千代田康太 16
次の日、うざいくらいに快晴で、まさに遊園地日和だった。もし今日が土日だったら、人の多さを想像しただけで行くのを躊躇っていただろう。
しかし、そんなことがない平日の全くもって普通の日。
開校記念日に感謝を抱きつつ、起床した。
昨日看病していたから、香恋から風邪をもらっていないか心配だったが、どうやら杞憂だったみたいだ。ばかは風邪引かないもんね!
「今日は休むのか?」
着替えを済まし、準備を終えて家を出る前、香恋の部屋に寄った。
そこには昨日と変わらず、弱々しい妹がいた。
「うん。お兄ちゃんどっか行くの?」
「遊びにな。今日は大人しくしてろよ? 母さんが色々買って用意してたみたいだし、それ食べて薬飲んで寝れば治るから」
「お兄ちゃんどこ行くの?」
「? 今言ったけどなぁ。遊びに──遊園地行ってくる」
「ふーん。楽しんできてね」
「おう。じゃーな」
妹に別れを告げ、駅に向かった。
歩いて数分、集合時間の十分前である時刻に着くと、先に彼女は待っていた。
「おはよう」
「おはよう。今朝はよく眠れた?」
何気初めて見る私服姿の同級生。白いワンピースは、きれいな白い肌とマッチしていて、よく似合っている。まるで妖精のような、純白さ。長い黒髪がそれをさらに引き立たせている。こういうシンプルな服装は、学校一の美少女である緑ヶ丘梨乃のイメージにぴったりだった。これが見れただけでも、今日という一日に大きな価値があると思えた。
「バス停へ行きましょうか」
それから、無料シャトルバスが出るところへ移動。
先に数組の大学生グループや、もしかしたら同じ高校の連中が並んでいた。
それから数分経って、バスが到着。
さすが平日。いつもはなかなか座れないと噂のバスの座席を余裕で確保することに成功した。通路から右側で、バス全体で言えば真ん中くらいの席に緑ヶ丘を窓側にして座った。
バスが二十分ほど走ったところで、すっかり田舎景色になった。
周りは田んぼや畑、緑に囲まれている。
そして、遠くを見ると明らかにこの景色とは不釣り合いなものが見えてきた。
観覧車やジェットコースターが動いているのを見て、緊張感が高まってくる。
むしろ絶叫系は好きだし、乗ってみたいと思っていた。
つまり、この緊張は緑ヶ丘と一緒にいるが故のものだと認識するのに、そう時間はかからなかった。
「お前、遊園地好きなのか?」
「好き、というよりは興味があるが正解かしらね。なんせ行ったことがないもの」
こいつの家庭の事情は前に聞いた。その可能性については考えていたが、やはりこの質問をしたのはちゃんとした理由がある。
──今日、決着をつける。
こいつにとって、俺という存在が支えになるため。
こいつにとって、俺という存在がなくてはならないものにするため。
もう、死にたいなんて思わせない。
死んでも生き返るとかそんなことはもうすでにどうでも良くなっていて、普通の生活を俺は彼女と送りたい。
そんな世界にするための一日。
「じゃ、ジェットコースター全部乗ろうな!」
つい、テンションを上げて話してしまった。
しかし、緑ヶ丘もそんな俺のテンションに合わせてくれるらしく、
「そうしましょうか」
と、いつもの口調で微笑んでくれた。
そこからは話したり無言になったりを繰り返して。目的地である遊園地へと到着。
晴天の青空は人々を照らし、遊園地という楽しい空間をさらに明るくしている。夜から雨予報が出ていたが、きっとそんなのは嘘なのだと感じさせてくれる。
「まずは入場券を買わないとな。緑ヶ丘はベンチで待っていてくれ」
人混みに疲れているように見えたのでそう提案。
「じゃそうさせてもらうわ」
どうたら俺の予想が当たっていたみたいだ。
大学生カップルに次いで列に並ぶ。そのままスムーズに進み、二人分のチケットを購入。
「はいこれ、チケット」
「ありがとう」
ベンチに座って待っている緑ヶ丘にチケットを渡す。
「いくらだった?」
「いや、いいよ金は」
今日誘ったのは俺だし、ここは絶対に奢ると決めていたのでその旨を伝える。
チケットは一枚三千円で、大都市にある有名な遊園地に比べたら大した値段ではない。ちょうど二日前にお小遣いをもらっていたこともあって財布は潤っていたし、なんの問題もない。
「……はい」
諦めたのか、渋々受け入れてくれたみたいだ。
「そんじゃ行くか」
意を決していざ入場。
そこには大きな地球儀や西洋の貴族が住んでいそうな白い城はない。目の前はフードコート。まだお昼を食べる時間でもないため、この辺にあまり人はいない。
「まずはあそこ行くか〜、ってあれ⁈ 緑ヶ丘は⁈」
さっきまで横にいたはずの緑ヶ丘がいなくなっていた。
迷子……なんてことはなく、少し離れたところに設置されているマップとにらめっこしていた。
「おい」
「しっかりと計画を立ててから行動するべきだと思うの。時間はあるかもしれないけど、効率重視で行きましょう。時間が余れば二回目、三回目だって乗れるかもしれない」
こいつめっちゃ楽しみにしてたんだぁ。まぁ、ソシャゲとかでも効率重視は怠らない効率厨の伝道師こと俺だしそれはもちろん賛成だ。
「まずはこれから乗りましょうか。その次はこれね。メリーゴーランドはスルーが安定かしら。なんか頭悪そうで浅はよね、あれ」
きっぱりとメリーゴーラウンドを切り捨て、最初に乗ると決めたところに向かって早歩きを始める緑ヶ丘に俺も続く。
若干名並んでいるようで、マナーを守って最後尾に。またまた前にはさっきの大学生カップルがいた。
それから数分して、俺たちが乗れる番がやってきた。
「いよいよだな」
昔何回か乗ったことがあるとはいえ、緊張する。
「それだはみなさん行きますよ〜、レッツゴー!」
「レッツゴー!」
係員さんの合図に合わせて前後の人たちは声をあげたが、真ん中に位置する俺たちは無言。しかし、ジェットコースターは動き始めた。
そこからは一瞬の出来事だった。
俺たちは二人は特にきゃーとか、ふぉーとか、わーとか言わずに終始無言でまず一回目のジェットコースターを終えた。周りから見たら楽しんでなさそうな二人だが、俺はこれでも楽しめたつもりでいる……。緑ヶ丘はどう思っているだろうか。
「おーい。どうかしたか?」
俺に背を向けて、さっき乗っていたジェットコースターを眺める緑ヶ丘。
「千代田君」
「は、はい」
「ジェットコースターって、とても楽しいのね!」
ワンピースの裾を翻して振り返り、大きな声で言う緑ヶ丘に驚いてしまう。
楽しめたようで何よりだけど……。
「次! 次の早く乗りましょう!」
キャラが変わっているように見えるのは俺だけだろうか・・・。
そこからは一通り昼まで遊んでお昼休憩。さっきのフードコートに来てここの名物であるサンドウィッチを食べた。休憩後は午前の続きで、またまたそれはもうめちゃくちゃ楽しく遊んだ。
再度言うが、ここはネズミがいたりするところではないので買い物をする予定やパレードを見る予定はなし。空いていることもあって、ほとんどの時間をジェットコースターに乗って過ごした。さすがに疲れたが、緑ヶ丘にそんな様子は一切なく、たまに笑顔を見せたりして、とても楽しんでいるように見えた。最後まで可愛い悲鳴を上げたり、なんてことはなかったけど、それが緑ヶ丘梨乃という少女なのだろう。
そう。俺たちは時間を忘れて遊び倒し、すっかり空はオレンジ色に染まり始める頃を迎えていた。
「なぁ、緑ヶ丘」
「何? さっきのあれもう一度乗る? 私としては最初に乗ったのがいいのだけど」
「いや、そうじゃないんだ」
今日の目的はまだ達成できていない。
もしかしたら、こんなことする必要なんてなく、緑ヶ丘は俺のことを友達と認めてくれているのかもしれないけど。
言葉でちゃんと伝えたい。
「観覧車、乗らないか?」
閉園時間的に、あと何かに乗るとしたら一回のみ。
それに、観覧車を提案した。
普通に了承されると思っていたけど、あまりにも緑ヶ丘が絶叫系にハマったせいで断れれる気さえしていたが、
「いいわよ。乗りましょうか。観覧車」
意外にすんなりと了承してくれた。
そのまま観覧車乗り場まで移動。
「やっぱ空いてるな」
田舎にポツリとある遊園地ということもあって、観覧車の人気は他と比べてない。高いところから見える景色は緑だけだし、ジェットコースターに邪魔されて見えないところも多い。
「い、行くか」
爽やかなお兄さんに案内されて、観覧車の中へ。
俺は右に、緑ヶ丘は左の椅子に腰をおろした。これで対面する形に。
「……」
観覧車は上を目指して動き出しているというのに、俺は動けない。話の切り出し方がわからず、いつもみたいに無言が続いてしまう。
こうして考えてみると、怒涛の時間を過ごして来たと思う。今日も、もちろんそうなのだが、あの日に俺の家の前で起こった事故で緑ヶ丘は死んだ。だけど、次の日も普通に学校にいて、俺は緑ヶ丘の後をつけて、また死んで、また次の日普通に生きていて。そこからは一緒にいる時間が増えて、プリクラを撮ったり、緑ヶ丘の家にお邪魔させてもらったりして、まるで自分では信じられないほど濃い時間を生きていた。ただいま起きていることが理解できないという気持ちでいたのがいつしか助けてあげたいとかなんとかしてあげたいって気持ちに変わって。そして、その気持ちはさらに変化して。
──俺は、こいつに傍にいてほしい。
やっと、そう結論づけた今になって覚悟が決まった。
「なぁ。緑ヶ丘」
緑ヶ丘はずっと外──遠くを見つめていた。
綺麗なその瞳で、夕陽が差し込む観覧車の中で遠くを見つめるその姿はとても絵になっていて、まるで一枚の美術作品のように幻想的に思えた。
「何、かしら」
外に向けていた視線を前に戻し、俺の方を見る緑ヶ丘の目には、さっきまでジェットコースターではしゃいでいた様子は一切なくなっていて。弱々しく、いつ消えてしまってもおかしくないような目をしていた。これが緑ヶ丘梨乃。俺がなんとかしてあげたいと願った少女。
「もう、死にたいと思わないでくれ──」
「えっ──」
小さく口を開け、呆気にとられたような顔をする緑ヶ丘はすぐさまいつもの凛とした目に戻し、俺の目を見つめる。
今日目があったのは初めてかもしれないな、なんてことを思ってしまう。
「前にも言ったはずだけど、私のこの気持ちは変わらないわ。死にたくても死ねないけど、それもきっともう終わり。根拠なんてないけど、そんな気がする」
緑ヶ丘はまだ死にたいと思っている。
そして、ちゃんと自分はいつか必ず死ねると信じている。
「どうして、死にたいだなんて思うんだ。お前のその気持ちは孤独から産まれた感情じゃないのか? だったらもう、お前は一人じゃないだろ!」
自分らしくなく、声を張った。じゃないと、本気が伝わらないと思ったから。
「えっ──」
また同じような反応をする緑ヶ丘がおかしくて笑いそうになってしまう。
こいつ、もしかしてそんなことに今まで気づいていなかったのか。
「だからさ、俺がいるだろ。それでも孤独だって言うなら、そう言えなくなるまで一緒にいてやる。緑ヶ丘はもう、死にたい理由なんてないんだよ」
「それ──ほんと?」
「愚問だな。だからこうして一緒に今日まで遊んで来たじゃないか」
「…………」
それから、緑ヶ丘は下を向いたまま黙ってしまい、一言も話さずに観覧車を終了した。そしてエントランスまで移動。
「そろそろ閉園みたいだし、出るか」
そのまま無言状態は継続して、遊園地を出た。
夕焼けは薄れていて、空はすでに青さを失っていた。
あんなに晴れていたのに、予報通りに雨が降る。まさしく、そんな空模様。
「ト、トイレに行ってくるわ」
「あ、うん」
バス停の近くに設置されたトイレに走っていく緑ヶ丘。
観覧車ぶりに聞いた緑ヶ丘の声は弱々しく、元気がないようだった。
帰りのバスの本数は少ないのだが、そんなに時間がかからずに到着するだろう。
俺はトイレの近くにあるベンチに腰をおろして、緑ヶ丘を待つことにした。
観覧車でのやり取り、上手くいかなったなと、後悔の念を抱きながら。
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