冒険の始まり 地獄教の儀式 3
カシムとアクシスは、赤ん坊の頃から、共に暮らし育ってきたのだ。
カシムの母が、出産をきっかけに体を壊し、病気がちになったため、グラーダ王城の中で、王族用の召使いを乳母として育てられた。王族の居住区である王城の5階で、育てられていた。
何故カシムがこれほどの待遇を受けたのかというと、カシムの祖父は、先代国王の時代からグラーダ国に仕える、伝説の騎士、ジーン・ペンダートンだった。
「百の称号と千の伝説を持つ」と言われ、事実、世界中を巡り、重ねてきた偉業は数知れない英雄だ。
そして、カシムの父は現在の騎士団「一位」として、全軍の指揮を執る立場にあるガルナッシュ・ペンダートンである。
グラーダ国第一の功臣であるペンダートン家の末子が、カシム・ペンダートンだった。
その為、グラーダ三世がカシムを哀れんで王城で手厚く保護したのである。
もちろん王城のすぐ近くにあるペンダートン邸にも多くの家臣がいたが、王城で最高の治療をカシムの母、フューリーが受けている事もあり、フューリーの願いで、その近くにカシムを置く事にしていた。
そして1年後、グラーダ三世にも待望の第一子が生まれる。
しかし、グラーダ三世の妻、つまりグラーダ国王妃は、生まれつき病弱だった。グラーダ三世の母もそれ以上に病弱で、グラーダ三世を産んで数日後に亡くなったがグラーダ三世の妻、アメリアも同じ運命をたどったのだ。
その為、アクシスもカシム同様、生まれてすぐに同じ乳母に育てられる事となった。
カシムとアクシスは、共に笑い、共に泣き、共に遊び、共に学び、共に寝て、共に食べて幼少期を過ごした。
カシムはアクシスを、妹のようにかわいがり、時々アクシスがわがままを言ったり、かんしゃくを起こしても、優しく受け止めてきた。
アクシスもカシムの事を兄のように慕い・・・・・・いや、幼い頃は本当の兄だと思っていた。そして、わがままを言ったり甘えたりしていた。
そんなアクシスが、ある日、実はカシムが兄では無い事を知った時は、すごく悲しくてさみしくて泣いた。カシムはアクシスより前からその事は知っていたようだった。
アクシスは、時々2人に本を読んでくれていたカシムの母が、自分の母だと思っていたのだ。いつもカシムの母の事を「お母様」と呼んで甘えていた。
「じゃあ、あたしのお母様は誰なの!?」
アクシスはカシムと乳母に泣き叫びながら詰め寄った。うろたえた乳母が去って行く中、カシムはアクシスの手を握ると優しい声で言った。
「アクシス。君の母様はね、今はもう居ないんだ。お星様になったんだよ」
「それって死んじゃったって事でしょ!!」
アクシスもカシムと一緒に色々なお話しを聞いていたから「お星様になる」=「死んだ」という事が分かっていた。
カシムは悲痛な表情でうなずいた。
「あたしにはお母様が居ないんだ!お父様も忙しくってお会いしてくれない!」
感情があふれて止まらなくなる。青い瞳からボロボロと涙が止めどなく溢れてくる。
「あたしはひとりぼっちだ!あああああーーーーーー!」
「ひとりじゃ無いよ。ボクがいる」
「いやだ!ずるい!」
アクシスがカシムを睨みつけて、カシムの手を振り払った。ケンカをする事もあったが、こんな風にアクシスがカシムを睨んだ事など今まで一度も無かった。
「お兄様はずるい!お兄様にはお母様がいる!あたしはお母様の顔も知らないんだ!」
アクシスがそう叫んだのを聞いたあと、カシムの顔がゆがむ。カシムの茶色の目からも涙がこぼれた。
カシムの涙にアクシスの体が震えた。得も言われぬ罪悪感が、胸に針を突き刺したように感じさせた。
「ボクの・・・・・・。ボクの母様もね。もうすぐ死んじゃうんだよ」
アクシスは驚く。体が弱いのは知っていたが、そこまでとは想像もしていなかった。いつも暖かく、明るく、そして慈しむように優しいの母フューリーがもうすぐ死ぬ。ついさっきまで自分の母親と思っていたあの人が。
「ボクを産んだから体を壊したんだって。だから、ボクのせいで母様は死んじゃうんだ・・・・・・」
「うそ・・・・・・」
アクシスの言葉に、泣き笑いのような表情を浮かべてカシムは首を振る。
「ごめんなさい、お兄様。ごめんなさい」
泣きながらアクシスが、カシムの涙をぬぐおうとする。カシムも同じく泣きながらアクシスの涙をぬぐおうとする。だが、2人とも感情が爆発して、それを果たす事が出来なかった。
2人は強く抱きしめ合いながら大きな声を上げて泣き出した。
「ああああああああーーーーー!」
「ああああああああーーーーー!」
2人が大声で泣いていると、ガチャリと音がしてドアが開く。
部屋に入ってきたのは、カシムの母フューリーだった。
フューリーは2人の様子を見ると、クスリと笑って2人の側に寄り添う。
「あらあら、2人とも。そんなに泣いてたら、涙でこの部屋が洪水になっちゃうわよ。そうしたら
フューリーの明るい声に、2人は泣き声を収める。
「そんな床の上だと風邪引いちゃうわ。ベッドに行きましょ?」
2人は促されるままにベッドに行く。フューリーと行くベッドは2人にとって最高の場所だった。フューリーはいつもベッドに寝転がっていろんな本を読んでくれたり、お話をしてくれたのだ。3人でベッドに行くと不思議に安心した。
2人が少し落ち着いたタイミングでフューリーが笑顔で語りかけてくる。
「それで、どうしたの?」
当然フューリーは事の成り行きを乳母に聞いて知っていたはずだ。しかし、子どもたちから直接話を聞きたがった。
「お母様。私の本当のお母様が死んじゃったって・・・・・・」
アクシスがしゃくり上げながら言う。
フューリーは何も言わずに微笑みながら、アクシスの明るい栗色の髪をなでている。
「お母様が、あたしのお母様じゃ無いって・・・・・・」
フューリーは、やはり何も言わず、相変わらずアクシスの髪をなでながら、優しい目で先を促す。
「お兄様が、本当のお兄様じゃないって・・・・・・」
再びアクシスの目から涙がポロリポロリと。こぼれ出す。すると、フューリーがようやく口を開いた。
「そうね。それは全部本当の事よ。でもね。私はカシムの事も、アクシスの事も同じように大好きよ。2人とも私の子どもだと思ってるわ。本当よ」
アクシスがふわりと笑った。フューリーに言われて安心したのだろう。フューリーから2人は確かな愛情を感じた。アクシスは笑ったが、カシムは辛そうな表情を浮かべる。それを見たフューリーがカシムのおでこをコツンと叩く。
「こら!お兄ちゃんが妹を不安にさせちゃダメでしょ?あなたが守ってあげなくてどうするの?」
フューリーにそう言われると、カシムは急に恥ずかしくなってきた。アクシスの前で、男の子なのに大声で泣いてしまった。
カシムは慌てて涙をぬぐう。
「うん。アクシスはボクが守る。必ずだ」
その言葉を聞くと、2人ともこぼれるばかりの笑顔になる。
2人を笑顔にさせた事が、カシムは誇らしくなった。しかし、続けてフューリーがいたずらっぽく言った言葉が、カシムを大いに慌てさせた。
「アクシス。カシムと兄妹じゃ無いって事はね、悪い事ばっかりじゃ無いのよ」
アクシスが泣いて充血した目をパチクリさせてフューリーを見る。
「考えてもご覧なさい。兄妹だと結婚できないけど、兄妹じゃ無いなら結婚できるのよ!ほら!あなたたち2人で結婚しなさい!」
「母様!?」
カシムが抗議の声を上げる。突然何を言い出すのかと慌てる。しかし、アクシスの反応は早かった。
「わかった!」
アクシスが大声で返事をする。
驚いてアクシスを見ると、輝くような笑顔でアクシスがフューリーの目を見ている。
しかも、淡い栗色の髪が黄金を溶かしたような金髪になっている。
不思議なことに、嬉しい時にアクシスは髪の色が変わるのだ。アクシスは本気のようだ。
「嬉しい!あたしお兄様と結婚する!あたしお兄様だ~い好き!!」
「アクシス!何を言ってるんだ!」
カシムがアクシスを叱ろうとするが、フューリーが2人をきつく抱きしめる。
「ああ!そうなったら本当に素敵ね!2人とも早く大人になりなさい!」
その言葉に、2人の表情がまた曇る。
「・・・でも、お母様。もうすぐ死んじゃうって?」
アクシスが不安そうに尋ねる。
しかし、フューリーは満面の笑顔でうなずく。
「それも本当よ。でもね。私はちっとも怖くない。・・・・・・そりゃあ、2人の結婚式が見られないのは残念だけど、こんなに可愛い息子と娘と、こうして一緒に過ごせたんだもの。こんなに幸せな事は無いわ。私は私の人生に満足している」
フューリーは天井を、いや、天井を通して空を見上げる。3人を暖かい風が吹き抜けたような気がした。
「だからね、カシム。あなたもつまんない事考えたりしたらダメよ。私はあなたを産んで、あなたと出会えて本当に良かったと思ってるの。だから、ね。」
フューリーは2人の頬にキスをする。それからカシムに聞こえないようにアクシスに耳打ちする。
「アクシス。私の経験上、男は押して押して押しまくるのよ。カシムもきっと、グイグイ来る女に弱いタイプだから」
アクシスは、幼いながらにその言葉を胸に刻んだ。年齢ではカシムの方が1歳上だが、いつの世でも、男より女の方がずっと早くから大人なのだ。
それから半年後、フューリーは「お星様」になった。
その頃にはカシムは王城を出て、ペンダートン家の領地で騎士の修業を開始していた。
1年後にカシムと会った時、アクシスが「お兄様」と呼ぶと、ばつの悪そうな顔をして「王女殿下」とアクシスの事を呼んだ。
「そのような呼び方はおやめください」
そして、一礼すると背を向けて去って行った。
その頃にはアクシスにも、2人の身分や立場の違いは分かっていた。だが、2人の間柄は変わる事は無いと信じていたのだ。事実、アクシスの気持ちは変わらない。カシムを兄と慕う気持ちである。
しかし、その気持ちも数年の内に変わっていった。幼い恋心が、本当の恋心へと変わっていった。顔を合わすのは年に一度か二度。言葉を交わすのは一瞬だが、アクシスはカシムに焦がれるような恋心を感じ、その感情は募るばかりとなっていた。
カシムが成人して、騎士の道を選ばず、考古学者となってペンダートン家を飛び出していったと聞いた時は、驚いた。カシムはこのままペンダートンの騎士として、末永くグラーダ国に仕える事になるのだろうと信じて疑わなかったからだ。
共に過ごしていた時も、よく「修行ごっこ」にアクシスを付き合わせて「ボクは騎士になる!」と言っていた。
しかし、アクシスはその事で裏切られたと思う気持ちは無く、逆に嬉しいと感じていた。
グラーダの騎士になれば、カシムの性格上、自分との立場の違いをより強く感じてしまい、「王女と結婚するなど出来ない」と言っていただろう。だが、グラーダ国と関係ない職業を選んだのならば、もはや身分の差だけとなる。
しかもその差は極めて小さい。何せ、伝説の騎士の孫であり、世界一の騎士の名家のカシムである。身分だけで言うなら、どの国の王子よりも遥かにグラーダ国の王女と結婚するのに相応しい人物という事になる。
だから、アクシスは、いつかきっとカシムが迎えにきてくれると信じて疑わなかったのである。
あの幼い日に「アクシスはボクが守る」といった約束も。
そして、その約束は果たされたのである。
カシムの姿を目にした瞬間、歓喜が押し寄せ、涙があふれた。
しかし、アクシスは必死に唇を噛みしめて、感情を爆発させないように努めた。自分が泣き叫んでしまっては全てが台無しになってしまう。カシムの邪魔をするわけにはいかない。
バルコニーに設置された演壇にデネ大司教が進み出てきた。その両脇をヴァジャとロビスの2人の弟子が固める。
デネ大司教の演説が始まる事に、一際高くなっていた祈りの声がピタリと止む。
デネ大司教が演技がかった身振りで両手を挙げる。
「皆の者。まもなく日の出だ!」
神殿の出入り口には扉はなく、大きく開け放されているが、出入り口は西を向いていて、更に崖の下にある。外の景色では夜明けかどうか分からない。しかし、天文学と正確な時間が分かるならば、今日の日の出の瞬間も正確にわかるだろう。
そして当然デネ大司教は正確に日の出の時刻を把握していた。
「これまでの皆の働きに感謝している。いよいよ我々の悲願、地獄の顕現が叶う時がきた!
地獄が顕現すれば、生も死も意味を成さない、物質から解き放たれる世界となるだろう。その中では、永遠の生と永遠の死。永遠の快楽と、永遠の苦痛が望むままに得られるのだ。
先に身を捧げた者たちとも、更に遙か昔に死に別れた者たちとも望む時に再会でき、別れる事が出来るのだ」
異常者たちは、回廊に密集して身動きすら取れない有様だったが、大司教の言葉に歓喜のうめき声を上げ出す。
「つまり、各々が望むがまま、好きなだけ殺し、殺される事が可能となる、永遠の快楽の世界が到来するのだ!!」
デネ大司教の宣言に大歓声が上がる。
「さあ、今こそ地獄の蓋を打ち砕く時だ!」
デネ大司教が右手を上げる。
その合図に、斧を持った2人がアクシスの方を向き斧を振り上げる。
アクシスが目を見開く。
次の瞬間、大音響がデネ大司教のいる演壇の方で響いた。
デネ大司教が演説をしていた演壇の真上から、大きな照明装置が落下してきて、演壇に直撃し、演壇を破壊しながら、カーテンを引き裂き、バルコニーの内側に転がり込んだのである。
アクシスに斧を振り降ろさんとしていた2人も、バルコニーの方を振り仰ぎ駆け寄ろうとする。しかし、木の渡し板が外されている今、深い溝に阻まれ、溝の
アクシスの真上にロープが垂れ下がってきた。次の瞬間、ロープを滑るように伝ってカシムが降りてきて、素早くナイフでアクシスの戒めを解くと、カシムに気付いていない斧を持った2人の背中を連続して蹴りつける。溝の際に立っていた2人は、あっけなく斧を手にしたまま底の見えない溝を落ちていった。
バルコニーの中を転がる照明装置が破損して、パイプの中の油が演壇に、その周囲にふりまかれ、そこに引火し、バルコニー内は至る所が炎に包まれている。大司教の安否も分からず、神殿内は混乱の極みにあった。
そのため、回廊内の集団でカシムに気付いた者がいても、状況も分からずわめくだけだし、そもそも回廊内は人がぎっちり詰まっていて身動きが取れない状況だ。
その間にカシムはアクシスを抱え起こした。
こんな状況なのに、いや、こんな状況だからこそ激しくアクシスの胸が高鳴る。
「お兄様!来てくれると信じておりました!」
アクシスは、カシムに一度だけギュッとしがみつく。それ以上はカシムの邪魔になってしまうからだ。
カシムが一瞬優しい目でアクシスを見た。だが、2人にはまだまだ、再開と救出を喜び合えるだけの余裕など全くなかった。
数百人の敵に囲まれ、深い溝に囲まれた祭壇からの脱出方法も無い今、2人は未だに絶望的な状況にあるのだ。
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