冒険の始まり  救出劇 3

 満身創痍で外に飛び出したが、遺跡の前を、10人ほどの白装束集団が囲っていた。全員が武装している。

 どうもあの棒術使いの部下のようで、棒術使いの邪魔にならないように下がって出口を包囲していた様だ。

 部下だとすると、あの棒術使いよりは数段腕が落ちるのだろう。

 だが、現状、それはたいしたプラス要因にはならない。俺に残された武器と言えそうな物は、クサビが一本くらいだ。ハケは・・・・・・さすがに何の役にも立たないだろう。

 包囲された俺は、アクシスをゆっくり地面に降ろすと、ベルトからクサビを抜き取る。


 敵の武器は、槍と剣だ。狙うべきは右後方の槍を持つ男。後方にいて油断しているのか、槍を力なく持って立っている。

 「圧蹴あっしゅう」一閃。

 一歩で数メートルを跳躍し、槍を持つ男の手にクサビを突き立てる。一瞬のうちに目の前に現れた俺に驚いた男は、手を砕かれた痛みで、呆気なく槍を取り落としてしまう。

 俺はすかさずその槍を奪うと、一瞬俺を見失っていた数人に切りつける。2人は肩や腕を切られてうずくまり、1人は剣をたたき落とされる。

 一瞬の混乱から冷めた1人が、剣を振りかぶりアクシスに斬りかかろうとする。俺はためらう事無く、手にした槍を投げつける。槍は剣を振りかぶった男ののどに突き刺さり、男は絶命する。

 その隙に俺はアクシスの元に駆け戻る。そして、包囲が解けた一瞬の隙にこの場を脱出すべく、アクシスを抱え上げる。


 その瞬間、俺の左足に激痛が走る。そして振り返り驚愕する。


 俺の後ろに、あの棒術使いが立っており、棒術使いの十字槍の先端が、俺の左足の太ももに刺さっていた。

「良いい~~。良いぃいいいいいいいぃ~~~。さぁ~、最高だぁ~~~~~」

 さっきまで無表情だった棒術使いは、右肩から先を失ったというのに、恍惚とした表情でよだれを垂らしながらニタニタ笑っている。

「この痛み!体が焼けそうに痛い!俺の命が流れ出ていくのが分かる。あああああああ~~~~~!!最高だぜお前らぁ~。愛してるぜぇぇぇぇ~~」

 男が十字槍をひねろうとしたので、俺はすかさず槍を足から引き抜く。

「いかれてる・・・・・・」

 あまりの異常さに吐き気を催す。

 俺を包囲していた連中も、一瞬、呆気にとられて棒術使いを見る。


 ここで最後の力を振り絞らなければいけない。そして、この先俺は力尽きるだろう。

 痛む足を押して、俺は足に力を込める。もうこれ以上は絶対に無理だ。


 最後の「圧蹴」。

 閃光一閃。

 俺は一瞬かすかに光ると、数メートルを一瞬で走り抜けた。無理をした足が破裂しそうに痛む。それでも包囲を抜けると、もう後も見ずに走り出す。後ろから追ってくる連中の声が聞こえる。明らかに人数が増えている。だが、これ以上付き合ってはいられない。

 負傷した足を引きずりつつ俺は必死に走る。




 羽根のように軽く感じていたアクシスが、今はとても重く感じる。全身が火に包まれたように痛み、呼吸もままならなくなる。もうダメだ。これ以上走れない。

 もうダメだ・・・・・・。


 俺は痙攣して、今にも崩折れそうになる足を、懸命に踏ん張りつつ、アクシスを地面に優しく降ろして立たせる。  

 アクシスが涙を浮かべて俺を見る。そこで初めて俺の目の傷を直視する。

「お兄様!?その傷!!」

 俺は小さく首を振る。そんな事気にしなくて良い。

「アクシス。逃げろ・・・・・・」

「イヤ!」

 アクシスが首を振る。

「アクシス。俺は・・・・・・もう、無理だから・・・・・・」

 アクシスの肩を押す。だが、アクシスはそれを無視して俺の下に入り込み、俺の肩を下から支える。そして、つぶれかかりながらも、俺を引きずるように前進しようとする。

 

 こんな事している場合じゃ無い。すぐに追いつかれてしまう。俺はもう何の役にも立ってあげられそうも無い。

 アクシスを守りたいのに、もう守る力は残されていない。悔しい。俺の力の無さが・・・・・・弱さが悔しい。

「アクシス。本当にもういい。お前だけでも逃げてくれ。頼む」

「イヤです。お兄様と、もう離ればなれになんかなりたくない!」

「俺に昔の誓いを守らせてくれ」

 その言葉に、アクシスの両目から涙があふれる。こんな状況だというのに、アクシスはとても嬉しそうに微笑む。

「覚えていてくださったんですね?でも・・・・・・ずるいです。・・・・・・それを言うなら、わたくしも誓いを守るべく行動させていただきます」

 そう言うと、アクシスは、決意を固めた表情で前を見て前進を開始する。

 

 その時、俺たちのすぐ近くに10人を軽く超える人影が、忽然と現れた。

 意識朦朧となりながらも、俺は神経は尖らせて周囲を警戒していたはずなのに、全く気配を感じさせなかった。

 これでもう助かる望みは絶たれた。もはやアクシスと共に死ぬ事が、せめて俺がアクシスにしてやれる事だ。



「よくぞご無事で、王女殿下!」

 出現した集団が地面に膝を突く。

「遅くなり、大変申し訳ありませんでした」

 男たちが涙をこぼしてアクシスを見る。

 よく見ると、男たちはグラーダ軍の装備をしている。しかも特殊斥候部隊だ。

 どうやら援軍のようだ。俺は安心して脱力し、地面に膝を着く。倒れそうになる俺を、アクシスと共に支えてくれた男が俺を見て叫ぶ。

「君は!カシム君だね?君が王女殿下をお救いしてくれたのか!」

 男は俺の事を知っているようだ。当然だ。俺はグラーダの騎士、ジーン・ペンダートンの孫で、軍の訓練にも良く参加していた。

「・・・・・・あ、あなたは?」

 息も絶え絶えに、俺は尋ねた。

「私は、特殊斥候部隊『鷹の目』隊長、ノリス・ガウシス。カシム君のお爺さまの直属の配下だ」

 「鷹の目」とは、祖父の異名の一つで、その異名を部隊名に持つこの特殊斥候部隊は、尋常では無いスカウト能力、つまり「追跡」「隠密」「潜入」の能力持つ集団だと言われている。






 痕跡を見失っていたはずの特殊斥候部隊「鷹の目」が、遺跡付近まで迫った経緯はこうである。

 先行追跡部隊として、追跡しつつも砂漠でその痕跡を見失ったが、その部隊を率いていた隊長ノリスは、一つの見落としに気付く。

 崖に向かった馬車の痕跡をわざと残していて、それをカモフラージュとして、実は砂漠の道を進んで行ったのだろうと仮定して、砂漠の道を探索していたのだが、この分かりにくい痕跡こそがカモフラージュだった。


 弓矢使いの男ヴァジャは、スカウト能力も備えていて、あえて消し残した痕跡を作り、スカウトを誘う事に成功していた。

 この罠は、隠された痕跡に気付けるベテランこそ掛かりやすい罠だった。

 ヴァジャのスカウト能力も尋常では無い。

 そして、馬車を落とした地点から少し離れた場所から崖を下り、崖下の道から「王家の墓」遺跡に向かったのである。

 ノリス隊長がそれに気付いて、馬車が落ちた崖の方に急ぐと、崖下からのろしが上がった。崖下に降りて調査をするために残った2人が、崖下で遺跡に向かう痕跡を見つけていたのである。

 のろしは僅かな時間で消し、行き先を示すサインを残すと、すぐに2人は先行して追跡し、遺跡にたどり着いた。

 だが、遺跡のガードが堅く、なかなか遺跡に入る事が出来なかった。

 残されたサインを見て大急ぎでやって来たノリス隊長率いる本隊と合流したところで、遺跡からの騒ぎがあり、遺跡を守るガードが甘くなった。

 そこで鷹の目は、身を隠しながら遺跡に向かっていたところに、アクシスを抱えた、傷だらけのカシムに遭遇したのである。





「アクシスを頼みます」

 俺はノリス隊長に懇願する。

「カシム君。安心したまえ。我が殿が我らが残したサインを追ってまもなくやってくるはずだ。殿の進軍の早さは並では無い」

 ノリス隊長の言う「殿」とは、俺の祖父のことだろう。

 ノリス隊長は、心配そうにノリス隊長を見るアクシスに頷いて見せつつ、部下に命令する。

「お二人の護衛に5人付ける。お2人をお助けし、殿の本隊に合流するのだ。残りは俺に続け!奴らをここで食い止めて時間を稼ぐぞ!」

 ところが、隊員たちは全員ノリス隊長を無視して、迫ってくる敵集団の方を向いて抜剣する。

「??・・・・・・お前ら?」

 ノリス隊長がいぶかしげな声を上げる。すると1人の隊員が答える。

「お断りします。我らの半端な能力ではお2人を確実にお逃がしする事叶いません。お2人をお助けする任務には隊長が就いてください。残りの4人は隊長がご指名ください」

「何を言ってるんだ?お前らは。俺がここを率いず逃げられるとでも思っているのか?!」

 隊長が怒声を上げる。しかし、隊員たちは隊長を振り返る事は無い。

「我々は隊長に比べまだまだ未熟です。隊長はスカウト技術を伝え残す義務があります。それ故に、ここは我々にお任せください。」

 眼前に迫る敵の集団は数百。ここに残った者はまず助からないだろう。

 だが、こんな押し問答をしている時間的余裕はもはや無い。今すぐ決断して行動しなければ、結局俺たちは1人も助からない。


 だが、結果から言うと、ここにいた22名は1人も欠く事無く助かったのだ。


 雷光一閃。


 問答をしている俺たちの横を、稲妻のように閃光が走り抜けた。次の瞬間、迫ってきていた敵の先頭集団がはじけ飛ぶ。白銀の閃光が煌めく度に、10人以上の単位で敵が吹き飛んでいく。

 間違いない。

 あの馬鹿げた戦闘能力は俺の祖父、伝説の英雄「剣聖」「白銀の騎士」「閃光」「神殺し」「竜の眷属」「百の称号、千の伝説を持つ男」ジーン・ペンダートンだ。

 続いて、ときの声と共に、猛烈な勢いで駆けて来る騎馬集団が現れる。その数、およそ200騎。


 祖父は「グラーダ狂王戦争」から、全軍を指揮しながら、直属として200騎を率いて戦ってきた。いずれも一騎当千の最強騎馬集団だ。当然魔道師も複数いる。

 祖父の進軍速度は、直属の部下のノリス隊長でも読み違えるほど迅速だったようだ。

 

 騎馬集団は、俺たちの横を駆け抜け、敵に突撃していく。その内20騎が俺たちの側で止まり、防御陣形を敷く。

 すぐに俺の元に魔道師が駆け寄ってくる。

「これはひどい。すぐに治療を開始しなければ」

 俺は組み立て式の担架に寝かせられ、傷の具合を確認される。

 えぐれ焼かれた右目に、こめかみの裂傷。左腕の骨折に右手の平の貫通。両手のひらの裂傷。左足の刺し傷。体力も底を突いていて、まさにボロボロである。

 

 ともあれ助かったようだ。

 アクシスが治療の邪魔にならないようにしながら、俺の手を握りしめている。

 今は涙を流していない。偉いぞ、アクシス。王女として懸命に振る舞おうとしているのだろう。本当なら、安堵のあまり大声で泣き喚きたいに違いない。子どもの頃のアクシスならそうしていた。

 俺はアクシスの様子を見ながら意識を失おうとしていた。

「甘えるな!カシム!」

 そこに厳しい声が掛かる。その声に、反射的に俺は上半身を起こす。激痛が全身を駆け巡る。

 見るとやはり祖父の姿。白銀の鎧に、黒地に銀糸で十字の大きな刺繍がされたマント。剣はすでに鞘に収まっている。戦闘は部下に任せて戻ってきたようだ。厳しい表情でカシムを見る。

「騎士たるもの、王女殿下を城までお届けするまで気を保たずにどうするか!」

 祖父の怒声に頭がくらくらする。「伝説」はちょっとずれているのだ。

「じいちゃん・・・・・・。俺・・・・・・騎士じゃ、ない・・・・・・から・・・・・・」

 苦笑しつつそう言うと、俺の意識は暗闇に呑まれていった。

 アクシスの悲鳴と怒声が、失われつつある意識の隅で聞こえた気がする。

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