緑ヶ丘梨乃 10

「えっ───」

 彼女は、目の前で起こった状況が飲み込めないのか、膝から崩れ落ち、地面に手をついた。

 私たちがトリガーを引いた途端、倒れる彼は私を押し倒し、みがわりとなった。

 ──そして、撃たれた。

 私の撃った弾はどうやら外れてしまったみたいだ。

 この血の量からして助からない。持って五分あるかないか。

「なん・・・で」

 泣きながら、彼女はそう呟く。

 さっきまで、いや、今も我を失っている彼女はその言葉を連呼している。

 なんでなんでなんでなんでなんで、ともう死がすぐそこまできている自分の兄に向けて。

「香恋・・・さん」

 私の呼びかけは全く聞こえていないようで、人間これほどまでに泣けるのか、と思わせてしまうほどの涙を流している。

「緑……ヶ丘………」

 彼女の泣き叫ぶ声が聞こえる中、彼は口を開けた。

 どういうわけか、その小さな声は土砂降りだというのによく聞こえた。

「何?」

 少しでも長く生きるためなら、黙っておいた方がいい。その中で、最後の力を振り絞るその姿は実に彼らしくて、こんな状況でもかっこいいと思ってしまった。

「お兄……ちゃん………?」

 さっきまで、敵である私と距離をとっていた彼女が詰め寄ってくる。

 そして、兄の最後を見届けようと、顔を除く。

「ごめんね。ごめんねごめんねごめんねごめんね」

 しかし、その瞬間に彼の呼吸は完全に停止した。

 彼女の謝罪の連呼も、私に最後何を言おうとしたのかわからずに。

 そして、田舎に少女の叫び声が響き渡った。

 どういう皮肉か、雨が上がり始め、太陽が見えてきた。

 そして今携帯を見ると、圏外という表示は消えていた。

「私…………」

 着物の少女は自分に銃口を向けた。

 しようとしていることなど明確だった。彼女はそれほどまでに彼を愛していたからだ。

 田舎に、今度は銃声が響き渡った。

 彼と違って彼女は即死。自らの心臓を完璧に射抜いてみせた。

 それは、この幸せだった数日間を。

 それは、この残酷な数日間を。

 ──終わりを意味するものだった。

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