千代田康太 10
「おはよう。千代田君」
昨日と同じように、緑ヶ丘梨乃は家の前で俺を待ち構えていた。昨日は用事があると帰ってしまったが、本当に用事があったのだろう。特に変わった感じは見られない。いつも通り無愛想だが美人の緑ヶ丘だ。
「ごめんなさいね。昨日は突然帰ってしまって」
「いや、大丈夫だ」
学校に向けて歩き出すと、まずは昨日の件についてだ。友達がいない俺にとって、昨日の遊んだことについて次の日振り返って話をするのはちょっと憧れていたから嬉しい。まぁ、こいつにこんなこと言ったら軽蔑されそうだけど。
「妹さん、何か言ってなかった?」
「いーや、なんかあれから無口でさ。帰り道も家でも事務的な会話しかしてない」
「そう」
おしゃべりが好きな香恋だが、親にもしゃべってないみたいだし助かった。親に「彼女できたの?」とか一番聞かれたらめんどくさいやつだからな。それにしても、周りの目にも慣れてきた。俺の順応力はすごいのかもしれない。
「き、今日も俺の家に来るのか?」
当面の目標は緑ヶ丘の秘密についてだ。話をする機会は多く作って行きたい。
「そうね。昨日もあまり話せなかったものね」
「今日も妹さんの帰りは遅いの?」
あ、今日は香恋のやつ何もないな・・・。
「すまん。今日はあいつ、早く帰って来るわ。でも、面識あるわけだしいいかなって思って。親になんか余計なこと言ったりしないだろうしさ」
「うーん。いえ、やめておくわ。あまりいいように思われてないみたいだし」
「え、そうなのか?」
「気づかなかったの? 彼女の私を見る目、すごかったわよ」
まじか。気づかなかった・・・。
「それじゃ、またどっか喫茶店とか行かねーか?」
「たった数日話したからって、私に惚れるの早すぎじゃないかしら?」
「ほ、惚れてない! ただ、お前のその生き返るっていう話、全然聞けてないからよ」
俺の勇気を出しだ誘いは、どうやら変に捉えられてしまったらしい。
「わかったわ。学校が終わったら校門の前にいるから」
そう言って今日もまた緑ヶ丘は先に学校へ。今日こそ、ちゃんと話せるのだろうか。
「遅いわね」
「すまん。先生と少し話してて」
「あなた、富沢先生と仲良いわよね」
「あぁ、昔から知り合いで」
「ふーん」
聞いたくせになんなんだ、その態度は・・・。
「じゃ、まぁ、とりあえず、バス乗るか」
「いいえ、歩きましょう」
「ここからだと街まで結構あるぞ?」
「どうせ行くところなんて決めてないんでしょ。歩きながら決めましょう。それにバスの中はたくさん私のことを知っている人がいるじゃない。居心地悪くて嫌だわ」
「お、おう」
黙って従っておくか……
それにしても、どこに行こうか……。昨日の店は軽くトラウマになったから行きたくないし。かと言って他にいい感じの店知ってるわけじゃないし……。
「こういうの、まじ苦手」
結局、何も思いつかないまま街に着いた。道中はいつも通りの無言。そして、緑ヶ丘の後ろを歩いた。必死でスマホを駆使してお店を調べたが決まらず。田舎とも都会とも言えない人口30万人程度のこの街にはそんなに選択肢はないはずなのに、
「すまん。どこ行くか決まってない」
「はぁ」
緑ヶ丘の目が「無能ね」と訴えている。
「だいたい、男がエスコートするみたいな風潮がおかしいんだよ!」
全世界の男子を代弁して唱える。いや、イタリア人の男とかはこういうのカッコよくこなすのか?
「私たちはカップルじゃないもの。最初から期待なんてしてないわ。ただ、いい感じのお店知ってたらポイント高いよねってだけよ」
それ、結局いい感じのお店知ってたほうがいいってことじゃねーか。少しはフォローしてくれよ。
「でも、一生懸命調べてくれたのは嬉しいわ」
「えっ」
そ、そういうのは言われ慣れてないからやめてほしいっていうかなんというか……。
「でも、歩きスマホは危ないからやめなさいよ。あなたは死んでも生き返るわけじゃないんだから」
「お、おう」
こいつが言うと説得力あるなぁ。もしかして、俺の家の前での事故はそれが原因だったりして。
街中で二人で立ち尽くしていると、
「そうだ。私、見たい映画があるの。付き合ってもらえる?」
と、緑ヶ丘からの提案。別の断る理由はないので了承するか。
「い、いいけど」
え、待って! 俺の人生で異性と二人っきりで映画館だと⁈
入ったのは駅に隣接されたモール型巨大ショッピングセンター。一階のフードコートは様々な学校の生徒で賑わっている。リア充たちが集まる場所と言ってもいい。ここの最上階である四階に映画館があるのだ。俺も見たいアニメ映画があった際は利用している。
「で、見たいのってなんなんだ?」
「これよ」
緑ヶ丘が指差したのは最近公開されたばかりの恋愛映画。少女漫画が原作で今一番売れっ子の俳優と女優が出演しているらしい。
「お前、意外とミーハーなんだな」
俺の中の緑ヶ丘のイメージは、ミステリーとか頭を使いそうな作品を好むイメージだった。その辺の女子高生が好みそうな作品を見たいと言い出すとは意外だ。恋愛とか興味なさそうだもん。
「そのミーハーってなんか腹たつわね。こう見えても私は熱心な少女漫画読者よ。普通の女の子って言ってくれるかしら」
「す、すまん」
こいつといると、謝ってばっかりだな……。
「私はチケットを買ってくるから。あなたはパンフレットを買ってきて」
「お、おう」
こいつめっちゃ効率重視の人間か。
言われた通りに売店でパンフレットを購入。せっかくなので俺の分も。
「入場しましょうか」
入場口でチケットを渡すと、
「これ、今カップル限定の来場者プレゼントです!」
大学生だろうか。バイトの若い女性に黒い袋で包まれた何かを渡される。いわゆる、入場者プレゼントと言うものだろう。
そのまま例によって無言で歩き続け、劇場に入場し席に着く。
「これ、なんなんだ?」
席に座ってすぐ、俺は緑ヶ丘に気になっていたことを聞いた。
これ、とはさっきのカップル限定の来場者プレゼントのことである。
「それ、くれるかしら」
「え、まぁいいけどよ」
こういう特典物はそれなりの価値があるためあげるのは惜しい気がしたが、さっきのバイトの女性がカップル限定と口にしていたし、きっとこれが欲しくて俺を誘ったんだろう。俺もオタクだからわかる。保存用とかで複数欲しくなるものなのだ。
「これはしおりよ」
「しおりか」
しおりくらい、カップル限定じゃなくても配布してやってもいい気もするが。
「作品の中で二人がお揃いのしおりを使っているのよ。これはそれをモデルにしたもの。男の子が青で女の子がピンクなの」
ほどなくして、映画が始まった。
結論から言うと、めっちゃおもしろかった。しおりというアイテムから想像していたように、読書好きの男女の恋愛を描いた話。休み時間はいつも図書館で読書していた二人があるきっかけで話すようになり、恋をするといったもの。演技も上手く、レベルの高い映画だったと思う。名前は忘れたが、女優の人めっちゃ演技上手かったし。
俺が感慨にふけっていると、隣から小さく、控えめな鼻をすする音が聞こえてきた。
「意外だな」
「この話で泣かないほうがどうかと思うわ」
緑ヶ丘の言う通り、泣けるシーンは何度かあった。最後はヒロインの女の子が病に侵され、余命三ヶ月が申告される。彼女たちの気持ちを考えると、ほとんどの人はうるうる来るはずだ。もちろん俺もその一人。
「俺だって何度か泣きそうになったし、感動したぞ」
ちなみの最後は原作を読んでいないためわからない。今回は第一章。続きから結末にあたっては第二章という形で来年公開されるらしい。
「付き合ってくれてありがとね」
緑ヶ丘の笑顔に少しドキッとする。いや。少しじゃない。かなりだ。その表情はあまり見せてくれルものじゃないから。
「こちろこそ。良い作品に出会えて良かった」
今度原作買おう。絶対に買おう。
話をしていると、劇場内は俺たちで最後になっていた。次の準備で忙しいだろうし、ここは早く出るべきだろう。
「とりあえず、出るか」
そうね、と緑ヶ丘は席を立つ。
劇場を出ると、素直に感謝の気持ちを伝える。映画館は俺たちがきた時よりも賑わいを見せている気がする。
「そうね、次行くところはあなたが決めなさい。さすがにね」
「……はい」
結局、こうなってしまうか……。映画中は映画に集中して考える余裕なんてなかったし……。
「そういえばこれ。チケット買ったときにもらったわ。プリクラ無料券だって」
緑ヶ丘は手に握っていたものを俺に見せる。
どうしてUFOキャッチャー一回無料券じゃないのか疑問だが、まぁ、そういうのもありか。一回四百円するプリクラが、映画を見たら無料で撮れる。これに食いつかない女子高生はいないだろう。思い返せば、劇場の中、ほとんど制服姿の女子高生だったし。
「あなた、一人で撮ってきなさいよ」
「なんでだよ。プリクラなんぞ一回しか撮ったことないし」
まして一人でって・・・。まぁ、撮る友達なんていませんけど。ちなみにその一回は香恋との一回だ。昔、家族でゲーセンにきた時の思い出に撮っただけ。それもだいぶ前だし、一回も撮ったことないのと大差ない。
「へー、そうなの」
興味なさそうに応える緑ヶ丘。プリクラを撮る撮らないは別にして、ゲーセンに行くのはありなんじゃないだろうか。
「ゲーセン、行かないか?」
「いいわよ」
了承は得られたみたいだ。
ゲーセンは映画館の隣にあるのですぐだ。カップルがほとんどだが、いわゆる音ゲーもちらほらいる。こういうところで音ゲーするのって勇気いるよなぁ。上手いと観客いるし下手だと周りのガチ音ゲーマーから「何こいつ」という視線を浴びる。やっぱり俺はスマホでやる派だ。
「お前、ゲーセンとか行ったことあんの?」
緑ヶ丘がゲーセンに行くのは想像がつかない。ゲームとか興味なさそうだし。
「映画の前に時間がある時はちょっと寄ったりするわ。ゲームも好きだしね」
「へー、ちょっと意外」
「でも、誰かと行くのは十年ぶりくらいかしら」
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