冒険の始まり  創世竜 1

 重症を負ったカシムの治療は、すぐにその場で開始された。

 アクシス救出の報は、やや遅れて到着したメッセンジャー魔道師によって王都に伝えられた。王都からは「早く連れて帰れ」との事だったが、アクシスはカシムの側を離れる事を堅く拒んだ。さすがに大勢の前でカシムの手を握り続けたり、「お兄様」と呼んだりする事はやめたが、片時も側を離れようとしない。

 さらに、「剣聖」ジーンも配下たちに時々指示を与えつつ、カシムの側にいる。カシムの治療している所が本陣となっているからである。

 剣聖ジーンは、眉間に深いしわを刻み、気の弱い人なら腰を抜かしそうな目でカシムを睨みつけている。しかも、ブツブツと小言を言っている。

「全く情けない奴だ。我が孫ながら不甲斐ない」

 周囲にいる配下たちは、かつて、カシムをしごいているジーンの姿を見ているだけに、身内への厳しさに冷たい汗をかく。

 

 訓練のでジーンは、カシムに対してのみ、恐ろしく非情な攻撃を加えて、ボロボロに打ち倒している様も何度も目にしていた。

 カシムが倒れると治療され、またボロボロにされる。そんな鬼気迫る訓練の光景だった。


 一方で、他の者に対するジーンは誠実で、堅くはあるが思いやりにあふれる人物だ。

 訓練でも、剣を交えると、疲れる事無く、まるで舞でも舞っているかのようななめらかな動きが出来、しかもその後、剣の腕が上がる。そして、ジーンとの稽古を思い出しながら訓練する事で、確実に一つ強くなれる。

 時に厳しく訓練をする場合があるが、全てその人、個人個人の課題であったり、伸びるべきポイントを押さえた上で指導する事が出来る人物だ。


 王宮の官僚たちは、「ジーンは孫に甘い」と話しているそうだが、それは全くの間違いであると、兵士たちは思っていた。


 現に今も、我が身を犠牲にして王女を救い出し、その為に満身創痍で気を失っている孫に対して、これほど厳しい態度を取っている。

 これでは報われないと、近くで聞いていたノリスは、カシムにひどく同情する。


「たかがこれしきの事で、こんなケガをするなど、修行が足りんな」

 配下への指示の合間に文句を言う。その時アクシスが治療を行っている魔道師に声を掛ける。

「カシム様は助かるでしょうか?」

「ところで、カシムは助かりそうか?」

 ジーンの台詞もかぶる。

 薬と魔法で回復をしている魔道師は、ハッとして顔を上げる。

「は、はい!もちろんです。なんとしてもお助けいたします」

 すると「お願いいたします」「そうか」と、2人からの返事がある。 

 

 だが、実はカシムの治療ははかばかしくなかった。腕の骨折は、回復魔法と、薬の塗布で、すでに治りかけている。

 こめかみの傷、手のひらの裂傷、矢の貫通傷は、すでに完治している。

 左太ももの刺し傷は、あと少し時間が掛かる。


 厄介なのは、目の傷である。

 これはどういう訳か、回復魔法を受け付けない。

 ねつされたやじりで貫かれたという事もあるが、正直なところは原因不明である。

 外科的処置を応急的に行っただけで、懸命に様々な回復魔法を試しているところである。

 一番酷い傷である為、一刻も早く王都で治療を受けさせたい。出来れば王都メルスィンよりしっかりした医療施設のある文化都市アメルでの治療が必要である。

 回復魔道師の最高位の金リボン所持者だったが、それでも目の傷のみ、回復の兆しが見えず、今もカシムの体力、生命力を奪い続けている。

 せめて、あと2人、後続部隊としてやってくる回復魔道師の手を借りたい。


 にもかかわらず、ジーンはカシムに対して小言を繰り返している。カシムは500人以上の地獄教徒という異常者集団から、どういうわけかその場に居合わせただけの、装備も整っていない状態からアクシス王女を唯1人で救出したのだ。大変な功績である。

 尊敬に止まない総長ではあるが、さすがにあんまりにも冷たいのでは無いかと思ってしまう。

「しかし、王女殿下にここまでご心配おかけするとは、騎士として本末転倒ではないか」

「あの。カシム様は治りますか?」

「ところで治療は進んでおるのか?」

 また、アクシスとジーンの台詞がかぶる。

「はっ!あ、いえ。進んではいるのですが、少し難航しております。出来れば速やかにメルスィンにお送りすべきかと思います。」

 魔道師の台詞を受けて、ノリスが進言する。

「総長閣下。王女殿下用の馬車が後続部隊と共に到着する予定となっております。カシム様への負担を考えて、もし王女殿下のご許可がいただけるなら、魔道師と共に同乗させて戴き、治療しながら王都へ向かってはいかがでしょうか?」

 王女が乗る馬車は、路面からの影響を極力抑えられる様に出来ている特別に豪華な馬車である。揺れや振動でカシムの体力が奪われる事を避けるには最適な手段である。広さも申し分ない。

 アクシスは力強くうなずく。

「もちろん許可いたします。馬車が到着し次第、至急王都に戻りましょう」

 王女の賛意に、ジーンもうなずく。

「うむ・・・・・・。アクシス様、感謝いたします」

 そして、また難しい表情になり、カシムを睨みつける。

「全てはこやつが修行を怠ったせいである。こんな奴らごときに遅れを取るとは、修行をし直さねばならん」

「カシム様の容態はいかがですか?」

「カシムの具合はどんな感じだ?」

 あ、違った。この爺さん、めちゃくちゃ孫を心配している。

 本陣をカシム殿の側に設置したのも、単純に孫の側を離れたくないだけなんだ。

 周囲一同、認識が改まった。

 

 それからは2人同時にずっとうるさかった。しかし、2人とも周囲の人間にしてみれば遥かに位の高い人間である。

「うるさい!」と怒鳴る事など出来ようはずも無く、辛抱強く丁寧に説明を返さなければならない。

 しかし、しつこい。

 最後には「とても精神集中しなければいけない魔法を使いますので、どうかお静かにお願いします。集中が乱れますと、カシム様に悪い影響が出るやもしれません」と、有りそうで無い事を言って2人を黙らせた。その魔道師の機転に周囲の人間は脳内で喝采を送ったとか送らなかったとか・・・・・・。






 アクシスと共に王都メルスィンに運ばれたカシムは、特別治療室で、大勢の魔道師や医師によって治療を施される。

 それでも、目の傷は回復せず、結局外科的な手術で焼けただれた眼球を摘出し、ガラス製の義眼を入れて、傷を縫う手術となった。

 当然、高位の魔道師ならば、部位欠損でも修復する事は可能である。俺が出来るからこその金リボンである。

 だが、カシムの右目に関しては、欠損部位の復活も敵わなかったのだ。

 つまりカシムは右目の視力を失ったのである。


 その後も原因を探って、ようやく分かったのは「呪術」のせいらしいという事である。

 


 「呪術」は、魔法とは全く異なった原理で発動する、特殊な力である。場合によっては、修行していない人間が、見よう見まねでも成功させる事があるという。

 魔力の無い人間でも使える特殊能力なのだが、現在エレスでは「呪術使い」などは、ほとんど存在しておらず、もうすぐ失われる術と言われている。それ故に、その存在そのものが疑問視すらされている謎の術なのだ。


 そんな事情から、カシムの目の傷が「呪術」によって付けられたと判別するのにも、時間が掛かったのである。しかも、それすらも確実では無く、「恐らくそうだろう」という程度の検討結果だった。



 この件がきっかけで、文化都市アメルの王立高等学院、通称「アカデミー」で、至急呪術の研究室が立ち上げられる事となった。

 これまで眉唾物としてしか語られてこなかった呪術が現存していて、しかもそれが実際に使用されたというなら、その対処法を確立する必要があったのだ。

 世界最高峰の学術・研究機関アカデミーが本腰を入れたなら、この問題もそう時間をおかずにある程度の成果が得られるはずだと、期待も寄せられている。



 カシムは病室で眠り続けている。その病室に毎日訪れる人がいた。

 1人はアクシスである。アクシスには公務がほとんど無く、勉強や、様々なレッスンはあるものの、時間的にはゆとりがあるスケジュールだし、その気になればいくらでも融通が利く。その為、日によっては2回以上様子を見に来る事があった。

 病室の花は、アクシスが趣味で育てている屋上庭園の花である。

 

 そして、もう1人は特殊斥候部隊の隊長ノリスである。

 カシムの活躍に感動した特殊斥候部隊員の要望で、ノリスは代表して毎日仕事終わりにカシムの元を訪れていた。

 アクシス王女の誘拐から、儀式が行われるまでの経緯は、アクシス本人の証言で明らかにされているが、カシムが登場してからの救出劇までの活劇に関しては、はっきりとした事が分かっていない。それはアクシスがカシムの背に顔を埋めて、何も見ていない事と、騒動の時の地獄教徒たちは、全員がジーンの軍に討たれるか、捕らわれた後に自決して死亡したからである。

 その為、ノリスの訪問は建前としては、事の経緯をカシムに問うためのものだった。もっとも、ノリスには審問の権限など無いのだが。


 だが、その2人が、いつカシムの病室に行っても、何故か、たまたま剣聖ジーンの姿があったという。

 剣聖の異名に「孫好き過ぎ」「鬼ツンデレ」の2つが付け足されたとか、足されなかったとか・・・・・・。

 

 そんなわけで、カシムが意識を取り戻して最初に見た人物は、アクシスでは無く、祖父ジーン・ペンダートンだった。

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