緑ヶ丘梨乃 7

「失敗したみたいね」

 目が覚めてから数時間後、一階に降りたタイミングで香織さんはやってきた。

「私の行動、読まれていました。さすが、あなたの娘です」

「でっしょー! でも、人からの殺意って意外とわかるものよ。殺意ムンムンにしてたんじゃないの?」

「敵意は向けてましたし、向けられていました」

 改めて見ると、昨夜私を殺した少女とこの女性はよく似ている。

 ところどころに見せるその仕草、まさに同じ遺伝子を持っているのだろうと確信する。

「ま、ここからが真骨頂よね。あなたの」

 私が香織さんと契約をしたのは私の力によるもの。彼女を殺すことができたのなら、私を殺してくれるという簡単な契約。

「勘のいい彼女なら、私が生きているんじゃいかって思ってそうですけどね」

 何より、殺されたということは高確率で死ぬ瞬間も見られている。そうなると、昨夜の記憶が残っている可能性が高い。

「そんな状況で、殺せるでしょうか……」

 珍しく、弱音を吐いてしまう。

 正直、失敗したときのことを考えていなかった。

 死んだら、その時考えようと。甘い考えだった。

 しかし、いざそうなると、次の案が浮かんでこない。どうすれば良いのか。

「今頃、香恋はニュースになっていないことに驚いているでしょうね」

 同じ策は二度と通じない。

 何回もやり直しが効くとはいえ、策もその度に用意しなくてはいけないわけで。

「ってか! ココア入れてよ!」

「はぁ」

ため息をついて、私は台所へと移動する。

 この状況でも、平常運転の香織さんはさすがだ。

 ところでこのため息は、失敗したことによるだけのものじゃない。

 昨日、千代田君と話したこと、あれはきっと記憶していない。

 まるで修学旅行の夜みたいだと彼が言った昨夜。あの時、私は本音で話すことができたのだから。関係に、それなりの進歩があったことはちゃんと覚えている。

「ほら、次の案考えるわよ」

 作ったココアを香織さんに渡し、座っている香織さんに対面するように腰を下ろす。

 まず、行動を起こすのは夜でなくてはいけない。他の誰かに見られてはいけないからだ。 

 あとは、殺意を見せないように……これははもう無理か。どうしても殺意を出してしまうし、隠しても気づかれるだろう。

 昨夜はあっけなくやられたが、次は戦闘もやむを得ないか。でも、そんなことやったことないし、人のことなんて殴ったこともない私にそんなことは無理か。勝ち目なし。

 不意打ち以外に私が彼女を殺める道はないように思えた。

 しかし、そう思っていたのは私だけのようで、目の前に座る女性は違った。

「これは苦肉の策になるんだけど」

「はい」

「人質」

「はぁ」

「どうしたの?」

「いや、よくわからなくて」

 人質? 一体誰を?

 人情がある人だと思っていたけど、どうやら違ったみたいだ。

「康太君」

 なるほど。千代田君を人質にとり、兄を殺されたくなければお前が死ね、ということだろう。

 しかし、そんなことできるはずがない。

「無理です」

「じゃ、どうするのよ」

「……」

 言葉に詰まってしまう。

 香織さんの案は成功確率はそれなりに高いとは思う。私にもできると思う。

 人質に取り、彼女がその事実を捻じ曲げることはできない。

 いくら彼女の力とはいえ、今起こっている行動を捻じ曲げることはできないからだ。

 ただ、やっぱり今の私にそれはできない。

 大事な人───友達にそんなことできない。

「万策尽きた?」

「もう一度、不意打ちを狙います」

「無理よ。あなたのこと、昨夜のことを香恋は忘れていないもの。目の前に現れただけで、そこですぐに殺し合いが始まる」

 香織さんの言う通りだ。

 言う通り、ではあるのだが。

「やっぱり、人質に取るなんて、そんな・・・」

「んー、まぁいいわ。今日は土曜だし。次に仕掛けるのは早くて月曜になるだろうしね。ただ、早く行動を起こしたほうがいいのは本当。不思議に思った香恋があなたを探し回る可能性だってあり得る。まさか、生き返ったとは思ってないだろうけど、殺し損ねたって探し回るでしょうね」

「はい」

 今はとにかく考えるしかない。

 何か名案が思い浮かぶまで、とにかく考えるんだ。

「それじゃ、今日は帰るから。気が向いたらまた明日も来るわ」

 そう言って、香織さんは帰っていった。

 せっかく作ったココアを珍しく一口も口にしていなかった。

 

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