千代田康太 3
スマホから鳴り響く音楽。それは起きる時間を知らせる音である。毎朝起こしに来てくれる幼馴染もいなければ朝食を作って起こしてくれる妹もいない。いや、妹はいるけどね。
自室がある二階から階段を降り、居間につきソファに座る。目の前のテーブルには置き手紙があった。
『お父さんもお母さんも今日も仕事は遅くなるって。私も今日はピアノの日だから遅くなります。一人でご飯食べててください。香恋より』
「はいよ」
わざわざ置き手紙をしてくれた妹に『手紙確認しました』とだけメッセージを入れ、制服に着替えを開始する。
満員電車は嫌だと千代田家の両親は家を出るのが早い。梨乃は通っている中学校が遠いため同じく朝は早い。俺はというと、できる限り寝たいがために家から徒歩五分の距離にある高校に進学した。たまたま俺の学力にちょうどいい学校で、いわゆる自称進学校というやつだ。
「みんな大変だなぁ」
朝の日課であるニュース番組をつける。昨日の事故についての報道があるのかなと思ったのだ。しかし、一向に事故についての報道はなく星座占いのコーナーが始まる。
「これ見たら学校行くか」
獅子座であるところの俺は見事一位を獲得し、るんるん気分で家を出る。普段はハンカチなど持たないが、ラッキーアイテムはハンカチと可愛いアナウンサーが言っていたため持って行くことにした。もしかしたら今日でぼっち卒業かもしれない。
たくさんの同じ高校の生徒が今日も眠そうな顔つきで歩いている。俺もそこらの連中と似たような顔をしながら二分ほど歩くと、目を疑う光景を目の当たりにした。
反対側の歩道を歩く少女。綺麗な長い黒髪に黒のタイツ。スクールバックを持ち、ただ真正面を向いて歩いている女子高生は同じクラスの緑ヶ丘梨乃。
────昨日死んだはずの人間だった。
「一体、どういうことだ?」
思わず外にいるのに独り言を発してしまう。後ろを歩いていた女子二人組に笑われていた気がするがそれどころではない。うちの高校に彼女に似ている人がいたなら話題になっているはずだし、そっくりさんの説はない。見間違いだろうか。それか幽霊の類。ぶつぶつ考えながら歩いていると学校に着いていた。教室に行くのが怖い。玄関でも緑ヶ丘について話している生徒はいなかったし、そんなすぐに話題から消えるとは考え難い。まるで事故なんてなかったかのような感じ。そういえば、家の前にパトカーの一台は疎かカラーコーンが全くなかった。昨日寝るときにはまだ現場検証が行こなわれていたし、どう考えても不思議だ。まるで事故がなかったかのような。
教室に入ると、緑ヶ丘は当然のようにいた。俺の隣の席。友達がいない彼女はただ席について文庫本を読んでいる。誰も彼女には見向きもしない。これが当たり前の光景なのだが、この状況だとやけに奇妙に感じる。俺しか見えてないんじゃないか……。
「何してんだ康太。早く席につけ」
「あ、おはようございます。先生」
もう朝のHRが始まる時刻だった。俺は恐る恐る、自分の席に座る。
「出席とるぞー」
富沢先生が出席番号一番の人から名前を呼んでいく。横目で緑ヶ丘を見るが、これまた正面以外を向く気配はなそそうだ。名前を呼ばたら、彼女がこの世にいるという事実を確認することができる。こういうときに友達がいればその時を待つ必要はなかっただろうが。
「千代田君」
全く、どうして俺も緑ヶ丘も友達がいないんだ……。
「千代田康太君」
「え、あ、はい!」
周りの視線が集まる。どうやら呼ばれていたが気づいていなかったらしい。めっちゃ恥ずかしいからわざわざ大きな声出さなくても・・・。あとで先生には文句を言いに行く必要がありそうだ。
それからほどなくして、
「緑ヶ丘さん」
例の彼女への点呼。
それに対し、しっかりと落ち着いた声音で「はい」と答える少女。
昨日死んだはずの人間が生存していることの証明。どう考えてもありえないことが起こっているにも関わらず、誰も慌てた様子がない。左隣の、名前は忘れたがサッカー部のやつは「今日も可愛いなぁ」なんてほざきやがる。どうやらこの状況に困惑しているのは俺だけなんだと、それだけはわかった。
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