緑ヶ丘梨乃 3

 厳しい両親に育てられた私にとって、読書が唯一の娯楽だった。十年ほど前の両親は今ほど忙しいわけではなく、家にいる時間はそれなりにあった。友達の一人や二人いれば少しはマシだったのだろうけど、当時からイマイチ自分が生きてる意味がわからなかった私は、それを作ろうと思わなかった。

「家族とか?」

 きっと、この人の発言に他意はない。私の家庭事情については話していないし、話すつもりもない。でも、私の自殺理由が家庭事情にあると予想している可能性はある。なんだ、他意ありありじゃない。

「まぁ、そんなところよ」

 唯一、私があの両親を家族なんだなと思った日。それが十年くらい前のこのゲームセンターで。今日と同じように映画を見た後の出来事。




 学生時代の友人が出てるんだ、と父の発言から、GWが明けて最初の週末に映画を見に行くことになった。

 映画は素晴らしいものだった。その年の賞を総ナメし、父の友人も売れない女優から一躍名女優となった作品。まるで、見た者を幸せにさせる魔法がかかっていたかのような。上映終了後、私は両親の笑顔を初めて見た。二人とも頬がとても緩んでいて、こんな顔するんだ、なんて思ったりした。

その後、映画館を出てゲームセンターの前を通った時に、

「そうだ! プリクラ撮りましょうよ」

 有名なお寺の娘として産まれ母はとても上品な人で、そんなことを言うなんて驚きだった。普段から出かける際は着物を着用する大人の女性には似合わないセリフ。

 それに対して父は、

「いいじゃないか! 記念だな! あんな素晴らしいものを見たんだ。そのまま何もせずに帰ってたまるか」

 こんなにテンションが高い父を見たのはこの時が最初で最後。

「梨乃、行くわよ」

「うん」

 もちろん私も、見た者を幸せにさせる魔法がかかった作品を見た後だ。素直にこの瞬間が「楽しい」と思った。

 プリクラ機の中に入ると、母は案外慣れた手つきで操作を進めていた。この人は私と違って友達がいたと聞いていたし、何回か撮ったことがあったのだろう。でも、その時はそんなこと気にならずに撮影が進み、

「あらお父さん、すごい目が大きくなってますよ」

 機械から印刷され出てきたプリクラを見て、笑い合いあった。

「梨乃、楽しかったか?」

 父の質問も素直に返した。

「うん! また来たい!」

 それ以来、プリクラは私の中で特別なものになっていた。

 ────唯一の、思い出。




 まさか、次誰かと行く時の相手があなたとはね。

「何惚けてるんだ。中入らんのか?」

 私たちはまだゲームセンターの入り口の前で立ち尽くしていた。

「ええ、行きましょうか」

 こうして私と千代田君はぎこちない足取りでゲームセンターの中へと入っていった。

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