千代田香恋 5

「おはよう、香恋」

「んー」

 階段から兄が降りてきた。

 時刻は十一時をすぎたところ、おはよう、を言うにしては少し遅い時間に、康太は起床した。

「腹減ったなぁ」

「昨日作ったカレーあるよ」

「んー」

 気の無い返事をする康太から、あることが明らかになる。

 この状況に、何の不思議も抱いていない。普通ならあの女の所在を気にする。

「どうしたんだ? ニュースなんて見て。珍しいな」

「え⁈ いや、な、何となくだよっ」

 つい焦って答えてしまう。 

 この状況に、混乱しているのは私だけみたいだ。

「どこ行くんだ?」

「ほっといてよ!」

「す、すまん」

 階段を登り、康太の部屋を覗く。

 昨日私が処理したのは遺体だけ。

 となると……。

 やはり、そこにはあるべきものがなかった。

 昨日、あの女が持ってきていたカバンが。

 昨日、敷いてあった布団が。

 今朝のぞいた時からなかったし、康太はベッドの上で寝ていた。

 昨夜は、床に敷いた布団で寝ていたのに。

 もう、訳がわからない。

 昨日、確かに殺したのに。

 まるで、最初からいなかったみたいだった。

「昨日、梨乃さんと会った?」

「まぁ、学校でな」

 そんな当たり前のことを聞いてしまう。

「家に連れ込んだりしてない?」

「し、してないよ!」

 この慌て具合、もしかしれて前に連れ込んだ?

 だけど、今はそんなことにいちいち嫉妬していられない。

 何が何だかで、訳がわからないけど、一つだけ確かなことがある。

 緑ヶ丘梨乃は生きている。

 だったら、もう一つわかるじゃないか。

 また、私の前に現れるってことが。

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