冒険の始まり  救出劇 2

 一連の俺の行動で、回廊にいた連中も、今や俺に注目している。

 これほどの人数がいて、組織立った行動をしているのだから、当然この中に魔法が使える人間がいても不思議では無い。魔法攻撃でもされたら、さすがに詰んでしまう。

 そう考え、警戒しつつも俺は出口に向かって、脱兎だっとのごとく駆け出す。


 しかし、不思議と魔法攻撃も精神魔法も掛けてこない。とすると、今警戒すべきは、やはりあの男の矢だ。

 直感的に横っ飛びに跳躍しつつ振り向く。すると、さっきまでいた位置を矢が通過し、少し先の石の地面に当たり、甲高い音を立てる。

 あの危険な男と目が合う。男がにやにや笑っている。彼我の距離は70メートル。この距離なら、警戒していれば何とかかわす事が出来る。

 ショートソードは投げてしまったが、鞘はまだ腰にある。俺は鞘を剣帯から外すと、弓矢の男の方に構えつつ、出口に向かって横走りに走る。

 すぐに次の矢が飛んできたが、剣の鞘で打ち落とす事が出来た。それでも鞘にひびが入る。どうもそう何度も裁き切れ無さそうだ。

 しかも、相手は本気を出しておらず、遊んでいるような気配を感じる。ゾッと背筋に冷たいものを感じつつも、俺は足を止めずに出口に急ぐ。

 

 出口の目前に来るとさすがに駆け寄る集団があった。人数は5人。だが、手にしているのはせいぜい小さなナイフだけで、素手の者もいる。

 俺は左胸に装着しているナイフを抜くと、先頭のナイフを持った男に投擲する。

 ナイフは男の胸に深く刺さり、男はその場に倒れ伏す。先頭の男が倒れたので、次の男がつまずき倒れ、後続が遅れた。

 その隙に俺は集団の横を駆け抜ける。俺の後ろから追ってくれば、弓矢の男から俺を守る肉の盾になってくれるはずだ。

 狙い通り、立ち直った集団は俺を追ってくる。だが、この集団の異常さは俺の予想を上回る。

 背後からくぐもったうめき声がしたので、一瞬振り返ると、俺を追っていた集団の2人が背中に矢を生やして地面に倒れて行くところだった。

 あの危険な男は、仲間を次々射殺して俺を狙うつもりらしい。

 しかも、それに気付いているだろうが、残った2人も俺の追跡を諦めたりしないようで、よだれを垂らして笑みを浮かべつつ追いすがってきている。


 遺跡の出口は目前だ。このまま走り抜けるしか無い。遺跡の外の状況は分からないが、外に出ればさすがにあの男の矢は飛んでこないはずだ。

 また1人後ろで倒れる音が聞こえる。だが、出口は目前だ。



 ところが、俺が出口をくぐろうかという時に、出口にゆらりと立ちふさがる男が現れた。

 身長は小柄だが、危険な雰囲気の男で、手に長い棒を持っている。

 現れるやいなや、その男は突きを繰り出す。その技の切れに、俺は前進を阻まれ立ち止まらざるを得なくなる。後ろから追いすがってきた男が倒れる。俺の背後の肉の盾は無くなった。

 次の矢は直接俺を狙ってくる。俺の背にしがみついているアクシスに当てさせるわけにはいかない。

 しかし、目の前の棒術使いも問題だ。弓矢の男と違い、氷のような冷たい目でこちらをにらみ、無表情のまま棒を構える。


「シッッ!!」

 短い呼気と共に、棒術使いは突き技を繰り出す。俺は大きく横に跳んで躱すが、棒術使いは流れるように棒を回転させ、躱した方向からの横打を叩き込む。俺はアクシスをかばうため、左の腕で防御する。

 ミシッと音がして、腕の骨にひびが入るのが分かった。激しい痛みが走る。だが呻いてなどいられない。


 自慢にもならないが、俺は祖父との訓練でしょっちゅう骨を折る怪我を負っていた。その度に回復魔法で治療され、また訓練に励む毎日だった。


 棒術使いは当てた反動で逆回転して、次は右の横薙ぎ。これは身を伏せる事でぎりぎり回避。直後バックステップして一端距離をとるが、すかさず後方から矢が飛んでくる。

 矢は足下の床に当たり甲高い音を立てる。跳弾となるが、これは躱す事が出来た。だが、この矢は警告だ。後ろに下がる事は出来ないと知らせるためだ。

 否応なしに後ろへの警戒を高めざるを得ない。

 

 熱されたやじりで焼かれたおかげで、出血こそほとんど無いが、目を貫かれ焼かれた痛みは全身を激しく蝕んでいる。こめかみの傷からは出血は続いているし、激しく頭痛がして思考力を奪おうとしている。腕の骨折も痛い。一瞬でも油断すれば体が崩折くずおれそうになる。

 アクシスの軽い体も、いつまでも抱えてはいられないだろう。もちろんアクシスの体力の限界も近い。

 恐らくバルコニーのパニックももう収まっているだろう。まもなく統率の取れた行動を、あの回廊にいた数百人が取れるようになるはずだ。そうなると、たとえ外に出られたとしても、逃げ続けるのは不可能だ。

 時間がたてば立つほどこちらは不利になる。

 

 棒術は間合いが長い。しかも、短い間合いでも取り回す事が出来る、隙の小さい武器だ。だが、一撃必殺とはなりにくい武器でもある。こちらの武器はショートソードの鞘である。間合いでも威力でもまるで勝ち目は無いが、それでも飛び込む事でしか勝機は見いだせない。

 意を決して鞘を構える。後方でも矢をつがえてこちらに狙いをつけ、一瞬でも隙があればと狙っているはずだ。

 

 俺はここで切り札を出す。「圧蹴あっしゅう」だ。

 ペンダートン家に伝わる歩方で、極限まで踏み込んだ足で、一瞬で一歩数メートルを進む。

 ただそれだけなはずなのだが、俺の祖父は一瞬消えた後、遥か先に出現する瞬間移動のように動く。しかも、発動の瞬間に何故かまぶしく光る。

 俺はまだまだ未熟で一歩しか進めない。それでもこの一歩に賭ける。


 足に力を込め、技を発動する。


 祖父に比べると遥かに遅いが、それでも相手の虚を突けた。棒術使いの突きをかいくぐり懐に入る。だが、棒術使いの表情は崩れない。

 「しまった」と思ったが遅かった。突きはフェイントで、回転させた棒の後ろ部分が眼前に迫っていた。棒は先も後ろも武器として使えるから、使い手次第で変幻自在となる。

 俺は懸命に鞘を振り、柄を打ち払う。同時に背後から迫ってくる矢を反転しながら鞘で払おうとする。

 しかし、鞘は棒を打ち払った衝撃で、粉々に砕けてしまった。

 俺は覚悟を決めて、飛んできた矢を右の手のひらで受け止める。矢の威力は凄まじく、呆気なく手のひらを貫通して俺に迫ろうとする。だが、手を振り軌道を変える事に成功して、矢は天井方向に飛んでいった。

 弓矢の男の放った矢は、俺が躱したとしてもぎりぎり棒術使いに当たらない角度に計算されていた。恐ろしいほど連携が取れた攻撃である。

 何とか再び距離をとるが、切り札も使ってしまった。もう一度使ったとしても、さっきのように看破されてしまうだろう。

 だが諦めるわけにはいかない。


「アクシス」

 俺はアクシスに声を掛ける。

「はい!」

 すぐに返事が返る。

「合図で『グルグル抱っこ』だ」

「はい!」

 すぐに察したのだろう。返事が早い。

 

 俺はベルトに挟んでいるハンマーを、棒術使いに見られないように抜くと、じりじりと距離を詰める。

 すると、相手は足を広げて棒を構える。どうやら必殺の一撃を放つつもりらしい。

 更に、背後からの殺気も強く感じる。弓矢の男も、いよいよ本気の一撃を放つ様だ。つまり、ここで勝負が決まる。


 俺はおもむろに下投げでハンマーを棒術使いに投げつける。そもそも、手のひらを矢で貫かれた俺の投擲は大きく狙いを外していた。

 棒術使いは、それを避けるまでも無く、渾身の勢いで突きを放つ。


 下投げでハンマーを投げた俺は右腕を高く突き上げる恰好となり、バランスを崩す様に体を後方に反らして回避する。

 棒の先端が、俺の鼻先に触れんばかりの距離にある。

 それで、ぎりぎり棒の間合いから逃れたように見えるだろう。

 だが俺は知っている。棒術の厄介さは、その間合いの伸びである。

 棒はここから、更に一段、あるいは二段伸びてくる。

 背後からの凄まじい殺気に、弓矢の男が狙い澄まして矢を射てきたのが分かる。

 実際に気配を感じたのでは無く、このタイミングで射るはずだと確信したから感じたのだろう。


 この2人組の連携練度であれば、棒術の伸びに対応しきれず一撃を食らい、動きが止まった瞬間に、背後からアクシスもろとも俺の背を射貫くつもりなのだろう。

 棒の一撃をもらわずとも真後ろに退けば、同様に背後から矢で射貫かれてしまう。可能ならば横に避けるべきだろうが、棒術男の使うこの棒は先の形状からして、何か仕込んでいると見た。横に避けるのは得策では無い。


 矢も棒も避けるべく、俺はスウェーバックからそのまま地面に垂直に落下して、背中から地面に倒れるように棒を躱す。

 案の定、棒の先が変形して、3本の刃が飛び出し、十字槍となる。もし首をひねってぎりぎり回避しようとしていたら、飛び出た刃に首を掻き切られていただろう。

 とは言え、このまま仰向けに地面に倒れたのでは、それこそ次の瞬間に俺は槍で突き殺されてしまうのは確実である。


 圧倒的なピンチである。


 だが、ここから反撃開始だ。

「今!」

 俺はアクシスに合図を送る。アクシスは腕のロックを外すと、俺がハンマーを投げた体勢のまま伸ばした右腕の下をくぐり抜け、上半身を俺の前に回す。前に回ってきたアクシスの上半身を俺が右手でしっかり捕まえると、アクシスはすかさず両足のロックを外し、同じく俺の右側面を通して、俺の前に突き出す。

 ちょうど仰向けに地面に倒れようとしている俺から見ると、アクシスの両足は天井方向にまっすぐに伸びていく。

 そのアクシスの足が、棒術使いの十字槍を高く蹴り上げる。

 王女としては、敵にあられも無い姿をさらしてしまっているだろうが、広がった白いドレスのスカートが、完全に男の視界もふさいでしまっていた。

 槍を弾く音を聞くと、俺は急いで左手でアクシスの足を引き寄せつつ地面に仰向けに倒れ込む。

 その瞬間、アクシスのスカートの一部が大きくはじけ飛ぶ。

 はじけ飛んだ先で、棒術使いが呆然とした顔で立ち尽くす。

 その右の肩から先が消えていた。


 俺たちの連携した動きが、棒術使いの予想を上回った。

 死角からのアクシスの蹴りで槍を弾かれ体勢を崩される。しかもスカートで視界をふさがれたところに、矢がスカートをはじけ飛ばし、棒術使いの右肩に当たったのだ。


 どうやらこの矢は、只の矢では無かった様だ。魔法で風属性を付与されていたに違いない。渦巻く風で、矢が当たった部分を強烈にねじり取っていく攻撃だったのだろう。

 アクシスに当たらなくって良かったと心底思う。


 俺はアクシスを、正にお姫様抱っこした状態で地面に倒れていたが、すぐに飛び起きると、右肩から先を失って立ち尽くす男の脇を走り抜ける。もう、後ろからの矢を気にする事もせず、遺跡の出口から外に駆け出る。



 それにしても「グルグル抱っこ」なんて技を、この年でまだ再現できるアクシスに驚きあきれる。

 元々これは俺が4歳、アクシスが3歳の頃に編み出した技である。

 アクシスが修行ごっこで疲れると、抱っこを要求して甘えてくる。なので、背中から降ろして、改めて抱っこしていたのだが、ある日、降りるのを嫌がり、それならと、おんぶからそのまま抱っこに移行させる事を思いつく。思いついたのはアクシスだ。で、やってみたら意外と簡単にできた。

 それから、その技に磨きが掛かり、俺の周りをクルクル回るように抱っこ、おんぶを何周も高速で繰り返す遊びとなった。

 もちろんその過程で、何度もアクシスをぶん投げてしまい、俺もバランスを崩してこけたりしてお互いに擦り傷やアザが増えたりした。

 まあ、今思うと、相当無茶な遊びをお姫様としていたものだと血の気が引く。

 

 こんな無茶を大人になってからしているのだから、無事逃げられたとしてもアクシスは明日は筋肉痛で、まともに動けないのではと思う。

 筋肉痛どころでは無い俺としては、明日と言わず、出来れば今すぐ気絶したい。

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