冒険の始まり  地獄教の儀式 2

 もうどれぐらい進んだ事だろう。狭い通路はそのままの幅で延々と続いていた。途中で一度休憩して、食事をして軽く眠った。興奮しているのかすぐに目が覚めて、居ても立っても居られずにすぐに前進を開始したが、景色は相変わらずであった。

 進んだ距離は感覚では3キロメートルといったとこだろう。四つ這いで進むにはかなりきつい。

 通路は、遺跡から緩やかなカーブを描いて北西に向かっている。

 俺は頭の中で地図を広げた。この方向に何があるのか分かったからである。地図で行けばもう少し進むと砂漠は刺し渡り数十キロメートルの、長く南北に延びた崖で終了していて、この通路は恐らく「王家の墓」に行き当たることになる。


 「王家の墓」とは、崖をえぐって作られた巨大な神殿の様な作りの、約二千年前の石窟遺跡である。

 かつて、その崖と海までの間に南北に延びた、細長い国土の王国があって、その王家が死後の魂を保管するために建築した遺跡だったそうだ。

 金、銀、宝石、美術品で彩られていた建物だったらしいが、今では盗掘にあい、彫像もほとんど壊れかけ、すっかり荒れ果てていた。その為、わざわざ訪れる物好きも居ないような遺跡である。

 

 この通路は「砂の岩戸」と「王家の墓」を繋ぐ通路なのかもしれない。

 しかし、何だって?年代もめちゃくちゃだ。

 ん?年代で言うなら通路の方が古い。と言う事は、2つの遺跡の方がこの通路を何らかの形で利用した物なのだろうか?

 結論を急ぐ事はない。今は前進を続けよう。気力も体力もまだ余裕がある。


 しかし、それから少し進むと状況が変化した。崩落である。「マジか!?」

 俺は思わずうめき声を上げた。崩落した所まで前進して明かりで照らしてみた。完全に土砂につぶされているようだ。

「ここまできて行き止まりか」

 俺は落胆のため息を漏らす。

 しかし、床と土砂の間からかすかな風が吹いてきていて、さっきから通路に充満している妙な臭いと、煙っぽい物もこの隙間から流れて込んで来ている。よく見ると、土砂の隙間に明かりが見える。

「この真下が王家の墓なのかも」

 俺はクサビを取り出して丁寧に土砂を掘っていく。内心崩落に巻き込まれないかとビクビクしていたが、大丈夫だった。 しばらく掘っていくと、土砂はバラバラと下の空間に流れ落ちていった。ボッコリと開いた穴を滑り降りて、俺はようやく立ち上がれるくらい広い通路に出る事が出来た。

 

 壁はあの狭い通路と異なり、古めかしい石造りと、天然の岩の壁が混在している。岩をくりぬいて作られた「王家の墓」遺跡に間違いない。

「しかし、ここは何処だ?」

 王家の墓は広大な遺跡だと聞いている。岩の壁があるから、恐らく最奥部なのだろうとは思う。

 

 周囲を見回す前に、俺は急いでカンテラを消した。そして、壁に寄り、身を隠すと耳を澄ませる。

 どうも様子がおかしい。遺跡のどこかから人の声が響いているし、うっすら明るい。煙を感じる以上どこかで火が焚かれているに違いない。

「誰かが居る。しかも大勢だ」

 こんな忘れ去られたような遺跡でいったい誰が?何のために?

「どうも・・・・・・よからぬ連中に違いない」

 ヤバいところに行き遭った様だ。このまま引き返すべきだろうか?そう思ったものの、何も分からぬうちに逃げ出すべきではないと考え、俺は進む事にした。

 騎士の家で育った妙な正義感が働いてしまったのかも知れないが、さっきから、頭の中で何かが激しく警鐘を鳴らしている。その警鐘は引き返すように促す物ではなく、急いで進むように俺をかき立てていた。


 俺は胸に抱くように装備していたショートソードを腰に装備し直しながら、油断無く通路を進んだ。

 

 通路を一つ曲がると、周囲が一層明るくなり、集団の人間がうめいているような、謳っているような不気味な声が大きくなる。

 煙や、それに混じる甘いにおいも強くなる。その匂いをかぐと、頭がボンヤリしかける。俺は匂いを吸い込まないようにタオルをきつく巻き直して前進する。

 この通路の先には窓のような物が複数開いていて、その窓から光と声と煙と香りが流れてきていた。

 俺は身をかがめると素早く窓に近づき、用心しながら窓からのぞいてみた。

 そして分かった事は、ここが遺跡の最上階で、巨大な広間の真上にある換気用の通路のようだということだ。見れば、この通路の天井に小さな排気口がいくつも開いていた。そして、俺が下をのぞき込んでいるこの窓も、厳密には窓では無く換気のため開口部だ。


 

 俺は、眼下に広がっていた異様な光景に目をむく。

 巨大な空間は4段の回廊で取り囲まれていて、その回廊にびっしり数百人の人間が、全身白い装束で頭から体まで包み込んで、不気味な声を上げていた。大勢の人と、周囲の篝火のため、熱気が立ち込めている。

 

 巨大な空間の奥には、大きな窓のような開口部があり、そこからバルコニーのようにせり出した部分があった。そのバルコニーの中央には演壇が設けられてあり、その奥の室内はカーテンで遮られていて見えない。

 演壇を前にして、数人の男が立っていた。中央に立つ老人だけ、基調は白ながら、装飾が華美な服を身をまとっていた。いかにも偉そうである。


 だが、俺を驚かせたのは、巨大な空間の中央である。

 四方を深い溝で隔絶された舞台の中央に寝台のような物があり、その寝台の横には、巨大な斧を持った大男が2人立っている。

 舞台の床は、どう見ても一面血で染められていた。舞台の四隅には大きな木桶が一つずつ置かれていて、どうも大量の人の生首が入っているようだ。

 煙に混じって、強烈な血の臭いが巨大な空間に立ちこめている。

 しかし、それに吐き気を催している状況では無かった。

 

 寝台の上に、白装束の少女が四肢を縄で拘束されて仰向けに寝かせられていたのだが、その少女、見間違えようがない。

「アクシス!!!」

 寝台の上には、恐怖に顔を引きつらせたグラーダ国の王女アクシス・レーセ・グラーダがいた。

「アクシス!なんでこんなとこに?!」

 鼓動が早くなる。汗が噴き出す。

 ヤバいヤバいヤバい。どう考えてもヤバい。どう見てもアクシスが生け贄として殺される場面だ。

 俺を急がせていた警鐘の理由がはっきり分かった。

 なんとしても救い出さなければいけない。他の誰でもない、アクシスなんだ。俺が助けないでどうする!


 俺は、焦る心を何とか落ち着けようとする。幼い頃から心を落ち着かせる訓練はしてきていた。だが、このあまりにも異常な状況では、すぐには落ち着く事なんて出来ない。

 それでも何とかしなければと思い、俺は換気窓から顔を出し周囲を見回す。

 幸い、回廊にいる数百人の異常者たちは、寝台の上のアクシスに注目しながら大声でなにやら呻いている。

 見ると、今俺が居る換気窓とほぼ同じ高さに、天井からつり下げられている車輪のように丸く作られた太い木製の装飾がある。その下にパイプが3段下がり、そのパイプの上に、照明器具が取り付けられ、周囲を照らしていた。パイプの中には油が入っているのだろう。無骨ながらシャンデリアのようになっている。

 その同じ照明装置が、広間の天井にいくつもつり下げられている。各照明装置は、階下の回廊にロープでつながっていて、滑車を使って上げ下ろしが出来る仕組みになっていた。

 

 俺はウエストバッグからフックとロープを取り出す。狙うはアクシスの真上に設置された照明装置、それを吊り下げている天井の滑車だ。

 天井部に張り出した換気通路からその照明装置までは10メートルほど。

 俺は狙いすまし、フックを投げる。一発でフックは照明装置をつり下げている滑車部分に引っかかる。

 次に俺はロープをたぐり寄せながらためらう事無く大きく窓からジャンプする。飛距離とたぐり寄せで、照明装置の上に飛び移る事が出来た。

 回廊の異常者たちは、誰も気付いていない。

 俺に気付くとしたら、真上を向いて寝かせられているアクシスだけだろう。

 ここまでで時間にして10秒足らず。

 照明装置が揺れて、多少シャンデリア状の器機が音を立てたが、回廊に居並ぶ連中の、気味の悪いうめき声に完全にかき消されていた。

 上出来だ。幼い頃から修行の日々だったのだから、いかに才能が無かったとは言え、このくらい出来なくては申し訳が立たない。

 

 作業をこなす事で、頭がクリアになってくる。

 俺は照明装置の上から真下をのぞき込む。20メートルほど下に寝かせられているアクシスと目が合う。美しい青空のような瞳がこちらを一心に見上げている。アクシスは自分の真上で起こった異常に気付いても、一言も漏らさずに耐えている。

 俺はゴーグルを上げ、タオルを口から外すと、アクシスと目を合わせる。

「俺だ!助ける!」

 口だけ動かしてアクシスに伝える。だが、広間に立ちこめる煙で、ちゃんと見えているのか心許ない。

 俺は周囲を素早く観察し、作戦を練る。


 周囲からの、祈りだか何だか分からない、不気味な声が高まった。アクシスの傍らに立つ、斧を持った男たちが動いて、バルコニーの演壇の方を向く。

 どうやら時間が無いようだ。失敗も許されない。

 俺は照明装置の上に立ち上がり、腰のショートソードを抜き放つ。





 アクシスは、わずかな希望にすがりながら、必死に涙と声を我慢していた。

 祭壇に寝かせられ、四肢をロープで固定され動けなくされても、両脇に斧を持った男たちが立っても、頭の下に首受けの桶を置かれても。

 小さな希望と願いにすがり続けていた。


「きっとお兄様が助けてくれる」

 お兄様と呼ばれる事を、いつからか嫌がりだし、もう数年も会っていないアクシスの思い人だ。

 生まれたときから側に居て、一緒に育ち、そして、身分や立場の違いから自分の元から去っていた人。

 ただ、「アクシスはボクが守る」と幼いときに交わした約束。それだけを今は信じている。

 

 天井の飾りが揺れた。その飾りに誰かが飛び乗った様に見えた。煙と恐怖で見間違えたのだろうか。

いや、確かに誰かが天井の飾りの上にいる。こちらを見下ろしている様だ。

 飾りに灯るランプの明かりで、その向こうにいる人物の様子がはっきりとは見えない。

 アクシスは目を大きく見開いた。

天井から覗く人物の顔がクローズアップされたように感じた。

 数年ぶりに見る顔だが、間違いない。見間違うはずがない。

「カシムお兄様・・・・・・」

 アクシスは小さくつぶやいた。その声は誰にも届かない。

 カシムの口が「た・す・け・る」と動くのをはっきりと見た。その瞬間、これまでこらええていた涙があふれ出す。

 

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