緑ヶ丘梨乃 1

 どうして自殺したのか、それだけは絶対に答えたくなかった。

 彼の家を出てから何も考えず、私は帰宅した。帰宅するなり制服のまま枕に顔を埋め、さっきまでの出来事を思い出す。彼は優しかった。他人に自殺した理由を聞くなど、普通の男の子にとっては勇気がいることだと思う。軽い気持ちで聞いたわけじゃなく、しっかり覚悟を決めて、私に踏み込んでくれた。

 時刻は夜十時。市内で一番の豪邸に住む私はこの時間になっても一人だ。一度、市内の全部の家を見てまわったことがあるからわかる。友達がいないとそんな無駄なことをしてしまう。そして家族もいない。いや、それだと語弊があるかも。お父さんは世界的な音楽家で世界中を飛びまわっている。お母さんもお父さんに付いて行ってるから日本には、ほぼいない。そんな生活をもう十年以上している。小学生の頃から一人暮らしみたいな生活。そのおかげで家事はできるようになったし、暇だから勉強ばかりしていた。自殺なんてした理由はここにある。よく考えたらバカよね。死んだら家族が私に興味を持ってくれるなんて。死んでる間のことなんてどうなっているのかわからない。彼はニュースになっていたなんて言っていたけど。

「お腹すいた」

 台所に行き、冷蔵庫を開け食材を確認する。

「今日はパスタでいいかな」

 明日、彼には急に帰ったことを謝る必要があるだろう。それに話し相手がいない私にとっては貴重な存在。こんなこと本人には言えないけど。

「どうして自殺なんてしたんだ、か」

 それが彼に打ち明けられたら何かが変わるかもしれない。だけど、私の中にはまだ死にたいって気持ちは忘れずに残っている。

「まだ初めて話してから二日しか経ってないのに」

 彼に対して少し特別な感情が芽吹いている自分がおかしくなった。この感情の正体はわからないけれど、

「また明日もお話ししたいな」

 そうこう考えているうちに、パスタは十分に茹で上がっていた。

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