千代田康太 9

 教室に入るなり、視線が俺に集まる。もうさっきの出来事は広まっているみたいだ。だがその一方で、緑ヶ丘はいつものように自分の机で本を読んでいる。

 さっきまでの笑顔はどこ行ったの⁈

「教室だったらイチャイチャしないみたいだな」

 聞こえてるから! 名前は忘れたけど隣のサッカー部のやつ! とその仲間達! ってか、イチャイチャだと⁈

「全員席に着けー」

 担任の富沢が入ってくると、クラスメイトたちは話を切り上げ、席に着く。

「出席取るぞー」

 こうしてHRが始まった。



 結局、教室は一日中ざわざわしていた。しかし、誰かに話しかけられることはなかった。

「はぁ」

 今日はいつも以上に疲れた。トイレに行っても他クラスの連中が「あいつが緑ヶ丘の彼氏か」って話してるし。心休まる時間が一分たりともなかった。

「一緒に帰りましょ」

 右隣から声が発せられる。

 こいつまじか。明らかに昨日までとは別人・・・。

「あ、あぁ」

 ここは苦笑いで返すしかない。今の俺たちが置かれた状況わかってんのか?

「玄関で待ってるから」

 そう言い残し、教室を出て行く彼女。帰りのHRがまだ終わって間もない教室にはまだ多くクラスメイトたちが残っている。もちろん今の会話が見られていたため、教室はまたざわざわ。俺は急いで荷物をまとめ、教室を出る。あんな空間にはもういられない。

「何企んでるんだ? 昨日のことなら怒ってないんだろ?」

「何も企んでなどないわ。早く帰りましょ」

 わからない。絶対、何かあるはずだ。

 それから数分歩いて、俺の家が見えてくる。ここまで特に会話らしい会話はなく、ただただ気まずかった。

「じゃ、俺の家ここだから。ま、また明日な」

「何を言っているの? 今朝、今日もあなたの家にお邪魔するって言ったじゃない」

 あ、そういえばそうだった。ってか、やっぱマジだったのか。

「あ、はい」

 鍵を開け、緑ヶ丘を家の中へと促す。幸い、今日も俺以外の家族は帰りが遅い。ラッキーっちゃラッキーだ。

「お邪魔します」

「い、いらっしゃい」

 後ろからいらっしゃいと答える意味のわからない図ではあるが、二日連続で緑ヶ丘を家の中へと招いてしまった。緑ヶ丘は昨日来たということもあり、迷うことなく玄関から居間への扉を開けて、ソファに座ってらっしゃる。

「何の用ですか?」

 台所で紅茶を用意し、テーブルに出し、いつもの床に腰を下ろす。それに対して緑ヶ丘は、

「ちゃんと覚えてるじゃない」

 なんて言いながら、コップに唇をつける。

「あら、あなたは何も飲まないのね」

「紅茶は苦手だしな。それにノド乾いてないし」

 実際は緊張でめっちゃ乾いてるんだけどな・・・。

「そうだ! あなたの卒業アルバム見せてよ!」

「は⁈」

「どうかしたの? 定番じゃない?」

「いや、おかしいだろ!」

 なんだそのキョトンとした顔は・・・。いつものキリッとした顔はどこへ・・・。

「お前が何回も死んでるけど生き返るって話だろ?」

「そうね。その話が本題だったわね」

 さっきまでの気味の悪い笑顔は消え、よく見てきた冷めた顔に戻る。朝っぱらから本当に全然意味がわからない。

「しつこいようで悪いけどよ、本当に怒ってないのか? 昨日のこと」

 怒っていて、朝からの気味の悪い笑顔はその仕返しとかならわかる。こいつは自分と周りがざわざわしていようが気にしなそうだし、まるでカップルみたいな振る舞いをすることで、俺の精神を崩壊させようとしてるんじゃないのか? やばい、そんな気がしてきた。

「しつこいわよ」

「すみません・・・」

「あまり答えたくなかっただけよ。でも、たいしたことじゃないわ。気にしないで」

 緑ヶ丘はそう言うが、それが一番大事なことなんじゃないのか。しかし今は触れないでおくべきか。

「じゃ、もう一回聞くけど。何の用だ? その、死んだら生き返るって話もなんだかんだ昨日結構聞いたしな」

 昨日の俺は色々質問は考えていたが、いまは自殺した理由を聞かずして先に進める気がしないと思っている。こいつはまたきっと死のうとする。どういうわけか最近の二回の記憶が俺には残っているが、きっとたまたま。家族はきっと悲しむわけだし、たとえ生き返るとしても二度とするべきことではない。次を防ぐためにはやはり『理由』がキーになる。だから先に進めないというわけだ。

「あなたとお話ししようと思っただけよ」

「え、なんだって?」

「難聴なの? 耳掃除してあげましょうか?」

「すまん。聞こえてた」

「お互いに友達いないんだし、いいじゃない」

 なんだ。ツンデレか?

「さてはお前、俺と友達になりたいのか?」

「いいえ。違うわ」

 意味わかんねぇ。今日一日、友達通り越してカップルになりたいって言ってもおかしくないような感じだったよな⁈ それとも何? モテない男子特有の残念な勘違い?

「ただ話し相手になってほしいだけよ。ぼっち同士、それくらいいいじゃない」

 いや、まぁ、いいけどさ。暇だし。

「紅茶のおかわりちょうだい」

 するとそこで、

『お兄ちゃん大好き! お兄ちゃん大好き!』

 俺のスマホの着信音だ。

「悪い。電話だ」

「な、何その気持ち悪い着信音……。いいわよ。出なさい」

 それに関しては後ほど弁明させていただきます。

『あ、もしもし。お兄ちゃん?』

「どしたー」

『用事早く終わったから今から帰るねー。それでさ、冷蔵庫に卵ってある? お母さんから確認しといてって言われたんだけど』

「ちょっと待て。今確認する」

 冷蔵庫を開け、中身を確認。

「卵あるぞ。四個だ」

『おっけ。そしたら今から寄り道せずに帰るから』

「はいよ」

 今日の晩飯はオムライスかなーと我が家の献立を予想していると、

「誰からの電話?」

 あ、そうだった。緑ヶ丘いるんだった。

「妹だ」

 ん、ちょっと待てよ。このままだと家に女を連れ込んだと家族にバレてしまう。特に香恋にバレるのはめんどくさい。

「おい、緑ヶ丘」

「何かしら」

「帰ってくれ」

「いやよ。まだ話し足りないわ」

 どうしてそんなに話したいのかいささか不思議だが、ここはなんとしても……。

「よし、わかった。外で話さないか?」

なんで妹からの着信音がそれかって話は後ほどだ。今すぐ家を出る必要がある。

「いいわ。そうしましょう」

 すると緑ヶ丘は無言で玄関へ。

「お邪魔しました」

 俺も緑ヶ丘を追って家を出る。

「どこへ行く? 先に断わっておくけど私の家はダメだから」

 なら、緑ヶ丘の家の近辺にある喫茶店とかが候補の一つか。もしくはこの間の公園。あとは・・・。いや、特にないな。

「とりあえず、私の家の方に歩きましょうか。街へ行ったら色々お店あるし。歩きながら決めましょう」

「そ、そうだな」

 ここは素直に提案を受け入れ歩き出す。にしても女の子と街へ行くのはやっぱり緊張するものだ。この時間だと放課後を楽しむ高校生や中学生が多いだろう。きっとカップルだってたくさんいるはずだ。俺たちもはたから見たらそう見られているかもしれない。

「何か面白いこと言いなさいよ」

 前を歩く緑ヶ丘が沈黙に耐えかねたのか、この世界で一番雑なふりをしてくる。

「俺は基本的にはつまらない男だ。そんなことを期待されても困る」

「あぁそうなの。さっきの着信音はとても面白かったけど?」

 その話がしたかっただけだろ・・・。しかし、緑ヶ丘にシスコンと勘違いされてもこの先いいことはまずないだろう。やっぱり、弁明の必要があったみたいだ。

「あ、やっぱりいいわ。変わった愛の形だとは思うけど、否定したりはしないから。妹さんもあなたのこと好きだと良いわね。頑張りなさい。応援しているから」

「ばっか。俺はシスコンじゃねーよ。あれは好きな声優さんの着ボイスってやつだ。この声優さんは妹キャラをやらせたら右に出る者はいない。いわばみんなの妹。国民の妹だ。彼女のその可愛すぎる声に世の中のオタクたちはみんな耳が幸せ。その声のおかげで生きていると言っても過言じゃない。いや、なんならそれでも言い足りないくらいだ。さらには最近ソロアーティストとしても活動を始めた超売れっ子。今後のアニメ業界の顔となるであろうお方なのだ」

 ついオタク特有の早口を発動させてしまった。

「へー」

 いや、絶対話聞いてなかっただろ。確かにキモかったと思うけどさ! ちなみに俺のアラームは『お兄ちゃん! 朝だお!』なのだがこれは隠しておこう。

「ところで千代田君」

「どうした?」

「この道あってるのかしら」

「は?」

 携帯の地図アプリで俺たちがいる位置を確認する。いや、そんな動作は必要なかった。産まれてからずっとここに住んでいるんだ。ここがどこかなんて周りの建物をみればわかる。

「全然あってないな」

 話していて気づかなかったにしてはまぬけすぎる。

「お前、方向音痴か? いつも学校に帰る道を歩けばいいだけだろ」

 思い出してみればさっき急に小さな道に曲がってたな……。その時に言うべきだった。

「何も言わなかったあなたにも責任はあるわ」

「い、いやそれはえっとすまん。謝る。つい熱弁してて気づかなかった」

 これもオタク特有だと思うが語るときはつい下を向いてしまう。これも今の事態の原因の一つかもしれない。

「ちゃんと前を向いて歩きなさい。車に轢かれるわよ」

 それ、緑ヶ丘が言うとちょっと怖いんですが……。

「ってか、やっぱお前が前歩いてるんだからお前の責任だろ!」

「あら、人のせいにするの?」

 いや、あなたに責任ありますよね?

「ところでここはどこなの? 私、自分の家と学校までの道しかわからないのよね」

「大丈夫だ。ここからなら十五分あれば街に着く」

 少しだけ遠回りになるが緑ヶ丘の意外な一面が見れたわけだし悪い気はしない。もう少し歩けばいいだけだ。

「そうなのね。ん、あの制服すごい可愛いわね」

 緑ヶ丘が指を指す方向には女子中学生が三人。

「あれは星海女子大附属中だな。一応、お嬢様学校だ」

 我が妹である香恋が通っている中学校だ。別にお嬢様という訳ではないが男子からの告白がうざいとかそんな理由で女子校である星海女子大附属中を受験し、合格したため通っている。外部生の合格率はたったの五%と、入るのがとても難しい。

「へー、知らなかったわ」

 こいつ色々と知らなすぎじゃね? なんなら勝手に卒業生だと思ってたけど。その説は香恋が緑ヶ丘のこと知らなかったから立証されなかったけども。

「ちなみに俺の妹が通ってる中学だ」

「あなたの家ってお金持ちだったのね。ご両親は何されてるの?」

 まぁ、そう思うだろうな。

「いや、普通のサラリーマンだよ。妹は受験して中学校から入ったんだ。あそこの生徒のほとんどは星海女子小学校からの持ち上がりだ。エスカレーターってやつだな」

「ふーん。人生楽そうね」

 確かに大学までエスカレーターで行けるのはすごい楽だろうし親は金持ちだし。

「あの子たちも街に行くのかしらね」

「方向的にはそうかもしれないな」

「あ、もしかしてあの中に妹さんいたりした?」

 遠くて顔は見えなかったからわからないが、香恋は寄り道しないって言ってたから違うだろう。

「いーや。俺たちも早く行こうぜ」

 こうして再び歩き出す。今度は俺が前だ。

「ってか、何をそんなに話したいんだ? 例の死んだら生き返る話は全然してくれないしよ」

 そもそも俺は緑ヶ丘自身も何が起こっているかはわからないというこの事についてなんとかしたくて行動している。俺みたいなやつが美少女と放課後に遊べているのはかなり不思議だが、正直昨日の深夜に放送されたアニメの録画を早く見たい。

「しつこいわね」

「さーせん」

 怖い。

 そのまま無言のまま歩き続け街に着いた。この辺りに来るのは公園での事故以来か。

「あそこの喫茶店なんてどうかしら」

 緑ヶ丘が指を指す先にあるのは大手コーヒーチエーン店。新作のドリンクが出ると女子高生たちがSNSで「飲んできた♡」とどうでもいい報告をすることで有名なお店だ。男子高校生の俺が一人で行くのは気が引けるし、注文の仕方がよくわからないため気になってはいるが行ったことがない。

「お、お前行ったことあるのか?」

「あるわよ。新作が出る度に欠かさずね」

 緑ヶ丘もぼっちである前に女子高生というわけか。

「何してるの。行くわよ」

 俺の承諾を得ずに店に入って行く緑ヶ丘。その後を追うようにして店の中へ。店内はコーヒーの香りがいい感じに充満している。

「私、あっちの席に座ってるから」

 いつも間にか注文を終え、生クリームがいっぱいのドリンクを持ってまた宣言通りに緑ヶ丘は席へ。あいつ、本当に慣れてるみたいだ。

「ご注文お伺いします」

 バイトの美人お姉さんに伺ってもらったここはカッコよくブラックコーヒーにするべきか……。いや、せっかく来たんだ。緑ヶ丘と同じようにあの生クリームいっぱいのにしておくべきか……。

「あの、お客様……?」

「あ、はい。すみません・・・。じゃ、オレンジジュースで……」

 すると右に立つ爽やかイケメンによってオレンジジュースが渡される。

「あ、はい。どうも」

 テンパって意味のわからない注文をしてしまった・・・。まぁ、いい。緑ヶ丘はどこ行ったかなっと。

 店内を見渡すと一番奥にある席に文庫本を読む緑ヶ丘がいた。オシャレな店で美人の女性が文庫本を読んでいるというのはなんとも絵になる。

「お待たせ」

 オレンジジュースを手に緑ヶ丘が待つ席に着くと、

「え、お兄ちゃんじゃん」

 隣から聞き慣れた声が聞こえてきた。

「珍しいね。お兄ちゃんがこんなお店くるなんて」

 俺にこのテンションで話しかけてくる人は一人しかいない。

 香恋は緑ヶ丘と同じく生クリームいっぱいのドリンクを手にしている。

「お、お前こそ今日は寄り道しないんじゃなかったのか?」

 なるべく動揺していない様に振舞っているつもりだが、そんなのバレバレだろう。会話しているのは俺のはずなのに、香恋の視線は緑ヶ丘にしか向いていないのだから。

「帰り道に結穂ちゃんに誘われたの。ねー!」

 結穂ちゃんというのは香恋の前に座るメガネに三つ編みのいかにも生徒会長の女の子のことで間違いはないだろう。見た目が派手な香恋とは不釣り合いな気がするが香恋とはまた違ったジャンルの可愛さがある。案外、クラスの男子から一番人気なのはこういう地味だけどよく見たらめっちゃ可愛い女の子だったりする。

「香恋ちゃんのお兄ちゃん、こんにちは。香恋ちゃんのクラスメイトの朝日結穂です。香恋ちゃんとは仲良くしてもらってます」

「ど、どうも」

 女子中学生とは思えないほど礼儀正しい子だぁ。そんな結穂ちゃんとは対称的に、俺の連れはこのやりとりの中、終始無言。

「そちらはお兄ちゃんの彼女さんですかー?」

 香恋の冷たくも明るい声が店内に響く。こいつにはニュースなどの記憶は残っていないはずだ。つまり緑ヶ丘を見るのは今日が初めてのはず。しかし、香恋の目つきは鋭さがあるような気がする。

「お二人ともはじめまして。私と千代田君はそんなたいした関係じゃないわ。ただのクラスメイトよ」

 百点の回答! 変に返したりしたら妙な事になりかねないからな。いや、すでに妙ではあるのだが・・・。

「ですよねー。お兄ちゃんにこんな美人の彼女なんてできるわけないし」

 失礼だがその通りだ我が妹よ。

「そうかしら。千代田君はとても良い人よ」

「え、それ本気で言ってます?」

「これ以上、俺をイジって遊ぶのはやめろ」

 変な方向に話がいきそうだったのでここで静止させた。緑ヶ丘も適当に答えておけば良いのに……。

「はーい。そうだせっかくだし、この後四人で遊びに行きません?」

 香恋の提案に反応する者はいない。どう考えても謎のメンツだ。楽しく遊んでる未来が見えない。

「ご、ごめん香恋ちゃん。私この後用事が……」

 しかし、思わぬところから救世主。ピンチは意外な人物が解決してくれたりするものだ。

「あ、そーなの。じゃ、しゃーないっか」

 きっと結穂ちゃんはお琴やお茶を習っていてそのレッスンだろう。完全にお嬢様に対する偏見だけど。

「えっとー。名前なんでしたっけ」

「そういえば言ってなかったわね。緑ヶ丘梨乃よ」

「梨乃さん! この後空いてます? あ、お兄ちゃんは強制だから」

 どうやら俺の発言権はないみたいだ。しかし、こいつコミュ力高すぎだろ。

 ってか結穂ちゃんなしでも遊ぶ気だったのかよ。

「ごめんなさい。私もこの後は用事があるの。また誘ってね」

「え、お前、用事あったの?」

「あら、言ってなかったかしら。それはごめんなさいね。じゃ、私は行くわ。結穂ちゃんも用事あるのでしょ。途中まで一緒に行きましょうよ。後は兄妹で仲良くね」

「お、おう。また明日な」

「ええ、さようなら」

 そう言い残し、緑ヶ丘と結穂ちゃんは店の出口の方へと行ってしまう。

はぁ。今日もまた緑ヶ丘と生き返る話についてできずに終わってしまった。

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