緑ヶ丘梨乃 5
香織さんは予告通りにやってきた。彼が帰ってから十秒後くらいに。またどこかで見ていたのだろう。
「いやーごめんねー。二人の邪魔しちゃってさ」
わざとらしく話す香織さんは謝罪する人のそれではない。確実に彼がいる時間を狙ってやってきたに違いない。
「また何か用ですか?」
「香恋のお兄ちゃんと話がしてみたくてね。それと、二人の親密度を間近で感じたかったのよね」
「それで、どうでした? その親密度とやらは」
「まだ、あなたの片想い状態かなぁ」
「彼のこと好きなんて一言も言ってませんが」
香織さんのこのからかいは最近多くなってきた。
確かに、気になってはいるのだが、きっとこれはそういうんじゃない。
なかなか話せなかった期間が長かったせいで、彼に多くの関心を向けるようになってしまっただけ。目下の目標はその妹の千代田香恋なのだから。
またまたー、と香織さんは上機嫌に笑う。いつものことなのだが、まるで酔っ払いだ。
「用が済んだのなら帰ってください。あした以降の予定とか作戦とか練りたいので」
いつまでもこうして彼と遊んでいてもキリがない。そろそろ、何かアクションを起こしていきたい頃合いだ。
「一つだけ、気になったことがあったんだよね」
私が香織さんを追い返すような発言をしたのに対し、香織さんは鋭い目つきで意味ありげなことを言う。この人はなんでも知っている人だ。自分が来る前に私がした行動に何か疑問を持ったのだろう。これは予想できていた。
───自殺理由を彼に打ち明けたこと。
それは私なりのケジメだった。
今まで彼が私に興味を持って、ここ数日同じ時間を共有していたのも、慣れないことをして私に合わせようとしてくれていたのも、それが知りたかったから。未だに彼の事はよくわからない。だけど、ああ見えて正義感が強い人だって事はわかった。だから、ここまでのケジメとしてそれを打ち明けた。
私は、私と彼を繋いでいた線を曲げた。
正義感の強い彼なら、両親との仲を持って彼なりに頑張ってくれるかもしれない。
だけど、そんなの無駄で。そして、いらない。
私は死ぬ。
それだけのために今日を生きてきた。
これ以上、一緒にいたら、それこそ───。
「もう、結末までのビジョンは描いたってことのなのかな」
香織さんは全部このことをわかってくれたに違いない。
きっと、私の行動に意図だって、その瞬間に汲んでくれたはずだ。
「明日、千代田香恋を殺します」
結末は明日になると、そう口にした。
あなたの娘を殺し、私を殺してくださいと。
「そうか。それは楽しみにしている」
若干、驚いた顔をした香織さんだったが、少ししていつもの調子でそんなことを言って、静かに私の家を出ていった。
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