第31話 家

 パルラントの民主化が軌道に乗って、警察組織も一新された後、レナは周囲の反対を押し切って警察に出頭した。そこで己の罪状をぺらぺらと並べ立てたので、警察側も裁判をせざるを得なくなった。

 革命への寄与などを考慮して大幅に減刑をされたレナは、三か月間の禁固刑を受けた。

 刑務所の中で、レナはカミルと、今後のことについて話し合った。


『これからどうしようかしら。マヤもいないし、マヤの願いも叶ったし、私にはもうやることがないわ……』

『自分のために何かしたらどうだ? あれだろ、大学では教育学をやってたんだし、先生になるってのはどうだ?』

『さすがに前科者は公務員になれないわよ。でも、そうね……』


 レナは天井を仰いだ。


『社会に貢献したいわ。罪を償いたいし。……共産党政権の犠牲になった孤児なんかを引き取って、ひっそり暮らすのはどうかしらね』

『レナはもっとデカいことができる気がする』

 カミルは自信ありげだった。

『孤児を引き取るなら、いっそ孤児院でも設立したらどうだ?』

 レナは目を細めてカミルを見下ろした。

『さすがにそんなお金は無いわよ』

『んー』


 カミルは帽子の頭を両手で押さえて、何やら体をくねくねさせた。それから唐突に言った。


『カブシキガイシャって分かるか?』

『えっ? 一応、概念の上では知っているけれど……。労働者から金を巻き上げて事業を拡大し世界征服を目論む悪徳企業だって、学校では教わったわ。実際には資本主義圏の経済において中心的な……』

『ああー、難しい話はおいらには分からないから、しなくていいぞ。とにかく、そのカブってのを買って持っておいて、あとはおいらの予言を使えば、金はいくらでも儲かるらしいぜ』

『何ですって……!?』


 レナは目を丸くした。


『それこそ悪徳資産家じゃないの!』

『レナが悪いかどうかはおいらは知らねえけど、金があればやりたいことができるんだろ?』

『……』

『あと……なんだ、レナがやろうとしている、その、ジゼンジギョウっていうのか? それは、上手く宣伝すれば、カブシキガイシャが自分から投資してくれるぜ』

『会社が投資を……? 孤児院に?』

『そうだ』

『まあ……』


 レナは驚いていたが、やがて決意を固めた。

 今後の人生は他人のために捧げる。それも、悪くはない。


『私、やってみるわ、カミル。これからもよろしく頼むわね』

『お安い御用さ』


 出所してすぐにレナは、残った財産の多くを、カミルの指示した企業に投資した。

 すると面白いくらいにお金が手元に入ってきたので、それを使って、ヴァソヴィオの土地を買い取った。

 新たに建てられた孤児院は、オリヴィアたちの許可を取って、「スズランの家」と名付けた。

 建物の前には、スズランの彫刻の看板と、小人の銅像が建てられた。 


「どうして小人の像を?」

 オリヴィアが尋ねた。

「だって、マヤの像は既にあるから。それに、ドモヴォーイは家を守ってくれるでしょう」

 レナは像に触れた。細かく注文をしてカミルに似せるように作らせたそれには、「カミル」と名前を彫ってもらっていた。

 あはは、とユリアンは笑った。

「ステンシル家は伝説が好きなんですね」

「どういうこと?」

「マヤも以前言っていましたよ。ドモヴォーイが本当に私たちを守ってくれたらいいのにって」

「……そうなの」

「僕はその時、『人間を守れるのは人間だけだ』って言いましたけどね。でも、こうして、伝説の存在は、静かに僕らを見守ってくれているのかも」


 さて、孤児院の運営が始まった。レナは専門家を雇って環境の整備に努めた。


 その頃には、ソヴェティア社会主義共和国連邦は崩壊して、ただのソヴェティア連邦になっていた。インテルナツィアもMTOも解散した。共産主義を採用している国はごくわずかとなり、今や西側諸国の代表で会ったアメリーコ合衆国が世界の覇権を握っている。パルラントもすっかり資本主義圏となった。

 それはそれで問題が山積しているのだが、ひとまずパルラントは自由だった。何を言っても逮捕されないし、どんな集会でも認められていた。経済の復興も、非常にゆっくりではあるものの、進んでいる。国際的地位も飛躍的に上がった。今ではパルラントは、マージャ、チェスコ、スロヴィオと並んで、かつての西側諸国が結んでいた経済協定に加盟するための協議も進められている。


 ヴァソヴィオでは、「スズランの家」と「カミルの像」はたちまち人々に知れ渡った。特にカミルの像は町のみんなに人気だった。

 他でもないレナの運営する孤児院の前に設置されたそれは、パルラントが民主化したことを祝福するものだと、人々には受け取られたらしい。


 じきに、誰からともなく、小人を民主化の象徴とする風潮が生まれた。

 ヴァソヴィオの街角には、一つ、二つと、カミルの像を真似た小人の像が立つようになった。


 数年もすると、街のそこかしこに、小人の像が設置されているのを目にするようになった。レナに倣って、小人の一人一人に名前が付けられているのが特徴だった。


 今では、「ヴァソヴィオ歴史地区」や「文化科学塔」に次いで、小人はヴァソヴィオの観光事業に貢献している。人々は小人の像を探してヴァソヴィオの町を歩き、「スズランの家」の前のカミルの像を見て喜び、大量のお布施を投下していく。


『おいらはすっかり有名人じゃないか!』


 院長室で、カミルは大笑いしていた。レナは寄付された大量の鉦を後で銀行に預けに行くために、金庫に仕舞っているところだった。


『まさかこんなことになるなんてな! みんな、おいらたちのことは見えないくせに』

『この町も変わったわね。この国も』


 レナは院長室の窓から空を見上げた。青い空はどこまでも澄み渡っていた。


『マヤはいなくなってしまったけれど、その遺志はちゃんとこの国にある。この国の平和を思うたび、この国じゅうの人が、マヤに感謝しているのよ』


 レナは束の間、目を閉じて、在りし日を想った。


「さあ、子どもたちの様子を見に行かなくちゃ」


 レナは立ち上がった。棚に飾ってあるスズランのブローチを愛おしそうに見つめてから、院長室を出る。


 パルラントは今日も平和だ。




 おわり

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