エピローグ

 あの出来事があった次の日であるところの今日。

 千代田康太と千代田香恋が死んだというニュースは全くなかった。香織さんが不思議な力を行使したか、もしくは彼女がそう想ったのだろう。

 二人は私の知らないどこかで今日も一緒に暮らしている。

 私が心から祈るれことはそのぐらいのことで、今は自分の心の中の整理でいっぱいいっぱい。

 今私の目の前で座る女性はまるでカウンセラーのように、様々な質問をぶつけてくる。

「どう? 今の心境は」

「────」

「でもまぁ。約束は果たしてくれたね。そしたら私も約束は守らないとね」

 約束──それは彼女を殺すことができたら私のことを殺してあげる、という約束というより契約に近かったもの。

 私が彼女を殺したわけではなく、彼女が自ら命を絶ったが、そこは大した問題じゃなかったらしい。

「結構です」

 ハッキリと、その結論を下した。

 これだけは、あの瞬間に決めていたことだったから。

 そっか、と香織さんは呟きいつもの甘々のココアの入ったコップに口をつける。

「まぁ、その力は今後も役に立ちそうだしね」

「今日はもういいでしょう。帰ってください。私も色々忙しいんです」

 あえて、突き放すような言葉を口にする。でも、帰って欲しいのは事実。

 しかし、香織さんはいつもと変わらないペースを守り、

「今後、私の仕事を手伝う気はない?」

 なんて世迷言を口にした。

 こんなことになったのは、あなたのその仕事を手伝ったからだというのに。

「お断りです」

「つれないなぁ。はいはい。それじゃ私は帰ります。──また、どこかで会えるといいね」

 香織さんはそう口にすると、家から出て行った。

「────」

 今日は学校を休んだ。

静かな家中には時計の音しか聞こえない。

 ずっと自分は独りで生きてきたっていうのに、今この状況に感じたことのないほどの孤独感を感じた。

 ──でも。

「私は、生きる」

 それが、あの瞬間に出た結論だった。あの兄妹がこの世を去った時に。

 私を救ってくれた彼を忘れないために、私が生きることで恩返しになると思ったから。

 今は死ぬことができない恐怖より、死ぬことが本気で怖い。これも彼のおかげだ。

 明日学校に行ったら彼の席はあるのだろうか。もしかしたら、ふらっとまたあの家から現れて、私の少し後ろを歩いてくるんじゃないだろうか。

 叶うことのない妄想を思い描くと、久しぶりに涙が出てきた。

 彼が死んだ時も、私は流すことはなかったのに。

 少し余っていた紅茶を飲み干し、カーテンを少し開けた。

 そこには、さっきまで晴天だったというのに、雨雲が広がっていた。

「また雨か」

五月の上旬。

 もはや、いつものように、と表してなんの問題もないほどの大雨の中。

 ──私はまた、こうして独りになった。

  

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死にたい彼女と俺の妹 江部さんた @ebe__san

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