンがいる。
ギルバートは、また天井崩落とならないか心配して、天井をチラリと一瞥するとため息をつきつつ、秘書や召使いを下がらせる。下がらせる時に召使いに一つ耳打ちをする。召使いは頷いて退室していく。
「『あの小僧』ではありません!剣聖ジーン様の・・・・・・お父様のお師匠様の孫ではありませんか!カシム様はわたくしと共に育った大切なお方です。そのお方が、わたくしを命がけで救ってくれたのです。カシム様がおられなければ、わたくしの首は切り落とされ、地獄教の儀式の生け贄にされていました」
「ぐうううっ!」
グラーダ三世は未だ立ち上がれず、うめく事しか出来ない。世界を席捲した王が、闘神王が一方的にまくし立てられている。
「もし私が、あの儀式の生け贄にされていたら、何が起こったか、お父様もおわかりのはずです!」
その言葉にはグラーダ三世だけで無く、ギルバートもリザリエも息を呑む。
「聖魔大戦勃発」
誰がその言葉を口にしたのか。
「つまりカシム様は、わたくしの命の恩人と言うだけで無く、お父様や世界にとっても恩人なのです。ですから、わたくしは昔からの願い通り、カシム様と結婚します!!」
「小僧の・・・・・・い、いやカシムの功績は分かった。・・・・・・だが、なぜ、そこで『結婚』が出てくる?」
グラーダ三世が絞り出すように疑問を投げかける。論法としては確かに何の整合性も無い。だが、質問したが、グラーダ三世はその答えを聞きたくなかった。
アクシスはきっぱり言い放つ。
「当然、愛しているからですわ!!!」
ゆらりと、闘神王が立ち上がる。アクシスの方を一切見ずに言い放つ。
「あの小僧の功績は認めてやる!・・・・・・だが、結婚はゆるさん!」
そして、そのまま執務室を出る。
プリプリ怒るアクシスと、肩をすくめるギルバート。
リザリエはギルバートに目配せをすると、ギルバートは一つうなずく。
そしてリザリエも執務室を出る。リザリエはグラーダ三世の後を追った。ギルバートが召使いを退室させる際、王の自室に誰も近づけてはいけない事を指示していた。
残ったギルバートはアクシスをなだめる役である。
ギルバートは、鋭く冷たい目つきをした男で、年齢は39歳と、宰相としては若いが、切れる様な冷徹さで合理的な判断をし、グラーダの政治を非常に良く支え、回していた。人を寄せ付けない雰囲気を持つ男だが、アクシスには穏やかな表情を見せる。
「姫。あまり怒らないでください」
長身のギルバートは膝を曲げて、アクシスと目線を合わせると優しく微笑む。
「カシム殿の功績は、もはや誰もが認める事です。もっとも、事が事だけに秘密にしなければならない事でもあります。それをご承知ください。そんなわけで、今回の事を功績としてカシム殿と姫のご結婚の理由にする訳にはいかないのです」
アクシスは頬を膨らませる。
「それではお兄様が・・・・・・カシム様があまりにもお可愛そうです!」
「私どもとしても、他国の王子や貴族との政略結婚など一切望んでいないし、必要もありません。それくらい我がグラーダは力を持っています。それ故に姫には思いを寄せる殿方と添い遂げて戴きたいと願っています」
それを聞くとアクシスの表情が一気に明るくなる。栗色の髪が一瞬で黄金色になり、室内を照らす。その様子にギルバートは微笑みつつ思う。
『この方の髪は、正にあの御方だ。この力に頼らずに済む時代にしたいものだ』
「それでは、わたくしはカシム様と結婚できますか?」
ギルバートは苦笑する。
幼い頃、アクシスはギルバートにいつも相談してきていた。この事を話せるのはギルバートだけだった。
だが、いつの頃からかカシムの事を話すのをやめてしまっていたので、幼い恋心は幼いまま消えてしまったのかとギルバートは少し淋しい思いをしていたのだ。だが、今日のアクシスの様子から、そうでは無い事をギルバートは知った。
アクシスの思いは消えるどころか、年を追うごと、日を追うごとに強くなっていっていたのだ。ただ、成長するに伴って、それを秘さねばならない事を自覚しただけなのだ。
そして、今回の事件があり、もう強い想いを心の内にしまっておく事が出来なくなって、溢れ出したのだと知った。
「姫。私はカシム殿と姫の結婚を応援します。なんと言ってもカシム殿はジーン様のお孫さんだ。家柄もこれ以上無いと断言します。・・・・・・ただ、カシム殿自身は、公には功績をあげておりません。なので、何らかの功績を挙げて戴ければ、もう王も反対する事は出来ないでしょう。私からも王にそう進言いたします」
「お願いします、ギルバート。さすが『賢政』ですね」
アクシスは花が咲いたような笑顔で礼を言うと執務室を去って行った。
一方、「賢政」と呼ばれたギルバートは苦々しげな表情をする。ギルバートは自身が「剣聖」「賢聖」に並んで「賢政」と呼ばれるのを嫌がる。前者2人に並ぶほどの能力は自分には無いと思っているので、人々が「賢政」と言うのを快く思っていないのだ。
だが、嬉しそうなアクシスの足取りを見て、ギルバートは頬を緩めた。
「さて、後はあなたにお任せしますよ、『賢聖』リザリエ様」
リザリエは、以前は主席魔道顧問官という、国に仕える魔法使いとして最高位にあたる魔道師で、狂王騒乱戦争以前からの働きと、狂王騒乱戦争後の魔法システムに関する大改革や王立高等学院「アカデミー」の設立や魔法学校の設立。様々な社会改革で多大な影響を世界に与えた大賢者である。その為「賢聖」と人々に讃えられている。
しかし、本人は控え目な性格で、優しく実直。63歳でなお少女のような純粋さを持ち、若い頃も美しかったが、老いてなお美しさが損なわれていない人物である。
グラーダ三世が生まれる前からグラーダ国に仕えており、グラーダ三世も「姉」と慕って、ジーン共々絶大な信頼を寄せている。
そのリザリエが、グラーダ三世の部屋をノックする。
「私です。入りますよ」
とても穏やかな声音だ。
「・・・・・・どうぞ」
力の無い返事があったので、リザリエはドアを開けて入室し、後ろ手にドアを閉める。ギルバートの配慮によって、人払いがすませてあるので、しばらく誰もグラーダ三世の部屋には近寄らない。
「姉上。お叱りにいらしたのですか?」
公の場でなら、リザリエはグラーダ三世の臣下だが、個人的に会えば、大恩ある慕わしい姉である。少年の頃に憧れた女性である。
リザリエはゆっくり首を振って微笑む。
グラーダ三世は、ビロードの長いソファーに座り、うなだれていた。
リザリエは無言で近寄り、グラーダ三世の横に腰を下ろす。
「俺が間違っているのは分かっています」
グラーダ三世がうめくように言った。
「恩義ある師匠であるジーンにも申し訳なく思っています。あの小僧を城から追い出した時、俺は激しい罪悪感と後悔に襲われました。でも、どうにも感情が・・・・・・感情だけは思うままにならず暴れ狂うのです」
リザリエは、まだ無言でグラーダ三世を見つめる。
「俺だって、アクシスの幸せを願いたい。でも、妻を亡くした時の、あのどうしようも無い気持ちが、何倍にもなって俺を襲ってくるんです。本当に世界を滅ぼしてしまいたくなる衝動に駆られてしまうんです」
こんな独白は、リザリエにしか漏らす事が出来ない。グラーダ三世が弱みを見せられるのは、世界広しといえどもリザリエだけだった。だから、誰もがグラーダ三世の扱いに困るとリザリエに頼る。
「俺はこんなにちっさな器の男だったのかと、自分が嫌になる」
リザリエはそっとグラーダ三世の頭をなでると、そのまま自分の膝に誘う。グラーダ三世は為されるがまま、リザリエの膝の上に頭をのせる。
「淋しいのですね。・・・・・・大丈夫ですよ、アルバス。私は死ぬまであなたと共にいますよ」
リザリエはグラーダ三世のファーストネームを呼びつつ、優しく頭をなでる。グラーダ三世も、45歳になる大人だというのに、まるで少年の様に肩の力を抜いて目をつぶる。
「・・・・・・分かりました。アクシスの幸せについて、もっと考えてみます」
それからしばらくすると、グラーダ三世は立ち上がる。
「ご苦労をおかけしました、姉上。俺はまだまだ未熟です。どうかお見捨て無きよう」
そう言うと、ソファーに腰を下ろしたままのリザリエに深々と頭を下げ、リザリエを室内に残して自室を出て行った。
グラーダ三世を見送って、リザリエは苦笑する。
「手の掛かる弟ですね」
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